川沿いの旅路
王都のほとぼりが冷めるまでの、俺とミュリアの二人旅……のはずが、獣人幼女のテオという新しい同行者が加わった。
まあ、それだけなら大して問題にもならないだろうって思ってたんだけど……早々に、俺は種族の違いという壁にぶち当たることになる。
テオ、おっそろしいほど食欲旺盛なんだ。
町を出発してすぐに、持ち込んだ食料が底を突きそうになっているくらいに。
「この小さな体のどこにそんなに入るんだ……?」
「けぷっ」
徒歩で道を南下している途中で、草原の上にシートを広げて、小休憩をしている現在。満足そうにお腹を擦るテオを見て、俺は首を傾げる。
俺も普段の猛特訓とかの影響で食事量はかなり多い方だと思ってるけど、それでもテオには敵わない。
まあ、テオがこれだけ食べたのは、ミュリアが際限なく食べさせてたのもあると思うけど。
「テオ……もう一つ、食べる?」
「こらこらこら、ミュリア、あんまり食べさせ過ぎたらダメだって」
干し肉をテオに食べさせる楽しみを覚えてしまったらしいミュリアが、この上更に自分の分まで与えようとしている。
慌てて止めると、ミュリアは少し不満顔を見せた。
「だって……いっぱい食べるの、見てて可愛いし……」
「可愛いからって、無制限に食べさせたら体壊しちゃうよ。こういうのは常にほどほどで抑えとくのが一番だ」
「でも……テオ、こんな小さいし……たくさん食べないと、大きくなれない」
「毎日ちゃんと食べるのが大事なの。今日一日で大きくなることはないんだから」
「……ロロン、厳しい」
「ミュリアが甘やかし過ぎなの」
むー、と教育方針(?)の違いでしばし睨み合った俺達は……すぐに、可笑しくなってどちらからともなく笑い出す。
これじゃあ、本当に子育てでもしてるみたいだ。
「どっちにしろ、夕飯のために何かしら食料は確保しないとな。しばらく川沿いに進むわけだし、どこかのタイミングで釣りでもしてみるか」
「……釣り?」
「ああそうか、ミュリアは海どころか川に近付く機会もなかったから知らないのか。泳いでる魚を捕って食べるってことだよ」
「泳いでる……魚……?」
俺の言っている意味が分からないのか、ミュリアが首を傾げている。
……そういえば、ミュリアって生きてる魚すら見た事ないのか。
魚の切り身が川を泳ぐ光景を想像しているのか、いまいち理解出来ていなさそうなミュリアに苦笑しながら、俺はその頭をポンポンと撫でる。
「後で見せてやるよ。テオ、お前魚釣りってした事あるか?」
「テオ、お魚とるの得意!」
「そっかー、得意かー」
口ぶりからして、多分釣りじゃなくて手掴みだろうな。
まあぶっちゃけ、竿もなければ餌もないわけだし、俺も刀を使って直接捕った方が早そうだけど。
……テオの食事量考えたら、遊んでないで真面目に獲った方がいいか。
しばらく進んだ後、夜を過ごすためにテントを張った俺は、テオと一緒に川にやって来た。
この世界の動物達は、基本的にどれもこれも繁殖力がすごい。
まあ、繁殖力が低かったら、魔物に殺されてとっくに絶滅してるはずだから、当然といえば当然なんだけどな。
つまり何が言いたいかというと……川を覗き込むと、パッと見で分かるくらい結構な数の魚が泳いでいた。めっちゃ多いな。
「テオ、今晩食べ切れる分だけ獲るんだぞ。獲り過ぎると魚がいなくなってみんな困るからな」
「うん、わかった!」
やっぱり竿は作れなかったので、俺は刀を持って川に浸かる。
あまり強く斬り過ぎて、魚の身が痛んだら困るし……ここは《滅魔斬り》をベースに、少しだけアレンジを入れて──
「《神雷ノ太刀》
キンッ、と鍔を鳴らしながら、魔素の刃で近くを泳ぐ魚を斬る。
ほんの僅かに込めた雷魔法によって、肉体はほぼ無傷なまま、首に直接流した電流によって相手を気絶させる……不殺の技だ。
ほとんどこの場で考えたアドリブだったけど、《神炎ノ太刀》で練習していた分すんなりと上手く行ったらしい。
気絶した魚が、プカプカと川面に浮かび上がる。
「よし、これなら上手くやれそうだ。テオ、そっちはどう……だ?」
自分の技に手応えを感じながら、テオの方を見る。すると……。
「えいっ、よっ、ほいっ」
ものっすごいテンポよく、熊か何かみたいに魚を手で弾いて、岸のところに魚の山を築き上げていた。
いや、めちゃくちゃ凄いなこの子。これが自然の中で暮らす獣人の力か。
ていうか……。
「テオ、いくらなんでも獲り過ぎだって、そろそろストップ」
流石にそんなに食べられないだろうと、苦笑交じりに制止すると、テオはまるで悪さをしているところを見咎められた子供みたいにびくりと体を震わせる。
振り返ったテオは……少し、俺が驚くくらいに怯えていた。
「テ、テオ?」
「ごめんなさい……! ロロン達の分も獲った方が、喜んで貰えると、思って……!」
……テオがずっと明るく振る舞ってたから、この子は奴隷商に捕まって家族と引き離された被害者なんだってことを、頭では分かっていてもちゃんと理解してやれていなかった。
そうだよな、テオからすれば、奴隷商も俺達も見知らぬ他人であることに変わりはないし……人懐っこいんじゃなくて、この子なりに精一杯媚を売って、気に入られようとしていたのか。
少しでも、自分の身を守れるようにって。
「心配するな、テオ。そんなことで怒ったりしないから」
「っ……」
そっと抱き締めて、頭を撫でる。
俺はテオを傷付けたりなんかしないって、少しでも分かって貰えるように。
「俺もミュリアも、お前の味方だよ。だから、無理に笑わなくてもいい。思い切り泣いて、吐き出して……本当に心から笑えるようになった時、また笑ってみせてくれ」
「…………」
こくん、とテオの首が縦に動き、そのまま押し黙ってしまう。
今はまだ、素直に泣くのも難しいか。
故郷に無事に送り届けられれば、そのあたりも少し改善するのかもしれないけど……今は、その前に。
「ひとまず、獲った魚をミュリアのところまで運んでくれるか? 俺はちょっと、ここでやることがあるから」
「……うん」
俯いたまま、言われた通りに積み上がった魚の一部を抱えて走り出すテオ。
それを見送って……俺は、今一度腰の刀に手を添える。
「追手……だよな? 狙いはテオか? それとも俺か?」
返事はない。でも、バレているとは思わなかったのか、気配が少し揺れた。
見晴らしの良い川沿いで、身を隠すものも大してないから、気付くのが遅れたけど……間違いなく、何かがいる。
「答えないなら……こっちから行くぞ!!」
刀を抜き、《滅魔斬り》を一閃。
川沿いを纏めて薙ぎ払うように放ったその一撃によって、今度こそその姿が露わになった。
全身に緑色の皮を被った、奇妙な人間達が。
「さて……テオが戻って来る前に、片付けとくか。危ないからな」




