アインスの想い
「ここの魔法陣はこんな感じ?」
「違うよロロン、そこはこのタイプを使わないと、隣と干渉して誤作動が起きちゃう」
「ああ、そっか……流石ルイス、こういうものも理解が早いな」
「あはは、それほどでもー」
いつもの、魔法遊戯研究室の活動時間。
作り上げる作品の設計は決まったので、今はみんなで何とか本番に間に合わせるべく急ピッチで製作を進めている。
意外なのは、ルイスが少し設計図を見ただけで仕様を理解し、誰よりもスムーズに作業を進めていることだろうか。
さすが主人公としか言いようがない。
「ロロン、ここ……手伝って」
「分かった、ちょっと待ってな」
逆に、ミュリアはこういう細かい作業は苦手らしく、なかなか苦戦している。
傍に向かい、後ろから腕を回した俺は、魔法陣を刻もうとしているミュリアの手を取った。
「ほら、下書きに沿って、ゆっくり均等に魔力を注いでくんだ。圧が変わると線の太さも変わっちゃうから、慎重にな」
「うん……えへへ」
「? どうしたミュリア、機嫌良さそうだな」
「こういう時は、ロロンが積極的だから……嬉しい」
「…………」
いや積極的っていうか、ミュリアが困ってたら助けるのが基本行動になってるというか。
こらルイス、「いやーお熱いねえ」じゃないんだよ、ニヤニヤすんな!
「師匠が婚約者と仲睦まじいのは別に構わないのだけど……モニカさんはどうしたのかな?」
ルイスがなぜか持ち歩いていたビターチョコを受け取りながら、アーメド殿下が呟く。
今日、モニカ先輩は研究室に参加こそしているものの、ずっと心ここに在らずといった感じでボーッときていた。
誰もが思っていたことを口にした殿下に、モニカ先輩はハッとなって慌てて弁明を始める。
「ご、ごごごめんなさい! その、昨夜はちょっと、眠れなくて……」
「そうなんですか? 体調が優れないなら、休んだ方が……」
「あ、えと、平気です! ごめんなさい、ご心配おかけして……その、作業に戻りましょう! 時間もあまりありませんから!」
少し強引に追求を打ち切ったモニカ先輩は、自らの作業に戻っていく。
けれど、すぐにまたボーッとしてしまったりして……。
結局その日、モニカ先輩がいつもの調子で作業に没頭する様子は、一度も見られなかった。
「やっぱり、気になるな……」
「気になるって……モニカのこと……?」
研究室の活動時間が終わり、帰る途中。ミュリアの疑問に、俺は頷きをもって答えた。
モニカ先輩は寝不足のせいだって言ってたけど、普段の彼女を見ている限り、寝不足くらいであそこまで気もそぞろになったりはしないだろう。
「でも、直接聞いてもはぐらかされるばっかりだし、どうしたもんか……」
見るからに気が弱そうな人だけど、こういう時は随分頑固というか……何を聞いても、事情を話してはくれなかった。
放置するわけにもいかないけど、聞き出すことも出来ないとなると……。
「じゃあ……尾行して、暴き出そう」
「……確かに選択肢として考えはしたけどさ、ちょっと気が進まないよなぁ」
ストーカーじゃん、完全に。
「なんで……? 私、ロロンが一人で出掛けたりする時、よくやってるよ……?」
「へー……って、え?」
初耳なんですけど? え、俺一人の時もミュリアに尾行されてたの!?
「だから、ほら……行こ?」
「ああ、うん……」
どうしよう、怒るべきなんだろうか。
でも困った、ミュリアのすることならまあいいかって思ってしまってる俺がいる。
くっ、これが惚れた弱みってやつか!!
そんなしょーもない葛藤を抱きながら、俺とミュリアはモニカ先輩が寮に戻る後ろ姿を見付け、後をつけ回すことに。
ミュリアはともかく、俺はバレたら首ちょんぱじゃね? 特に公爵様に。
「ミュリア、ちなみに女子寮の中に入っていかれたらどうするんだ? 部外者立ち入り禁止なんだけど」
特に異性。
「魔法で、姿を隠して……バレなきゃ、おっけー」
「あ、はい」
俺、生きて戻って来られるんだろうか?
割と真面目に心配になって来た俺だけど、幸いにして寮の中まで侵入する必要はなかった。
寮の手前で、モニカ先輩がとある男子生徒と口論になったからだ。
「モニカ、俺はお前のためを思って言ってるんだ」
「そんなこと、頼んで、ません……! アインス様はいつも……!」
話の内容を聞くに、どうやらあの男はモニカ先輩の婚約者で……先輩が魔道具品評会に参加することに、反対しているらしい。
やがて、モニカ先輩が寮の中へ入っていくのを見届けた俺達は、彼の前に姿を現した。
「すみません。アインスさん……で良かったですよね? ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど」
「なんだ、君達は」
「魔法遊技研究室の、モニカ先輩の後輩です。あなたが先輩に、品評会に出るなって言っているのを聞いて……」
「盗み聞きとは、感心しないな」
ド正論である。
でも、これは先輩のためでもあるので、それが何か? という態度を貫くことに。
そのお陰かは分からないけど、アインスというその男は溜息混じりに応じてくれた。
「ああ、その通りだ。彼女に、ああいった場は相応しくない」
「どうしてですか。モニカ先輩の技術は素晴らしいです、参加すれば必ず高評価を得るって、アーメド殿下も仰ってましたよ」
「ああ、彼女は間違いなく結果を残す。だが、だからこそだよ」
思わぬ答えに、俺は目を瞬かせた。
結果が出ないと思ってるんじゃなくて……結果が出るから、ダメ?
「後輩ならば知っているだろう。彼女は人と関わることが苦手で、注目されることを何より嫌う。魔道具品評会などという大舞台で好成績を収めれば、彼女はもうこれまでのように日陰に籠ってはいられない……否が応でも、表舞台に引きずり出されることになる。俺は、それを避けたいのだ」
確かに、モニカ先輩は人見知りする性質みたいだし、社交場にもほぼ出たことがないみたいだから……いきなりそんなことになれば、相当苦労することになるだろう。
「周りがどう思うかなど、彼女が気にする必要はない。全て私が黙らせてみせる」
アインスさんなりに、先輩のことを想っての行動だっていうのは分かった。
でも、それは……。
「モニカは……ただ守られるだけなんて、嫌だと思う」
「何……?」
アインスさんの前に、ミュリアが一歩進み出る。
珍しく怒った表情で、淡々と説教するように。
「本当に、好きだから……守られるばっかりは嫌だから。あなたの隣にいることに、相応しい自分になりたくて……だから、モニカは頑張ってる。それを、邪魔したらダメ」
「しかし、それでは……彼女が傷付くことになるかもしれない」
「一緒に、傷付きたいの。分かってあげて」
「なぜ、そこまで断言出来る? 出会って一ヶ月と経たない君が」
「私も、同じだから」
そう言って、ミュリアが俺の裾をぎゅっと掴んだ。
「私も……小さい頃から、ずっとロロンに守って貰って来た。辛いことからも、悲しいことからも、全部。だけど……代わりにロロンが傷付いて、何も出来ない自分は、ずっと嫌だった。それが嫌で……強くなりたいって、思ったの」
……そんな風に、思ってくれてたのか。
モニカ先輩の話をしに来たはずなのに、なんだか俺までハッとさせられるな。
「モニカも……同じ。だから、分かってあげて」
「……なるほど、な」
アインスさんも同じだったのか、少しだけ自嘲するような笑みを浮かべ、軽く頭を下げた。
「忠告、感謝する。また明日……話し合ってみよう」
「うん。……その前に、一つ。私が、気合いを入れてあげる。来て」
「? ああ」
手招きするミュリアに、アインスさんは一歩近付く。
そこへ……ミュリアは、ぎゅっと拳を握り込み。
「えいっ」
「ぐほぉ!?」
魔素を込めて、いきなり腹パンをかましていた。
あまりの事態に、俺も呆然としてしまう。
「これでよし。……じゃあ、頑張って」
「あ、ああ……」
ぷるぷると震えながらしゃがみ込むアインスさんに手を振って、ミュリアが踵を返す。
そこでようやく再起動を果たした俺は、慌ててミュリアに詰め寄った。
「ちょっ、おま……ミュリア、何してんの!?」
「あの人の体から、悪魔の力が感じられたの」
「……なんだって?」
思わぬ言葉に、スッと頭が冷えていく。
そんな俺に、ミュリアは首を横に振る。
「本体は、いない……多分あれは、力の残滓。お気に入りの獲物を、いつでも狙えるように付けておく……マーキング、だと思う」
「だとしたら……」
「うん。またどこかで……悪魔が、あの人か……モニカ先輩を、狙うかも」
あまりにも予想外の展開に、俺は小さく溜息を吐いて、気を引き締め直すのだった。




