公爵家当主の悩み
ルークウェル公爵家の執務室にて、一人の男が黙々と作業していた。
この家と広大な公爵領を治める主、ディラン・ルークウェルだ。
そんな彼の部屋に、ノックの音が響いた。
「入れ」
「失礼します」
「リックか……オーリョとワルーノ子爵家の件は片付いたか?」
彼自身が何かを言うより先に、その用件を察したディランの方から問い掛ける。
それを受けて、リックは手間が省けたとばかりに答えた。
「はっ、オーリョを子爵家に引き渡し、代わりの賠償金も確かに受け取りました。ひとまず、問題は片付いたと言っていいかと」
「そうか、ご苦労だったな」
公爵家の金を横領していたオーリョは、その立場の重さもあって処刑するのが妥当だったが……ワルーノ家の助命嘆願と、賠償金の増額を引き換えに生かしたままその身柄を引き渡すことにしたのだ。
当然、オーリョだけでなくワルーノ子爵家との付き合いも金輪際断つことになるので、公爵家の後ろ盾を利用して商売に勤しんでいたあの家は、今後没落の一途を辿るだろうが。
「…………」
「どうした、リック?」
報告を終えても未だ下がろうとしないリックに、ディランは初めて顔を上げて問いかける。
しばし躊躇うように視線を彷徨わせていたリックだが、やがて意を決して口を開いた。
「あの魔石……ロロンに譲ったと聞きました。良かったのですか? あれは、奥様の形見でしょう」
「形見というほどのものじゃない。希少なものなのは確かだがな」
リックの指摘に、ディランは苦笑を返す。
彼がロロンに渡したのは、生前のルークウェル夫人……凄腕の女騎士として名を馳せたマゼンタ・ルークウェルが最後に討伐したグランドドラゴンの魔石だ。
強力な魔物が持つ魔石ほど純度が高く、より多くの魔力を宿すことが出来るため、その気になれば国宝級、戦略級の性能を誇る強大な魔道具を作ることも出来る超希少な資源。
とても値段を付けられるような代物ではないそれは、いくら家臣といえどたかが七歳の、他家の子供に渡すような物では断じてない。
「それがミュリアのためになるのなら、マゼンタも本望だろう。そう思っただけだ」
「……そうですね」
ディランも、リックも、自分達がマゼンタの死を割り切ることが出来ず、それをミュリアに見抜かれていることは薄々察していた。
彼女の意思を継いでミュリアを守りたいと思ってはいても、心のどこかで互いに壁を作ってしまっている。
その壁を取り払おうと思っても、片や公爵家の当主で、片や公爵領全てを守る騎士団の長だ。どうしても、十分な時間が取れない。
だからこそ、良くも悪くもマゼンタのことを知らず、直接的な関わりを持たないロロンがミュリアを気遣ってくれるのは、二人にとって非常にありがたかった。
「それに……そうした感傷的な理由を抜きにしても、彼の才能は多少の先行投資をしてでも公爵家が抱え込むに値する。そうは思わないか?」
「同意します。ロロンは将来、必ずや歴史に名を残すほどの英雄となるでしょう。……本人に自覚はないようですが」
ディランの意見に同意しながら、リックは苦笑を浮かべる。
ロロンは自身を凡人だと思っているが、それはあくまで"アニメ主人公と比較して"の話。
そのアニメ主人公を知らない彼らからすれば、ロロンも十分過ぎるほどに異常な天才だった。
弱冠七歳にして、歴戦の勇士であるディラン公爵とリック団長の二人しか成し遂げられていない、"ミュリアの前に立って悪影響を受けないほどの身体強化魔法"を習得しているのだから、その評価も当然である。
発動に時間がかかるだとか、持続時間がどうだとか、そんなものは一般人から見れば些事なのだ。
何度も言うが、まだ七歳なのだから。
「それに加えて、文官としても高い適性を示した。単純な計算能力は元より、自分より立場が上の人間が行う不正に対して適切な対処を見せたのは大きい。本当に、将来が楽しみだな」
「ミュリアお嬢様との仲も、ですか?」
「…………」
リックの余計な一言に、ディランは胡乱な眼差しを向ける。
二人が受けた報告には、ロロンの強さやオーリョの横領事件での立ち回りだけでなく、ミュリアの様子も含まれていた。
特に、これまでどんな食事を出しても一口二口しか食べなかったミュリアが、ロロンに食べさせて貰う形で一食食べ切ったという話は、公爵家の中でも驚きを持って広まっている。
ディランが渡した魔石が、早速分かりやすい形で成果となって現れたわけだが……このまま二人の仲が深まっていけばどうなるかが想像出来ないほど、彼も鈍くはない。
父親としては、なんとも複雑な気分である。
「……ミュリアが人並みの幸せを得られるのなら、それが一番だ。しかし、ロロンは男爵家の息子だからな……もしそうなった場合、周囲の声も騒がしくなるだろう。流石に爵位の差がありすぎる」
複雑だが、現状それ以外の選択肢がないのも事実。
であれば、親としてはそのために必要な手を打っておくのが義務というものだ。
「ロロンを早いうちから正式な騎士とし、実績を積ませよう。そのために、良さそうな任務があればどんどん連れて行ってやれ」
「承知しました。しかしそうなると、ただ基礎を鍛えるばかりでなく、戦うための技術を学ばせる必要がありますね」
「あまり露骨な支援は出来ないが、可能な限りは援助しよう。武器の支給くらいなら、許容範囲だろうしな……良い店を紹介してやるといい」
大人二人での話し合いを終え、それぞれの仕事に戻っていく。
こうして、ロロン自身が想像していたよりも早く、実戦の機会が訪れようとしていた。




