不可視の怪人
緑色の皮を被った人間なんているわけがない。
つまり、こいつらも悪魔に憑りつかれ、自分の意思と関係なく改造された連中なんだろう──と、そう思っていたんだけど。
どうも、そういう感じじゃなさそうだ。
悪魔の魔力が、全く感じられないからな。
「っと……」
死角から伸びて来た鉤爪を、鞘で弾く。
すぐさま反撃のために抜刀するも、その時には既に敵の姿は消えていて、何の手応えもなく俺の刃は空を切った。
「お前ら、何者だ?」
緑色の怪人達は、まるでカメレオンのように周囲の景色に溶け込み、俺の隙をどこかから常に窺っているようだ。
ただ姿が見えなくなるだけでなく、足音や魔力、匂い、空気の流れなど、あらゆる気配が全く感じられない。正直、"隠れる"という一点においては、チートもいいところだと思う。
俺が対処出来ているのは、こいつらが攻撃する瞬間だけは、気配の揺らぎが感じ取れるからだ。
「答えはなしか……あんまりお前らと長々と遊んでられるほど、暇じゃないんだけどな」
完全なヒット&アウェイに徹されると、反撃する隙がない。
向こうの立ち回りからして、この透明化能力の消耗が激しいって感じもしないし……ジリ貧だな。
そして一番困るのは、俺を無視してテオやミュリアを狙われた場合だ。
俺は防げるけど、ミュリアはどうか分からないし……テオは絶対に無理だろう。
「…………」
いや、そもそも……どうしてこいつらは俺しか狙わない?
人質にされたりしたら困るし、これ以上怖い思いもさせたくないからってテオを先んじて逃がしたけど……こんな能力があるなら、俺なんて無視してテオを狙ったっていいはずだ。
狙いが俺だから?
まあ、明らかに人外な容姿と能力は王都に現れた異形の悪魔に通じるものがあるし、可能性としてなくはない。
でも……そもそも最初から、攻撃の前に俺がしっかり感知出来ていたことから考えて……"追わない"んじゃなくて、"追えない"という可能性の方が高いんじゃないか?
そう、例えば。
透明化の代償に、自分の五感や行動範囲に酷く制限を受ける、とか。
「……試してみるか」
俺は大きく跳び上がり、川の中へと飛び込む。
そして……足に巻いた魔道具を水中で起動。風の足場を生成し、その場に維持するために吹き荒れる突風が、川の水を俺がいた場所へと派手にぶちまけていく。
「見付けたぞ……!!」
どれだけ完璧に周囲に溶け込む能力だろうが、降り注ぐ水を避けるスピードが無ければそれを頭から被ってしまうことは避けられない。
そして、自然落下する水が途中で不自然に見えなくなれば……そこには、間違いなく"何か"がいる。
「《神雷ノ太刀》!!」
抜刀と同時に伸ばした刃に雷の属性を付与し、相手の意識を刈り取る不殺の刃。
つい先ほど、魚相手に試したばかりの新技だ。
これで敵を生け捕りにして、少しでも情報を引き出せれば……。
「──チッ」
しかし、そんな俺の判断を見透かしたかのように、透明化していた敵の一人が一瞬だけ早く完全に姿を現し、俺の《神雷ノ太刀》を回避する。
他の敵は俺の刃に捉えられ、姿を晒した上で気を失ったんだけど……俺の攻撃から逃れたそいつは、素早く両腕の鉤爪を伸ばし、それを“倒れている他の怪人達に向かって”撃ち放つ。
「なっ……!?」
反撃してくるだろうと思っていた俺は反応が一瞬遅れ、その攻撃の結末をただ見届けることしか出来なかった。
心臓や頭を貫かれ、絶命する怪人達。
それを何の躊躇いもなくやってのけた最後の敵を、俺は思わず睨みつけた。
「てめえ、何してんだ!?」
「何とは、おかしなことを聞くな。情報を渡さんように自害するなど、大して珍しくもないだろうに」
言いたいことは、俺にも理解出来る。
だけど、そのためだけに仲間を全員殺すなんてこと、やっぱり俺は認められない。
たとえ、敵がやったことだろうと。
「そもそも、お前ら一体何なんだ!? その力、悪魔と何か関係あるんじゃないのか!?」
「それを素直に喋ると思うのか?」
「喋らせるに決まってんだろ!!」
すぐさま川を飛び出し、最後に残った怪人の下へと突っ込んでいく。
そのまま、刀を抜いて今度こそ打ち倒そうとして……すぐに、そいつの余裕綽々の態度から嫌な予感を覚えた俺は、その場で足を止めた。
「っ……《滅魔斬り》!!」
押し固めた魔素を刃とし、魔法を無効化する不殺の刃。
この場面で選ぶ攻撃手段としては、適当とは言い難いけど……俺の中に浮かんだ懸念を払拭するためには必要な一手だ。
その結果……怪人に刃が届くよりも先に、不可視の何かに阻まれて刃が弾かれた。
感触からして、あいつの能力で隠された魔力の剣……ってところだろうか。
「ふっ、よく気付いたな。そのまま突っ込んでくれば、首が飛んでいただろうに」
「…………」
ただ固めただけで、一度生成した場所から微動だにしない魔力の剣。
普通に考えたら何の使い道もない魔法だけど、制限の多いこいつの能力とは完璧に噛み合っている。
強引に突破しようとすれば、全く意識していなかったところでざっくりとやられかねない。
どうしたもんか。
「そう怖い顔をするな、種が割れてしまった今、この場でお前を仕留められるとは思っていない。このまま撤退させて貰う」
「勝手に来て勝手に帰るなんて、随分と都合の良い話だな」
「そう強がるな、お前とてあの子犬に手を出されたくはないのだろう?」
「…………」
黙り込むのは肯定にしかならないって分かっていても、俺には沈黙を返すことしか出来ない。
そんな俺を見て笑いながら、怪人は踵を返す。
「せっかくだ、名乗りくらいは上げておこう。──俺の名はゴーズ。偉大なる"マモン"様に仕える用心棒だ」
スーッと姿を消していく怪人……ゴーズを見送って、俺は大きく息を吐く。
マモンね……やっぱり、大悪魔絡みなのか?
ともかく、テオやミュリアが心配だ、俺も早く合流しよう。
そう考えて、俺も走り出すのだった。




