悪魔達の取引
王国内、某所──
とっくに人がいなくなり、寂れきった廃村の中にある教会に、その存在はいた。
大悪魔、アスモデウス。
妖艶な雰囲気を纏う美女の肉体を持つその悪魔は、目の前に傅く配下の悪魔にニコニコと笑みを向けていた。
『なるほど……王都で活動していた子が、人間に狩られた、と』
『へい。しかしご安心くださいアスモデウス様!! 次はこの俺が、あの馬鹿を狩った人間共を血祭りに上げてご覧にいれましょう!! ちょうどつい最近、餌を喰ったばかりで力が有り余っているんですよ!!』
その悪魔は、とある村で善良で腕のいい鍛冶師を見繕い、取り憑くことでその人生を完膚無きまでに破壊して来た。
まずは愛する妻と可愛がっていた娘に対して暴力を振るうところから始め、男を信頼していた客に粗悪品を掴ませて金を騙し取り、その評判を地の底に落とす。
更に、借金で首が回らなくなったところで娘の身柄を娼館に売り渡し、憎しみに狂った妻に刺されそうになったところを返り討ちにして……最後は娘が自殺したところで、体の主導権を男に返したのだ。
取り憑いていた数年間の記憶が雪崩れ込み、絶望のあまり崩れ落ちた男の悲鳴と深い絶望の感情は、極上の餌となって悪魔の糧となっている。
そうした武勇伝と共に、悪魔狩りをこの手で仕留めてみせると息巻くその悪魔に、アスモデウスは笑顔のまま告げた。
『それはすごいわね。じゃあ……私のために、死んで?』
『は……? アグッ!?』
アスモデウスの力が、とっくに廃人となった男の体もろとも、中に取り憑いた悪魔を拘束する。
拘束したまま、みるみるうちに圧縮されていく己の状況に、悪魔は必死に声を上げた。
『アスモデウス、様ぁ!! 一体、何をぉ……!! グ、ギェェ……!?』
断末魔さえ掠れていき、やがて悪魔はゴルフボール大の真紅の球体にまで圧縮されて息絶える。
それを、アスモデウスは口の中へと放り込み、ペロリと飲み込んだ。
『ベルゼブブとベルフェゴールを殺った人間を、お前ごときが殺せるハズないでしょう? どうせ無駄死にするのなら、さっさと私の糧となりなさい』
もっとも、と。
アスモデウスは、既に消滅した悪魔を嘲笑うように言った。
『どっちにしろ、そろそろ“収穫時”だったけどね?』
『相変わらず、趣味の悪い食事をしてますねぇ、アスモデウス』
『あら、いたの? マモン』
『よく言いますよ、最初から気付いていた癖に』
アスモデウスが振り返った先にいたのは、でっぷりと太った体を持つ一人の男。
全身をジャラジャラと宝石類のついたアクセサリーで固め、いかにも成金趣味の豪商といった風情だが、彼もまたその体に悪魔を宿している。
アスモデウスと対等に話すことの出来る力を持った存在の一人……大悪魔、マモンだ。
『それで、何の用? わざわざ私の食事にケチを付けに来たわけじゃあないんでしょう?』
アスモデウスは、配下の悪魔を生み出しては各地で悪事を働かせ、たっぷりと食事を取って肥え太ったところを捕食することを趣味としていた。
そちらの方が、悪魔狩りの力を持った人間と戦わずに済む、ということもあるが……家畜が自ら嬉々として栄養を蓄えて、喰われるために自分の前に頭を垂れるその様を見るのが、たまらなく好きなのだ。
同じ大悪魔からも趣味が悪いと不評だが、本人は止めるつもりはないし、他の大悪魔とて別に義憤に駆られて言っているわけではない。
悪魔などという“雑味”が混じった負の感情を好んで食べるアスモデウスを、偏食家だと笑っているだけだ。
『ええ、もちろん。以前、そろそろ新しい“体”が欲しいと言っていたでしょう? 一つオススメを見付けたので、狙ってみてはどうかと思いましてね』
悪魔は人間の体を乗っとることで現世に留まるが、いくらその力で延命しようとも肉体の寿命はいつか尽きる。
アスモデウスが宿る肉体は、見た目こそ妙齢の美女だが、その実生まれは百年以上前の人間であるため、そろそろ乗り換え時だった。
『ふーん、それって?』
『“悪魔の器”……ミュリア・ルークウェル』
ぴくりと、アスモデウスの眉が震える。
先程喰った配下が、ロロンに斬り殺された悪魔の最期を一部始終見ていたため、その記憶を捕食と共に取り込むことでミュリアという少女が誰かは把握していた。
もっとも、下っ端の悪魔では、ミュリアの力とその肉体の価値まで見抜くことは出来なかったようだが。
『へえ、あの子がねえ……それは、多少無理をしてでも欲しいわねぇ』
悪魔の器は、大悪魔が憑依する上で最高の肉体だ。
この地上では制限されがちな力を百%発揮出来る上、何より。
今取り憑いている肉体と違い、不老不滅で乗り換えの必要がないというのが、最高だ。
なぜなら、如何に大悪魔といえど、一度取り憑いた肉体を捨てて、魂だけで新しい肉体に移るという行為は、酷く消耗する作業だからである。
失敗すれば、そのまま消滅してしまいかねないほどに。
『で? その情報を私に流して、あなたは何を企んでいるのかしら? マモン』
そんな至高の肉体を、むざむざ譲るような提案をするマモン。
その真意を測ろうとするアスモデウスに、マモンはニヤリと笑みを浮かべた。
『私が欲しいのは、ミュリア・ルークウェルの肉体そのものではなく、そのデータ……私はね、アスモデウス。自然発生した器ではなく、自らの手で至高の肉体を作り上げたいのですよ』
『ああ……あなたの配下、そんな感じの悪魔ばっかだったわね、そういえば』
マモン配下の異形の悪魔達を思い出し、少しばかり辟易とした表情を浮かべるアスモデウス。
要するに、彼はこう言いたいのだ。
肉体そのものは譲るから、上手く行ったら少しばかり人体実験させてくれと。
『まあいいわ、私の力と“器”の力が合わされば、何をされても再生出来るでしょうし。でも、あまりにも不快なことをするようなら殺すわよ』
『ええ、分かっていますとも』
『そうそう。私ばかりリスクを負うのも癪だから、あなたの配下を何体か寄越しなさい。手駒として使うから』
『ふむ、まあいいでしょう。とっておきをお貸しします』
契約は成った。
早速動き出すべく立ち上がるアスモデウスを、マモンは『お気を付けて』と言って送り出すが……心にもない言葉だということは、アスモデウスも分かっている。
分かっていて、いちいち指摘したりはしない。
悪魔にとって同族とは、利用し合う関係ではあっても、馴れ合うような関係ではないのだから。
『さて……待っていなさい、“悪魔の器”。私があなたを食べてあげるわ』




