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新しいお仕事

 色々とやらかしもあったけど、俺にも魔素を制御する見込みが立った。


 早速、魔素制御専用の魔道具や剣をオーダーメイド出来たら……と、お父様に相談したんだけども。


「……いや、高っ!? そんなにするの!?」


「そりゃあまあ、騎士が自分の命を預ける相棒みたいなものだからなぁ……」


 大体これくらいかかるんだ、と提示された金額に、俺は目玉が飛び出すかと思った。


 ただでさえ、ここ一年ちょっとの間で魔力回復薬を飲みまくって家の懐事情に負荷を強いている身として、これ以上を望むのは厳しいだろう。


「……お父様、俺も働けないかな?」


「働く? どういう意味だ?」


「いや、公爵家くらいの規模なら、人手はいくらあっても足りないだろうし……俺もやれることとかないかなぁ、と」


「いやまあ、確かに人手が必要な仕事はあるがなぁ……」


 暗に、たとえ仕事があっても七歳児に任せられることなどないだろうと言われた。ぐうの音も出ない。


 しかし、俺だって勝算もなくこんなことを言い出したわけじゃない。


 俺には前世の記憶があるので、ぶっちゃけこの世界基準で見たらめちゃくちゃ計算能力は高いと思うんだ。

 魔法の力で動く魔道具の存在もあって、文明レベルはかなり高い水準にあるけど、義務教育はまだ貴族の間でしか整備されてないからな。


 さっき言った、“公爵家ですら人手不足”っていうのは、そこに起因する。


 そして……この一年関わってきた限り、ディラン公爵は能力さえあれば俺の事をある程度信用して使ってくれる気がするんだ。


「じゃあお父様、俺と計算勝負しよう。お母様から今月買った物のリストとその値段を聞いて、お父様の収入に対してどれくらい黒字か赤字か先に計算出来た方が勝ちってことで。俺が勝ったら、お父様からも俺を推薦してくれる?」


「ははは、いいぞ。お前に、世の中剣だけじゃなく勉強も大事だということを教えてやろう」


 まるで俺が剣にしか興味ないみたいに……と思ったけど、よくよく考えたら俺、家では毎日毎晩魔力増強訓練してるし、それ以外の時間も公爵家で訓練に参加してばかりだから、この人生においては一度も勉強らしい勉強をしてないのか。


 なんだかちょっと申し訳ないなと思いながら、余裕綽々のお父様との勝負に挑み……。


 普通に圧勝して、無事公爵様に“文官見習い”としても雇ってもらえることになった。


 その代わり、お父様がちょっとガチ凹みしちゃってたけど……いやうん、なんかごめん。




 文官見習いとして、公爵家で任された最初の仕事は“支出入管理の計算ミスがないか再チェックする”作業だった。


 ミスが起きないように再チェックする体制は既にあったので、そこに俺を一枚噛ませて、まずはどの程度実務をこなせるか試そうってことだろう。


 今日は騎士団の訓練も休みの日だし、精一杯働いてアピールしないとな。


「やれやれ、私の職場は子守りの場ではないのですけどね……」


 というわけで、俺の仕事場として紹介されたのは、そうした金銭周りの計算をするために用意された……いわゆる、事務所的な部屋だ。


 木製の机を付き合わせて、書類片手に算盤を弾く人が何人も並ぶ光景は、ちょっとばかり懐かしいものを感じる。


 前世で算盤教室に通ってた時も、こんな感じだったなー。


「聞いていますか?」


「はい! 精一杯頑張りますので、よろしくお願いします!」


「はあ、威勢だけはいいですね。せめて私達の邪魔をしないように、大人しくしておいてください」


 細身でメガネをかけた、財政部門の責任者……オーリョ・ワルーノに、少しばかり嫌味っぽくそう言われてしまう。


 まあ、人手が足りないからって送り込まれたのがこんな子供じゃ、文句の一つや二つ言いたくなるのは理解出来る。


 ここは、ちゃんと自分の働きで信頼を勝ち取らないとな!


「すみませーん、オーリョ様ー」


「なんですか、邪魔するなと言ったはずですが」


「ここ、計算間違ってます」


「はぁ?」


 気合いを入れて仕事に取り掛かったら、すぐに計算ミスを発見した。

 それを指摘しに行くと、オーリョは少しばかり眉を顰め……資料を一瞥しただけで、俺に突き返す。


「そのまま通しなさい」


「え? いやでも、間違ったままじゃマズイのでは?」


「いいですか? その程度の誤差、この仕事ではよくあることなのです。それを見つける度に、ここにある帳簿を全て再計算し直すつもりですか?」


「はあ……」


 確かに、再計算はめちゃくちゃ大変だろうけど……本来、そういう大変なやり直しが発生しないために、俺みたいな再チェック専門の人間が雇われたわけで。


 そうでなくとも、金銭管理が仕事の部署で、少しの誤差だろうとそれを放置するってマズくない?


「分かったら、さっさと作業に戻りなさい、こちらは忙しいのです」


「……はい」


 どうにも気になった俺は、自分の席に戻った後、周りの目を盗むようにして、ひたすら帳簿の再計算作業を続けるのだった。





「ミュリア様、遅くなりました」


「……ロロン」


 既に日も沈んだ夜遅く。俺は普段より数時間遅くなったタイミングで、ミュリアのいる離れにやって来た。


 濁った瞳にほとんど感情を覗かせない彼女だけど、今日はどこか不機嫌そうに見えるのは……俺の気のせいだろうか?


「もう……来てくれないのかと、思った」


「そんなことありませんよ、今日はちょっと、仕事が忙しくて」


「仕事……?」


「はい」


 ベッドに並んで座り、いつものお喋り……の前に、本日は俺の初仕事ハイライトを話して聞かせることにした。


 まず、山積みされた帳簿をひたすらチェックしていった結果、明らかに偶然とは思えない形で数字のズレが肥大化していき、かなりの大金が使途不明の状態で公爵家の金庫から消えていることが分かったんだ。


 それを、俺はオーリョの頭を飛び越え、ディラン公爵に直接報告した。


 結果、公爵様直々にしっかりとした調査が行われ……管理責任者のオーリョが、長い時間をかけて横領を働いていたことが分かったんだ。


 当然、オーリョは即日解雇。彼を推薦したワルーノ子爵家にも、後日多額の賠償金を命じるんだってさ。


 そうした一連の流れを説明されたミュリアは、少し驚いたように目をぱちぱちと瞬かせる。


 可愛い。


「ロロンは……まだ子供なのに、すごいね……」


「あはは、運が良かっただけですよ。公爵様が俺を信じてくれたお陰でもあります」


「お父、様……」


 父親に対して、複雑な気持ちがあるんだろう。大きな白うさぎのぬいぐるみを抱き締め、ミュリアは顔を俯かせる。


 そんな彼女の頭を、俺はあやすようにそっと撫でた。


「親子の問題に、俺が口を挟むのは烏滸がましいかもしれませんが……公爵様は、ミュリア様を嫌っているからここに閉じ込めているわけではありません。そこは信じてあげてください」


「……でも、お父様は……お母様を殺した私を、恨んでる」


「恨んでいるわけではありませんよ。ただ……まだ、心の整理がついていないだけでしょう」


「……何が、違うの?」


「いつかきっと、分かり合える日は来るということです」


「…………」


 信じられないのか、無言のままぬいぐるみを抱く腕に力を込めるミュリア。


 そんな彼女に、俺は話題を変えるように言った。


「それより。また食事を残されたのですか? ちゃんと食べないと、大きくなれませんよ?」


 この離れには、換気用の窓と同じように、メイド達が食事を安全に運ぶための小部屋が用意されている。


 二重扉構造になっているその場所には、夕飯として用意されたスープが、手付かずのまま残っていた。


 ぶっちゃけこの子、毎日ほとんど食べないんだよね。そりゃあ、小さいまんま成長しないわ。


「……食欲、ない」


「そう言わずに。今日は俺も一緒に食べますから」


「え……でも、まだ五分しかダメって……」


「ふふふ、そこは問題ありませんよ。じゃん!」


 俺はわざとらしくもったいぶった言い回しで、ポケットの中からある物を取り出した。


 主に強大な魔物の体内に生成されている、膨大な魔力を蓄積する力を秘めた特殊な結晶。“魔石”だ。


「今回の横領事件発覚の功績を称えて、ということで公爵様がくださったんです。かなり上物だそうで、これがあれば俺も一時間程度は身体強化魔法を維持出来ますよ。これを元に専用の魔道具を職人に作って貰えれば、更に伸びるでしょう」


 一体どんな魔物から採れた魔石なのか、売ったらいくらになるのか、ディラン公爵は教えてくれなかったけど……お父様に見せたら卒倒したので、まあ知らない方が幸せな代物なんだろう。


 いきなりそんなものをくれるなんて、と驚いたけど……渡された時に「ミュリアのことは頼んだぞ」と言われてしまったので、ありがたく活用させて貰うよ。


「ですのでミュリア様、今日はまだまだ時間はあります。食事が終わるまで、傍にいますよ」


「……じゃあ、手伝って」


「へ?」


 手伝うとはどういうことか?

 首を傾げる俺を余所に、ミュリアはベッドを降りて小部屋へ向かい、スープを持ってきて……俺に持たせた。


「食べさせて。……こんな、風に」


 そう言って、ミュリアは絵本を取り出し、あるページを開く。

 風邪を引いた子供が、親に食べさせて貰っているその絵には、内容を言わずとも伝わってくる家族の温かさが溢れていて……家族らしいことを何もしたことがないミュリアにとっては、一つの憧れなんだろう。


「分かりました。それでは、失礼して」


「あー……」


 スプーンを使ってスープを掬い、ミュリアに食べさせていく。

 まるで雛鳥に餌をあげているみたいなその構図に、なんだかほっこりとした気持ちになりながら。


 俺は一時間の制限いっぱいまでしっかりと使って、ミュリアとの食事を楽しむのだった。

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