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モニカと婚約者

 モニカ・クロースは、一言で言えば引っ込み思案な少女だ。

 社交やダンスなど苦手だし、魔法を使った戦闘などもっての外。血を見ただけで卒倒するレベルである。


 しかし、そんなモニカも魔法そのものは好きだった。

 魔法を構成する魔法式を組み上げて構築する魔法陣。先人達の研究と研鑽の果てに生み出されたそれは一種の芸術作品のようで、一日中眺めていたって飽きないくらいだ。


 いつか、自分もこんな美しい魔法を生み出してみたい──それが、モニカのささやかな夢である。


 魔法遊戯研究室に所属しているのも、その夢の一環だ。


 本当は、もう少し規模の大きな研究室に入って勉強するつもりだったのだが、とある理由からそれは出来なかった。


(でも……それで、良かったのかも……)


 夜の帰り道。寮へ向かって歩きながら、モニカは心の中で呟く。


 大きな研究室で勉強してみたかったのは事実だが、今の小さく目立たない環境だからこそ、周りの目を気にすることなく自分の好きに出来たこともまた事実だ。


 “事故”によってせっかく作った作品が壊されてしまったのは残念だが……代わりに、可愛い後輩も出来た。


(すごくお似合いの二人だったよね……)


 片や、“悪魔狩り”などという異名すら付いている試験組の首席合格者。片や、この国でもトップクラスの大貴族、ルークウェル家のご令嬢だ。


 身分差もあって結婚は難しいという話もあるが、実は近いうちに、陛下から悪魔狩りへ伯爵位を与えられるのではないかという噂もあり……アーメド殿下が魔法遊戯研究室に参加したことで、その噂はやはり間違いなかったと学園内でも話題になっている。


 そう、実の所あの野次馬達は、殿下だけでなくロロンを見に来た者達でもあったのだ。


(いいなぁ、素敵だなぁ……)


 もし本当にロロンに伯爵位が与えられ、二人が結ばれるようなことになれば、なんとロマンチックな話だろう。


 ルークウェル家の令嬢が侵されていた呪いを解いたのが彼だという噂もあるので、それらを本に纏めて出版すれば、飛ぶように売れるに違いないとすら思った。


(それに比べて、私は……)


 自分を見つめ直したモニカは、俯きながら肩を落とす。


 社交性ゼロ。人に誇れるような成果もゼロ。可愛げもゼロ。

 こんな自分に、どうして婚約者などいるのか不思議なくらいだ。


「私も、魔道具品評会で結果を出せたら……」


 あの二人のように、自信を持って思いを伝えられるだろうか?


 そんな風に考えながら歩いていると……ふと、寮の前に一人の男子生徒が立っているのが見えた。


「アインス様……!? どうして、ここに」


 アインス・リオフィード。リオフィード侯爵家の次男で、モニカの婚約者だ。


 今年三年生で、卒業後は宮廷魔法士団に入ることが決まっているエリート中のエリートでもある。


「別に、たまたま通り掛かったから、婚約者の様子を見に来ただけだ。……迷惑か?」


「い、いえ! 迷惑だなんて、そんな……むしろ、いつも私が迷惑をかけてばかりで……」


 アインスとモニカの婚約は、周囲からあまり快く思われていなかった。

 家同士の仲は良いため、両親は互いに納得しているのだが……モニカの性格のこともあって、優秀なアインスにはもっと相応しい相手がいるのではないかと、後ろ指を刺されることも多いのだ。


 実際その通りだと、モニカは思っていた。


 自分を選んでくれたのも、単に幼馴染だったから……自分のような愚図を放っておけない、アインスの優しさなのだろうと。


「迷惑などどうでもいい。分かった上でお前を選んだ」


「そ、そうですよね……ごめんなさい」


「なぜ謝る?」


「あ、それはその……ごめんなさい」


 結局また謝ってしまい、沈黙が両者の間に横たわる。

 それに耐えかねてオロオロするモニカの代わりに、アインスが溜息と共に口を開いた。


「モニカ、本当に魔道具品評会に参加するつもりか?」


「あ……は、はい! 私も、その……アインス様の婚約者に相応しい実績を残せるように、その……頑張ります!」


 自分には何もないが、魔法の知識だけなら自信がある。

 それを活かして、一つでも自慢出来る実績を残せれば……胸を張って、アインスの婚約者だと名乗れるはず。


「無理をする必要は無い。作品も壊れたのだろう? 不参加だったとしても、十分に言い訳は立つはずだ」


 しかし、当のアインスの返答は、冷たいものだった。

 ショックのあまり、モニカは顔を俯かせてしまう。


「……アインス様は、私に……参加して欲しく、ないのですか……?」


「……ああ。余計なことをして、無意味に傷付く必要などないだろう」


「っ……!!」


 アインスは、彼なりに心配してくれているのだろう。

 ただでさえ才能のない自分が、中途半端な作品で参加しても恥をかくだけだと。


 だが、モニカは……。


「ご忠告、ありがとうございます。……それでは」


 心配よりも、背中を押して欲しかった。


「待て、モニカ! ……はぁ」


 涙を流し、走り去っていくモニカに対して、アインスは手を伸ばそうとして……彼女の小さな体が女子寮の中へ入っていったところで、諦めた。


 そんな男女二人のやり取りを、少し離れた場所でじっと見つめる影の存在に、気付かないまま。

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