囚われのミュリア(?)
戦場から連行されたミュリアは、魔力を封じる枷で念入りに椅子に拘束された上で、薄暗い部屋の中に入れられていた。
それに対して特に焦りはなく、「懐かしいな」などと呑気な感想を抱いている。
(昔は……ずっとこんな場所にいたんだっけ……)
もちろん、幼い頃に幽閉されていた場所とは、環境の差は歴然だ。
こんな形で拘束まではされていなかったし、最低限の明かりや空気の入れ替えのために窓もあったし、ミュリアが少しでも退屈しないために絵本やぬいぐるみもたくさんあった。
そう考えれば、自分はちゃんと父親に愛されていたんだなと実感して、少し嬉しくもなる。
自分のような化け物の扱いは、こうする方が自然だろうから。
(でも、何が目的なんだろう……悪魔じゃなさそうだけど)
少なくとも、ミュリア達を捕らえた騎士から悪魔の気配はしなかった。
隠れ潜むのが得意な下級悪魔であれば、気付かないという可能性もなくはないが……そこまで完璧に隠れた状態では、魔力は喰えても思考を操ることは出来ない。
つまり、少なくともこの連行そのものは彼ら本人の意思ということだ。
(うーん……分かんない)
それ以上先を想像するには、ミュリアにはまだまだ知識と経験が足りなかった。
拘束の厳重さから、自分の力を警戒されているらしい、ということくらいは分かるが。
「ふん、大人しくしているようだな、化け物め」
「……?」
暇なのであれこれと考えていたら、部屋の中に騎士が入って来た。
名前は知らないが、一応それなりに偉い人らしい。態度が大きいし。と、ミュリアは認識している。
そんな人物からの突然の化け物呼びに、ミュリアは怒るよりもまず困惑していた。
「なぜ分かったのか、とでも言いたげな顔だな? 通報を受けたのだよ、お前は悪魔の化身なのだと」
「…………」
何も言っていないし、何の表情も浮かべていないのだが、目の前の騎士は断定して話を進めていく。
勝手な人だなぁ、とミュリアはぼんやり考えた。
(こいつが悪魔なら、話は早かったのに)
悪魔なら、ここでぶっ飛ばしても許される。
しかし、悪魔が憑いているわけでもない普通の人間、しかも偉い人をぶっ飛ばしたとあれば、いくらミュリアが公爵令嬢といえどただでは済まない。
逆に言えば……下手なことをしなければ、自分にそこまで無体なことはされないだろうという打算もあった。
「聞いているのか?」
だからこそ、騎士が自分の顔を掴んで無理やり目を合わせに来たことに、ミュリアは少なからず驚いた。
間近に迫った男の顔に、不快感のあまり表情を歪める。
「触らないで。私に触っていいのは、ロロンだけ」
「なんだ、化け物が一丁前に色気付いてるのか? それとも……そうやって男を誑かすのが、悪魔の力ってやつか?」
「っ!?」
騎士の手が襟へと伸び、胸元を開けるように引っ張られる。
上から覗き込むような不埒な視線に、ミュリアは反射的に頭突きを見舞った。
「いっ……!? 貴様、何をする!!」
「こっちのセリフ……!! 気持ち悪い……!!」
鼻が潰れてボタボタと血を流す騎士へ、ミュリアは憎悪の眼差しを向ける。
ロロンにやられるならいつでも大歓迎という態度のミュリアだが、別に羞恥心がないわけではない。それ以外の男に肌を見られるなどごめんだ。
手を出さない方がいい、という理性も吹っ飛んで、全身に魔力が漲り……拘束具のせいで、その流れをせき止められてしまう。
だから。
「ははっ……!! 公爵令嬢だから、何があっても大丈夫だとでも思ったか? 残念だが、ここはルークウェル領ではない。悪魔を呼び出し王都を混乱に陥れた化け物を庇うことなど、いかに公爵家の力があろうと出来ん。どうせ最後は処刑されるのだ、大人しく……は?」
喰ったばかりの大悪魔の力で、強引に拘束具の封印をぶち破った。
まさか動き出すとは思っていなかったのか、唖然としたまま固まってしまう騎士へと、ミュリアはゆっくり近付いていき……。
「……女の子の誘い方くらい、勉強し直せ。害虫」
「ぐほっ!?」
魔力を込めたビンタで、ノックアウトした。
壁にめり込み、ぴくぴくと震える名も知らぬ男を見て、少しばかりスッキリした気持ちになりながら……さて、どうしようかと冷や汗を流す。
(ロロンや、お父様に、迷惑かかっちゃう……?)
それは嫌だ、どうしよう。
いっそこの男を塵一つ残さず消し飛ばせば、バレなくて済むだろうかと、少しばかり過激なことを考え始め……。
「ミュリア、無事か!?」
ちょうどそのタイミングで、扉を蹴破ってロロンが部屋に突入してきた。
「ロロン……!」
想い人の登場に笑顔を浮かべ、そのまま抱き着くミュリア。
一方のロロンは、想像と違った状況を前に、困惑の表情を浮かべていた。
「ええと……ミュリア、今回の件は少し複雑なことになってるから、ひとまずここを脱出して身を隠すようにって、アーメド殿下から言われたんだけど……」
「分かった、行こ、すぐに」
よく分からないが、逃げていい状況らしい。
ならば自分がやらかしたこともノーカンだと、密かに胸を撫で下ろすミュリア。
そんな彼女に、ロロンは疑問を投げ掛ける。
「もちろんそうするんだけど……この状況は一体……?」
「早く、行こ」
「あ、はい」
こうしてミュリアは、無事何事もなく(?)囚われの身から解放されるのだった。




