マモンの企み
大悪魔マモンは、自身の力の一部──加護のようなものではなく、単なる発信機に近い──が消えるのを感じ取り、自らが拠点としている屋敷の一室で小さく笑みを浮かべた。
それでこそ、手に入れる価値があると。
『ロロン・ハートナー……興味深い存在ですね。ふふ、益々欲しくなる』
マモンは、悪魔の器を手に入れて自分が入ることに魅力を感じなかった。
確かに、悪魔専用とばかりに存在する器に入れば、悪魔としての力を百%発揮出来るが……それは、あくまで"百%止まり"だ。
人間は道具を使って百%を超える力を発揮するというのに、なぜ悪魔は器という道具を使ってなお百%の力しか発揮出来ない?
それは、マモンからすると耐えがたい屈辱だった。
人間よりも遥かに優れた悪魔たる自分なら、どのような分野だろうと人間を越えていなければ気が済まない。
故にこそ、目指すのだ。
百%を……悪魔の器を越えた、自分だけの器の製作を。
『理論は完成しました。後はただ、素材を集めるのみ』
問題は、器を作るためにはロロンを倒す必要があり、ロロンを確実に倒すためには器が必要である、という矛盾が存在することだろう。
とはいえそれも、マモンには考えがあった。
『ゴメナ、居ますか?』
「はい、こちらに」
ベルを鳴らして呼び出したのは、マモンが秘書として使っている一人の少女。
ロロンが戦い、仲間に後ろから撃たれるように散って行ったゴーズの妹だった。
『手配は進んでいますか?』
「順調です。周辺貴族への根回しと餌の用意も滞りなく済みましたので、後はご指示さえあればいつでも始められるでしょう」
『そうですか。では、タイミングはこちらで改めて指示しますから、あなたも現地へ向かってください』
「はい」
ゴメナに、兄の死をわざわざ伝えたりはしない。その必要もない。
なぜなら彼女はもう、ゴーズの知っている妹ではなくなっているのだから。
『人間を上手く操るため、あなたには"人間のフリ"を続けさせてきましたが……今回の作戦では、その制限を解除します。思う存分やりなさい』
『ふふっ』
声の質が、変わる。
重々しくドス黒い、悪魔の魔力を滲ませながら、かつてゴメナ"だったもの"は答えた。
『ようやくですか。待ちかねました……』
悪魔に、病を癒す力はない。そんなロロンの考えは、何一つ間違っていなかった。
一方で、悪魔自身は病如きで死ぬほど柔ではないし、悪魔が宿った人間も同様である。つまり……。
不治の病に苦しむ人間だろうと、悪魔を宿してその魂まで全てを乗っ取られてしまえば、少なくとも肉体的な意味での病死だけは避けられるのだ。
もっとも、それを"生きている"と称する人間は、さほど多くはないだろう。
事実、ゴーズはこの事実を最期まで知らされないまま旅立っている。
『か弱い人間のフリをするのも、飽き飽きしていたところです。精々暴れて来ますね』
『構いませんよ。ただ、目的だけは忘れないように』
『ええ、もちろんです』
アスモデウスによる、ミュリアを狙った王都での襲撃事件。
その熱も冷めやらぬうちに、ロロンとミュリアを狙って騎士が強引な逮捕に踏み切り、アーメド王子の手引きで二人が脱出。
その後、二人が獣人の少女と出会い、故郷へ送り届けるために南を目指して出立。
ゴーズやラッゾと交戦し、今頃はこちらが獣人の故郷を狙っていることを知った頃だろう。
それら全て、マモンの目論見通りだった。
『人間を殺すのは、人間に任せればいいのです。それこそ、彼らの一番の得意分野ですからね』
悪魔は卑劣かつ、強大な力を有している。
しかし、歴史上もっとも多くの人間を殺して来たのは、他ならぬ人間だ。
その力を有効活用すれば、"安全に"ロロンの肉体を手に入れることが出来るだろう。
それこそが、マモンの真の狙いだ。
『口実などなんでもいい。獣人と、周囲の貴族達の間で戦争を起こす。獣人の小娘に感情移入した彼は、間違いなく獣人側に肩入れするでしょうから……そうなればもう、終わりです』
どこまでも姑息な計略を張り巡らせながら、マモンは自分の勝利を疑うことなく笑みを浮かべるのだった。




