姑息な悪魔
ロロンが悪魔を探し出すために会場を飛び出した後、残されたルイスは、ミュリアと共にひたすら会場の守護に力を尽くしていた。
(あーもう、適材適所なのは分かってるけど、ロロンも大概無茶ぶりしてくれるよね!)
先程の暴発騒動のことなどなかったかのように進む品評会を眺めながら、ルイスは心の中で文句を付ける。
実のところ、ルイスとしては今回の品評会に悪魔が絡んでいると分かった時点で、何とか中止に出来ないかと思っていた。
この品評会に懸けるモニカの想いは知っていたが、どんな理由があれここにいる大勢の命と天秤にかけられるものではない。
しかし同時に、大勢の命がかかっているからこそ、今から中止というのが難しいという事情もある。
まず、先程の暴発事故を悪魔のせいだとする証拠がない。
ミュリアがそう感じたから、などという証言を信じるのは、彼女の力と事情をよく知るロロンとルイスだけ。品評会の主催者にそれを伝えたところで、信じてもらえるわけがない。
下手をすれば、そうやって説得しようとしている間に悪魔が次の事故をを起こし、誰かが犠牲になってしまうかもしれない。
もし仮に、奇跡的にすんなりと信じて貰えたとしても、この人数を安全に逃がすのはほぼ不可能だ。
途中で悪魔が何かを仕掛け、集まった人々がパニックを起こしてしまえば、後は何もされなかったとしても、この場は死傷者で溢れ返ってしまう。
つまり、全員を無事に逃がすためには、悪魔が本気で仕掛けて来ない……あくまで“事故”を装って悲劇を演出し、自らの餌となる負の感情を生み出そうとしている現状を維持したまま、秘密裏に元凶を叩くのが理想なのだ。
ロロンは、その理想を現実にするつもりなのだろう。出来ると判断したからこそ、ミュリアと二人で悪魔の起こす“事故”を防げと言い残した。
ならばやってみせると、ルイスは意識を集中させる。
「ルイス……あの魔導具、赤色の先端部分」
「りょーかい」
参加者が魔道具と共に現れると、ミュリアが悪魔の力を感じる場所を教えてくれる。
ルイスの感知能力では見た瞬間に判断するのは難しいが、ヒントさえあれば何とか見つけ出すことが出来た。
後は、周囲に気付かれないように魔素を操り、魔道具の該当箇所に滑り込ませ──
「《聖化》」
ルイスの《滅魔斬り》と同じ、対悪魔特化の浄化魔法で悪魔の力だけをピンポイントで消し去る。
ひとまず目の前の危機を一つ乗り越えたところで、ルイスは大きく息を吐いた。
(いやキッツイねこれ……周りにバレたら当然ボクはここから摘み出されるだろうし、そうなったら悪魔はやりたい放題。かといって、バレないことを優先して半端な力で浄化に失敗しちゃえば、大惨事待ったなし……!)
一応、最悪の場合は最初の暴発事故の時と同じように、防御結界を張って守るつもりではある。
しかし、大掛かりで危険な魔道具故に、他の生徒が似たような魔法を既に使っていた先程ならまだしも、他の比較的大人しい魔道具が発表されている最中に同じことをすれば、今度こそバレてしまう。
その場合も、やはり詰みだ。
(神経使うなぁ……! でも、これもロロンが悪魔を狩るために必要なことだ。絶対にやり通す……!)
一体いつまで続くのか、悪魔が今どこに潜み、自らの計画を尽く狂わされている現状に対して、何を考えているのか。
動きのない脅威にストレスを感じながら、神経をすり減らしていくルイス。
──そんな彼女を、じっと見つめる邪悪な眼差しがあった。
ミュリアが指摘した通り、講堂の上……天井裏から。
『クヒヒヒ、やはり来たな、悪魔狩り。忌々しい』
ルイスを見つめながら、悪魔はフンと鼻を鳴らす。
その悪魔は、とある大悪魔によって生み出された配下の一体だ。
適当な会場警備員に取り憑いた、小さな悪魔。そこまで大きな力は持っておらず、町一つ血の海に沈めることはもちろん、ルイスのような悪魔狩りと正面切って戦う度胸もない。
だからこそ、隠れ潜む。
慎重に、安全に、確実に。悲劇を集め、己の糧とするのだ。
故に──この悪魔は既に、撤退の段取りを進めていた。
最後の最後に、盛大な“嫌がらせ”を仕掛けて。
『クヒヒヒ! この天井裏そこかしこに、俺様の力をすこーしずつ仕込んでおいた……!! 後は合図一つで、ボンッ! この天井は崩れ落ち、無数の鉄骨が観客の頭上に降り注ぐ!! 防ぎ切れるかな? 悪魔狩りィ!!』
まあ、概ね防ぎ切るだろうとは、悪魔も思っている。少なくとも、あの悪魔狩りには傷一つ付けられないだろうと。
だが、一人でも守り損ねて死人が出れば、その悲劇の涙は悪魔の糧となり力となる。
誰一人死ななかったとして、青春の大切な一ページとなるはずだったイベントが派手に台無しとなれば、特に今後の進路を懸けた最後の大勝負に出ている三年生にとっては十分に絶望に値するだろう。
この悪魔にとっては、それだけでも十分に“勝ち”だ。
何せ、生き残りさえすれば、どこでも何度でも同じように悲劇を演出出来るのだから。
『てなわけで……あばよ』
パチンと指を鳴らし、仕掛けた力を起動する。
後は、崩落する天井に紛れて、この場を脱出するだけ──だったのだが。
『なぜ……魔法が発動しねえ!?』
「はぁ、はぁ……間に合ったか」
声のする方へ振り向けば、そこにいたのは一人の少年。
つい先程まで悪魔狩りの少女と共にいたはずの男が目の前にいる事実に、悪魔は混乱した。
『バカな……どうしてここが分かった!?』
「お前ら悪魔の力にめちゃくちゃ敏感な彼女がいてね。その子が、ここにいるって教えてくれたんだ。それで急いでここに来たら、山ほど妙な魔法が仕掛けられていたからな……全部斬って、無効化しといた」
『んなっ……!?』
その悪魔は、弱い。弱いからこそ、己の隠密に絶対の自信を持っていた。
それが見破られたという事実に、驚きを隠せない。
「もう終わりだ、悪魔。モニカ先輩の……他にも大勢の生徒達の努力と命を踏みにじろうとした罪、ましてそれを、無関係な人の体を奪って実行しようとした罪、その命で贖え」
『っ、ふざけんな! こんなところで終わってたまるか!』
手のひらに魔力を込め、振り被る。
目の前の少年ではなく、“真下”に叩き付けるために。
『コソコソするために力をセーブしてたがな!! 俺だって、全力を出せば一撃でこんな建物の天井くらい崩落させられるんだよ!! 止めて欲しけりゃ、大人しくその物騒な得物を捨て……え?』
発動しようとしていたはずの魔法が、掻き消えている。
いや、そもそも……まだ距離があったはずの少年が、気付けば己の後方に立っているではないか。
「言ったろ、終わりだって。大人しく、その人の体から消え失せろ。──《滅魔斬り・霞閃》」
キンッ、と。
鍔の鳴る音と共に、警備員に取り憑いた悪魔の意識は断絶し、闇に沈んだ。




