顔合わせ
エンジュとの、学生の間限定の専属契約。
まあ若干のコミュニケーション不全もあって、危うく生涯契約を結びそうになったけど、その誤解は何とか解けた……と、思う。
「というわけで……俺達二人で、しばらくお邪魔します、よろしくお願いします」
「……よろしく」
強いて問題を上げるとすれば、俺が魔法兵装研究室に一時的に所属すると決めたことで、ミュリアの機嫌が非常に悪いことだろうか。
俺の腕にしがみついたまま、周囲を威圧する暗黒のオーラを放つミュリアに、対する魔法兵装研究室の室長……フレイ・ファイアロードは苦笑を浮かべる。
「えーっと……まずは、うちの妹が迷惑かけたみたいで、悪かったな。ただ、この子は不甲斐ないオレの尻拭いをしようとして暴走したんだ、責任は室長たるオレにある。怒るならオレに怒ってくれ!!」
今回の顔合わせは、エンジュに案内される形で、室長であるフレイさんが個人で持つ作業部屋にて行われた。
生徒の絶対数が少ない分、優秀な成績を収めた生徒には潤沢な予算と手厚い優遇措置が取られる、完全実力主義がこの学園の特徴だからな。
そんな部屋で、妹のやらかしについて真摯に頭を下げるフレイさんは、本当に良いお姉さんだろう。
ただ……。
「いや、うん、俺達もその件についてはもう怒ってないですから、そこは心配しないでください。……その状態のエンジュを怒れるほど、俺も鬼じゃないので」
よっぽど手痛い折檻を受けたんだろう、それこそアニメみたいに見事なタンコブを連ねたエンジュが、無造作に床へ転がされていた。
ここに追い討ちをかけられる外道は、どこにもいないだろう。
「じゃあ……迷惑をかけといて、人の婚約者に色目を使って、誘惑しようとしたことも……怒っていい?」
「おいこらエンジュぅぅぅ!! お前何してんだぁぁぁぁ!?」
いやいたわ、ここに鬼が一人。
フレイさんが転がっていたエンジュの肩を掴んでガックガックと揺さぶる光景に、俺は顔を引き攣らせることしか出来ない。
「ち、ちちち違うってお姉ちゃん!! だってこいつ、私に自分の専属になれって言ったんだよ!? 一生傍にいろって命令されたの!! こんなのもうプロポーズじゃん!?」
「んなわけあるかぁぁぁ!!」
エンジュの脳内ピンク過ぎる論理の飛躍に、フレイさんが絶叫している。
良かった、実は異性の魔道具技師に専属の誘いをかけることはプロポーズに値するとか、そんな変な風習はなかったらしい。これでひと安心。
「一生、傍に……? ロロン、どういうこと……?」
「一生じゃなくて学生の間だけだし、傍にいろじゃなくて俺の装備を作ってくれって話をしてたの!! 心配しなくても、俺が好きなのはミュリアだけだよ」
全然安心出来なかった。
更に威圧感が増すミュリアに、どうしたものかと頭を抱えていると……ミュリアは、拗ねたように唇を尖らせる。
「じゃあ……今度、デートして? ロロンと二人きりのお出かけ、ずっと行けてないから……」
言われてみれば確かに、俺達って婚約者ではなくとも恋人同士と言っても過言ではないのに、デートらしいデートはしたことないかもしれない。
ミュリアが公爵令嬢で、あんまり気軽に外を出歩けない立場っていうのもあるけど……俺がいつも修行だなんだで忙しくしてるのも原因だから、ここは俺が甲斐性を見せなきゃいけないところだ。
「分かった、次の休日は二人だけでお出掛けしよう。不安な気持ちにさせたお詫びに、その日は何でも言う事聞くからさ」
「……何でも? ほんとに?」
「ああ。公爵様に怒られない範囲ならな」
正直言うと……こんなにも一途に俺を求めてくれるミュリアを拒絶し続けるのも、悪いと思ってたし。
本当に最後の一線さえ超えなければ……たまにはそんな日があってもいいだろう、多分。
「じゃあ……約束のちゅー、して……?」
「こ、ここで!?」
「ここで」
フレイさんとエンジュがいるんだけど、そんなことはミュリアにとって何の関係もないらしい。
いやむしろ、いるからこそだろうか? 見せつけようという意図が見える。
「早く……」
ミュリアと出会って、もう九年か。
俺なりに、出来る限り好意を伝えてきたつもりだし、これからもそうするつもりだけど……ミュリアの中では、今も不安なのかもしれない。俺がいつまで傍にいてくれるのかって。
それを、果たしてどうしたら取り除いてやれるのだろうかと考えながら……俺は、ミュリアとキスを交わした。
「……エンジュ、お前よくこれに割り込もうなんて考えられたな。オレには無理だわ」
「わ、私も割り込もうと思ったわけじゃないってば!!」
顔を赤くするフレイさんと、手で顔を覆いながらも指の隙間からちゃっかり見ているエンジュ。
そんな二人の前で、ミュリアがある程度満足するまでキスをした俺は……二人に、頭を下げた。
「なんというか……すいませんでした」
「いやいいよ、この貴族社会で、そんなにお互い想い合える相手と出会えるってのは幸せなことだからな。大事にしてやりなよ」
「はい、それはもちろん」
フレイさんに背中を叩かれながら激励を受け……未だに赤くなったまま再起動しないエンジュをそのままに、俺達はようやく本題に入った。
ここまで長かったな……。
「それで、オレの魔道具のテスターになってくれるって話だったよな?」
「はい。そこで俺に合った魔道具に目星を付けて、エンジュに作って貰おうかと」
「分かった。アンタなら何かあっても自力で対処出来るだろうし、テスターをやってくれるのは実際助かるんだ、頼んだよ」
というわけで、と。
フレイさんは立ち上がり、ニヤリと笑みを浮かべた。
「本当は、色々と細かい注意点だのなんだの説明して、試験を重ねてからやるべきなんだろうけど……オレはそういうまどろっこしいのは嫌いでね。早速、行こうぜ」
フレイの手が、近くのテーブルに置いてあった物騒なバズーカみたいなのに伸ばされる。
それを掴み、肩に担いで……言った。
「魔物狩りへ!!」




