事後処理(?)
「はあ、はあ……これで、最後か」
異形の悪魔を十体近く屠ったところで、町から悪魔の気配がなくなった。
この辺りにいた人達はみんな避難したから、シーンと静まり返った空気の中、俺の荒い呼吸の音だけが響いている。
でも、ここでじっとしているつもりはなかった。
「ミュリア……無事か……!?」
ミュリアの向かった方で、戦闘中ずっと凄まじい魔力が渦巻いていた。
すぐにそっちに向かいたかったんだけど、そのタイミングを見計らったかのように次から次へと悪魔達が襲い掛かって来るもんだから、ずっとこの場に足止めされてしまったんだ。
そこまで長い時間じゃない。精々五分少々と言ったところ。
でも、悪魔が人一人を殺すのに、五分はあまりにも長すぎる時間だ。
もちろん、ミュリアだって弱くはない。大悪魔相手でも、まともに戦えば五分で負けることなんてないとは思う。
だけど……ミュリアは"悪魔の器"だ、もしかしたら、体を乗っ取るだけなら戦闘なんて必要ないかもしれない。
「くそっ……!!」
最悪の予想ばかりが頭を過り、焦りを生む。
早く、早くと足を動かし、ミュリアのいる方へ向かい……人気がなくなった町の一角、建物の壁にもたれかかるようにして倒れているミュリアを見付けて、駆け寄った。
「ミュリア!! しっかりしろ、ミュリア!!」
すぐに抱き起こし、体を揺する。
呼吸は? してる。
心臓は? 動いてる。
外傷は……擦り傷多数、重傷は多分負っていない。
なら体の中はどうなのかと、服を裂いて胸に手を当て、悪魔の影響がないかどうか念入りに探ろうと意識を集中させ──
「ロロン……」
「っ、ミュリア!!」
その途中で、目を覚ました。
「大丈夫か、ミュリア? 俺が分かるか?」
呼びかけている間も、ミュリアの体内に魔素を流して、状態を探る。
特にそれらしい反応はなく、ホッと胸を撫で下ろしていると……ミュリアが、ぼんやりとした眼差しで俺を見つめて。
「んっ……」
「んんっ!?」
いきなり、俺の唇を奪って来た。
突然過ぎる事態に、頭が真っ白になる。
というか、これ……俺の魔力、吸われて……!?
「ぷぁ……ロロン、ごちそうさま……」
「はあ、はあ……いや、ええと、お粗末様です……? ていうか、一体何があったんだ? 説明してくれ」
少なくとも、俺の調べた限りでは、ミュリアの体に異常はない。
ただ……今まで何度もキスしてきたけど、こんな風に魔力を吸われたことはないし、そんな力があることも知らなかった。
何も問題がないのに、明らかに異常。
矛盾した状況に戸惑っていると、ミュリアは俺の体に頭を擦り付けながら口を開く。
「……大悪魔、食べたんだけど……こんなに、体の中、いっぱいなの、初めてで……熱くて……ロロンの、魔力……欲しくなっちゃった……」
「え?」
ちょっと何を言っているのか分からなくて、一瞬頭が真っ白になる。
段々理解が追いついて来た俺は、思わず叫んでしまう。
「大悪魔食べたってどういうことだ!? 大丈夫なのか!? いや、大丈夫じゃないから熱いんだよな、どうすればいいんだ!?」
「大丈夫……悪魔の魂は、もう消したから。今は……急に増えた力に、体がびっくりしてるだけ……」
だから、と。
ミュリアは俺の首に腕を回して、熱っぽい眼差しで下から見つめて来る。
「もーいっかい……ちゅー、しよ……?」
「待て待て待て、どうしてそうなるんだ!?」
「ロロンの、魔力で……悪魔の力、落ち着かせるの……だから、ちょうだい……?」
「キスである必要ある!?」
「あるの……だから、ね……?」
魔力が必要なだけなら、どう考えてもキスをする必要はない。
そもそも、何がどうなって大悪魔を食べることになったのかも分からないし、本当に頭の中が混乱してる。
でも……何も分からないからこそ、今ここでミュリアのお願いを断ることで生じる影響を無視出来ない。
「分かった、それでミュリアが楽になるなら……全部持ってけ」
「んぅ……!」
ミュリアと口付けを交わし、練り上げた魔素を流し込む。
びくんと震えた体を抱き締めると、ミュリアの方からも抱き締め返された。
魔素を取り込みやすくするためか、小さく口を開けたミュリアへと、俺は更に魔素を──
「んぁ……もう、大丈夫……」
そうしている内に、ミュリアの方からゆっくりと離れた。
頬が赤らみ、熱っぽく上気した眼差しで、ミュリアはボソリと呟く。
「ロロン……積極的で……良かった……」
「ミュリアが危ないなら何でもやるよ、当たり前だろ。ていうかその言い方、やっぱりキスとかする必要なかったんじゃないのか?」
「えへへ……だって……私、頑張ったから……ロロンに甘えたかったんだもん……♪」
「全く……」
ご機嫌そうに俺の胸に擦り付いて来るミュリアの頭を、俺はそっと撫でる。
……大悪魔の件は、後で落ち着いたら改めて話を聞き出すとして、ひとまず今は、ミュリアが五体満足の状態で無事こうして帰って来てくれたってことを喜ぼう。
本当に、良かった。
「こほん。えーっと……そろそろ、ボクが話しかけても大丈夫かな、これ?」
「ルイス、いつからそこに!?」
そんな俺達に話しかけて来たのは、俺にとっては間接的な魔素の師匠にあたるルイスだった。
悪魔が町で大暴れしてたんだし、ルイスもどこかで戦ってくれてるだろうとは思ってたけど……何というか、ハイライトの消えた目で見つめられると、悪いことしてるのを咎められてる気分になる。
「二人があっつぅ~~~いキスを始めたところからかな? ボク、これでも空を飛び回って被害を広げないように頑張ってたのに、まさか二人はそんなボクを差し置いてイチャコラしてたなんて……悲しいよ。よよよ」
わざとらしく顔を覆いながら、「しかも脱がしてるし!」とルイスが叫ぶ。
そういえば、体の状態をチェックするためにミュリアの服を裂いたんだった。
慌てて上着を羽織らせた俺は、弁明するために何とか口を開く。
「いやその、これにも色々と訳があってだな……ていうか、ルイスにも後で相談したいことがあるんだよ」
「あーうん、二人がとっても仲良しなのはボクも嬉しいから、それはいいんだけどね……ただ、その相談に乗ってあげられるのは、しばらく後になりそうだよ?」
「え?」
ルイスが周囲に視線を巡らせると、それに合わせてぞろぞろと、鎧に身を包んだ騎士が現れた。
完全武装の戦闘態勢で俺達を囲むその様は、とても悪魔討伐の功労者を労おうとしているようには見えない。
その中でも隊長らしい人が一歩前に出て、俺達を睨む。
「ルイス・ラインベルク、ロロン・ハートナー、それに……ミュリア・ルークウェルだな。諸君ら三名には、此度の争乱に関する事情説明のため、我々に同行して貰おう」
「それは構いませんけど……ミュリアは怪我をしてるんです、まずは医者に……」
「これは命令だ。医者の手配ならこちらでも出来る、まずはついて来い」
俺の言葉を遮って、隊長の男は宣言する。
高圧的に、有無を言わさず。
「諸君らに、拒否権はない」




