不可視の怪人、再び
テオを含めた三人での旅路は、思っていたよりも順調に進んでいた。
テオの食事量が半端ないという問題はありつつも、なんやかんや国境付近は自然で溢れているので……獣人としてのテオの索敵能力と、俺の剣技、それにミュリアの魔法が合わされば、必要な時に狩りをして、必要な時に火を起こし、あとは適当な場所でキャンプをするだけでも全然食っていけたんだよね。
それもこれも……ちょっと言いづらいけど、ミュリアの力が獣避け、魔物避けとして優秀過ぎたというのがある。
普段抑えているその力をちょっと解放しておくだけで、寝ている間の身の安全はほぼ完璧に保証されているからな。便利過ぎる。
ただまあ……それも万全ではないことは、最初から分かっていた。
「よいしょっと……」
そろそろテオの故郷に辿り着こうかという位置まで来た、ある日の夜。
俺は寝袋から起き上がり、狩りに出る時に着ている汚れても魔法洗いしやすい安物の服を身に着けていく。
それに気付いてか、ミュリアも体を起こした。
「ロロン……来たの……?」
「ああ。俺は出るから、ミュリアはテオのこと頼めるか? ……ちゃんと服着てな」
「うん。待ってるから」
テオのことをちゃんとミュリアに守って貰えるなら、俺は全力で戦える。
……と、何とか頭の中をシリアスに切り替えようとするも、後ろでミュリアが服を着ていく衣擦れの音が聞こえて来て、余計な煩悩が頭の中を占めていく。
ダメだ、この前一線を越えてから、俺もちょっと抑えが利かなくなってる気がする。
いや実際利いてないからこんな状況になってるんだけども。
「はあ……我ながら、どんだけ煩悩塗れだったんだか。帰ってからが怖いよ……」
「ならば、帰れないようにしてやろう」
テントを出た俺の前に、見覚えのある男が現れた。
ゴーズ……体を完全に透明化し、あらゆる気配を全て遮断する厄介な相手だ。
動く時に少しだけ気配が表出するから何とか捉えられる、という程度の相手だから、てっきり寝ている時に不意打ちを仕掛けて来ると思っていたんだけど……こうも堂々と姿を現すとは。
「俺はただ、テオを故郷まで送り届けて、元の平穏な学生生活に戻りたいだけなんだけど。ぶっちゃけ、お前らのことは俺の管轄外だから、ちょっかいかけて来ないならこれ以上関わる気もないし、帰ってくれない?」
ちゃんと通報はするけどな。アーメド殿下とか、公爵様とか。
特に公爵様は、ミュリアが襲われたと知れば真面目に対処に動くだろう……俺ごと消すために。
いやうん、やっぱ帰りたくないかも。
「悪いが、我が主がお前達にご執心のようでな。特に恨みがあるわけではないが……ここで始末させて貰う」
「そうかよ」
そんなことだろうと思っていたけど、つくづく俺達は悪魔に狙われる運命らしい。
ミュリアが危険な賭けまでして"器"としての自分を変えようとしたのに……本当に、鬱陶しいな。
「ならもう、遠慮はいらないな。これ以上付き纏われても面倒だから、ここでお前を潰す。恨むんなら、その主とやらを恨むんだな」
「言うではないか」
俺が抜刀術の構えを取ると、ゴーズはその姿を透明化して姿を隠した。
予想通りの展開。だからこそ、その対応策も考えてある。
剣先に沿って魔素の刃を伸ばす《滅魔斬り》……それをより薄く、大きく広げて、辺り一帯を薙ぎ払う。
こうすることで、見えていようがいまいが、気配があろうがなかろうが関係なく、そこに"在る"もの全てを炙り出すことが出来る新しい剣技。
その名も──
「《霞祓い》」
一瞬で振り抜いた俺の魔素の刃……刃と呼ぶのもおかしなそれが、周囲の空間全てを精査する。
大雑把に察知した形や大きさから、本体の位置を割り出した俺は、即座に攻撃のために地面を蹴り、魔道具による風のアシストも受けながら一気に肉薄した。
「《霞閃》!!」
「ちぃっ……!!」
駆け抜ける勢いのまま放った抜刀術は、姿を現したゴーズの鉤爪に防がれた。
ここまで見事に見破られるとは思っていなかったからか、防御は不完全で鉤爪が砕けたし、多少なりと肩口を切り裂く結果にはなったけど……その程度、すぐに再生されてしまう。
「……マモン様が特別に目をかける理由、こうして二度対峙したことでようやく理解出来た。確かに、貴様は危険だ。生かしておけば、いずれ必ずその刃はマモン様の脅威となるだろう!! 今日ここで、俺がその芽を摘んでくれる!!」
「どんな事情があるかは知らないけど……悪魔なんかに魂売ってんじゃねえぞ、このバカ野郎!!」
こうして俺は、本格的にゴーズとの一騎打ちに突入するのだった。




