朝の一時と原作ヒロイン
朝。窓から差し込む温かな光と共に、外を飛び交う鳥の鳴き声が聞こえてくる。
幼い頃から、早朝の修行のために早起きを続けてきた俺は、こうした朝の気配を感じると自然に目が覚める習慣を身に着けていた。
とはいえ、目が覚めたらいきなり完全覚醒、というわけじゃない。
寝起きの微睡みを感じながら、眠気を少しずつ晴らすようにゆっくりと寝返りを打ち……。
「ふあ……♪」
耳元から、天使のソプラノボイスが響いた。
本来なら、そこで異変に気付くべきだったんだけど……寝起きでぼんやりしていた俺はそれを認識することも出来ず、なぜか間近に感じる柔らかな温もりに、ほぼ無意識のまま手を伸ばす。
「あっ、ロロン……そこは……♪」
手のひらに感じる、幸せな感触。
本能的に、それをふにふにと指先で弄んで……あれ? 何かおかしくね? と、ようやく頭が疑問を覚えた。
「んん……?」
重い瞼を、ゆっくりと開ける。
すると目の前には、リンゴのように真っ赤になりながら、うるうると瞳を潤ませている、ミュリアの顔があった。
「ロロン……求めてくれるのは、嬉しいけど……そういうのは、ちゃんと起きてる時に、して欲しいな……」
薄手のパジャマに身を包んだミュリアの体が、俺にぴったりと密着している。
そして俺の手は、そんなミュリアの腰の下へと伸びていて──
「おはよう、ロロン……んっ♪」
手のひらに続いて、唇にまで柔らかな感触がぴとりと触れて。
完全にキャパオーバーになった俺は、朝から情けない悲鳴を上げるのだった。
「ミュリア、なぜ俺のベッドの中に……? いつから……?」
何とかベッドから這い出した俺は、着替えを終えて食堂へとやって来た。
ルークウェル家の王都の屋敷は、普段あまり使うこともないということでそこまで大きくはないんだけど、ミュリアが学園に通う間暮らすことになって、随分と豪華な内装へとリフォームされている。
食堂もその例に漏れず、俺とミュリアの二人だけで使うにはもったいないくらい広くて綺麗なんだけど……そこでわざわざ、ぴったりと椅子を並べて座っているミュリアは、何を当たり前のことをとばかりに答えた。
「一緒に寝たいなって、思って……昨夜から」
「そ、そうか」
全然気付かなかった……。
「眠ってる時のロロン……積極的で、すごかった……きゃっ」
「待って、嘘だよね? 何もしてないよね俺!?」
「半分、嘘」
「は、半分とは……?」
「だって……寝起きに、私のお尻……」
「それは本当に申し訳ございませんでした」
土下座する勢いで頭を下げる俺に、ミュリアはくすくすと笑う。
子供の頃と違い、完全に会話の主導権を握られてしまっているこの状況、嬉しいやら情けないやらとても複雑な心境になる。
「気にしてない。むしろ……ロロンなら、嬉しい」
「うっ……」
本気で言っていると分かるからこそ、余計に申し訳なさと羞恥心でおかしくなりそうだ。
そんな俺に、ミュリアは余裕の表情で朝食のパンを手に取った。
「それでも、ごめんなさいって、思ってるなら……食べさせ合いっこ、しよ? それが、罰ゲーム」
当たり前といえば当たり前だけど、貴族の食事には給仕係が付く。
そんなに必要? ってレベルで何人も控えているため、俺達のやり取りは全て筒抜けだし……当然、これから行われる食事風景も全部見られる。
その状況で食べさせ合いっこなんて拷問レベルの羞恥プレイなんだけど、今ここで拒否なんて出来るわけが無い。
「分かったよ……でも、今日も授業があるんだから、あまり遅くはならないようにな」
「うん、分かってる……♪」
こうして俺は、朝からミュリアの望むまま、メイド達の前でほぼ全ての食べ物を“あーん”するハメに。
当たり前だが、授業には遅刻寸前だった。
「ロロン……お昼も、一緒に……あーん、しよっ」
「ミュリア、昼は普通に食べさせてくれ、流石に俺の身が持たないから」
嬉し恥ずかし過ぎて。
むーっ、と可愛らしく不満を表明するミュリアに、俺は思わず苦笑した。
「帰ったら、夕飯はもっとゆっくり食べられるから……その時に、な?」
「ん……わかった」
魔道具品評会で悪魔と戦い、モニカ先輩とアインスさん、婚約者同士の熱い抱擁とキスを目にしてから、既に一週間。
あれ以来、ミュリアの俺に対するアプローチは、それはもう激しさを増していた。
俺としても、ミュリアに求められること自体はすごく嬉しい。
けど、嬉しいからって受け入れてたら、歯止めが効かずに本当に最後まで行きかねないんだよな。
ミュリアはどうしても、過去の経験から愛情表現が不器用なところがあるし……ちゃんとそういう知識と情緒が備わるまでは、俺がブレーキにならないと。
「……?」
「ん? どうした?」
密かに決意を固めていると、ミュリアが不意に足を止める。
どうしたのかと思っていると、ミュリアの指が廊下の先へと向けられ……俺達の次の授業が行われる教室の前、人の往来が多いその場所に、堂々と仁王立ちする一人の少女が立っていた。
「あの子は……」
「ロロン、知り合い……?」
「いや……見覚えがあるな、と思って」
若干誤魔化すように言いながら、俺は改めてその子を見る。
真っ赤な髪、如何にも勝ち気そうな表情、俺達と同級生なのに豊かに育った胸の双丘は、リアルに存在していいのかってくらい身長に比して大きい。
俺はこの子を、よく知ってる。
アニメにおいて、主人公(男)だったルイスに惚れて、いつも一緒に行動していた、メインヒロイン。
エンジュ・ファイアロードだ。
「あんたよね、今年の試験組首席は」
「……そうだけど」
エンジュとルイスの出会いは、確か試験の日にルイスがこの子とぶつかって、ラッキースケベを決めたことだっけ。
今回はルイスが試験を受けてなかったし、そもそも女の子になってるから、特にイベントも起こらなかったんだろう。
そのせいで半ば忘れかけていたこの子が、今になってなぜ俺の前に現れたのか……と思っていると、エンジュはびしりと俺を指差して、思わぬ言葉を口にした。
「ロロン・ハートナー……私と決闘しなさい!!」
「……はい?」




