殿下の影響
「どうして、こんなことに……」
「ええと……なんか、すみません」
「い、いえ、責めているわけではなくてですね!?」
ボソリと呟くモニカ先輩に、俺は小さく頭を下げた。
悪魔の襲撃で破損した魔法遊戯研究室の作品を直すため、俺はアーメド王子殿下に人手の心当たりを聞いたんだけど……まさかの、殿下本人が手伝うと言い出したんだ。
対価は、活動後に俺が殿下に訓練を付けることだったので、それは別にいいんだけど……問題は、殿下自身が有名過ぎること。
要するに、これまで無名だった魔法遊戯研究室が、めちゃくちゃ悪目立ちしてしまっているんだ。
「何なら、この研究室に入ってやってもいいと思っていたんだけどね」
「それは……俺がお願いしておいてなんですが、出来ればやめて差し上げてください。モニカ先輩が死んじゃいそうなので」
「そのようだね……」
殿下目当てに集まった生徒達が、臨時の活動拠点として与えられた俺達の教室をじっと見つめている。
一人や二人じゃないし、コソコソもしていない。
窓や扉の隙間から、まるで満員電車にでも乗っているのかって勢いで張り付いているその様は、軽くホラーだ。
どうしたもんかね、これ。
「ロロン……追い払う?」
「ミュリア、暴力的なことは良くないぞ、やめなさい」
僅かに指先へ魔力を漂わせ始めたミュリアを、俺は慌てて制止した。
せっかく力が制御出来るようになって、自由に外に出られるようになったっていうのに、こんなところで評判を落としてどうする。
「まあ、こういった状況に慣れないのであれば、早く作品を修理してしまうのが良いだろうね。そうでなくとも、人は慣れる生き物だ。今でこそ僕が他の研究室へ助っ人に来たなどという珍しい状況が話題性を呼んでいるが、いずれ落ち着くだろう」
「まあ、そうですね」
殿下は元々、近接魔法研究室に所属していたらしいんだけど、そっちでもここまで大勢の人が押しかけてきたのは最初の一週間くらいだったらしい。
だから、こっちもそれくらいで落ち着くだろうというのが、殿下の考えだった。
「一週間……分かりました、がんばりまひゅ」
先輩、噛んでるし。
「それで、直すのはどういったものなんだい?」
「えと、それは……」
モニカ先輩の説明に、俺が実際に遊んでみた所感を交えつつ話していく。
すると、殿下は心底驚いたとばかりに目を丸くした。
「かなり高度な技術が使われているんだね……それは、君が開発したのかい? モニカさん」
「い、いえ……卒業した先輩との、合作で……先輩が、組み立てて、私は、刻み込む魔法陣の担当を……」
「つまり、理論はほぼ君一人というわけか。これはまた、すごい逸材が眠っていたものだ」
「えっ、こっちでもすごい技術だったんですか?」
「少なくとも、僕は初耳だね」
てっきり、王都ではそういう機械的な魔道具が既に流通してるもんなのかと思ってたけど……今まで知らなかったのは、何もルークウェル領が遅れてるからってわけでもなかったらしい。
「ただの手伝いのつもりだったけど……これは、王族として是が非でも世に出したい気持ちが湧いてきたな。モニカさん、これからよろしく」
「ひゃ、ひゃい!?」
にっこりと笑みを浮かべながら、殿下がモニカ先輩と握手を交わす。
俺の指導という餌とは別に、殿下が積極的に協力する動機が出来たのは良い事だと思うんだけど……心なしか、獲物を狙う蛇と睨まれて動けない蛙の構図に見えるのは、気のせいだろうか?
明日からはルイスも手伝えると聞いているので、快活なあいつの存在がこの空気を少し変えてくれることを願いながら、その日の活動は解散となるのだった。
学園が終われば、俺とミュリアは一緒に下校時間を迎える。
俺は寮暮らしでも良かったんだけど、ミュリアがどうしても一緒がいいと王都にあるルークウェル家の別邸に、俺の部屋を用意したのが理由だ。
まあ、ここ数年のミュリアを見ていれば、特に驚くような行動でもない。
別邸にもルークウェル家のメイド達がいるんだし、こんな状況で間違いなんて起きるわけが……。
「ロロン……今日は、一緒にお風呂入ろ」
「ふぁ!?」
……ないわけがなかった。
屋敷に戻り、先に軽くシャワーでもとお風呂に入った俺を追って、ミュリアが突入して来たのだ。
あまりの事態に、俺は奇妙な悲鳴を上げてしまう。
「何してんのミュリア!? そういうのはダメって言ったろ!?」
「大丈夫。タオル巻いてる」
そういう問題じゃない。
「それに……ロロンが振り向かなかったら、見えないまま……でしょ?」
「…………」
ミュリアさん、どうしてそう俺の理性の限界を試すようなことばかりするんですか。
俺で遊んでるな? 遊んでるだろ。
「それに……久しぶりに、ロロンとお風呂、入りたかったから」
お風呂に入った記憶はないんだけど……まあ、多分、俺がミュリアの体を拭いてやってたことを言いたいんだろう。
からかいよりも寂しそうな感情が混じった声に、俺は否と言えるはずもない。
「分かった、少しだけな」
「えへへ、ありがと」
椅子に腰掛けた俺の背中を、ミュリアがタオルで洗ってくれる。
優しい感触と、ミュリアがほぼ裸で傍にいる羞恥心とでいっぱいいっぱいになっていると、ミュリアの方から話しかけて来た。
「ねえ……ロロンは、どうして魔法遊戯研究室に入ったの……?」
「え?」
「ロロンが優しいのは、知ってるけど……選んだ決め手は、他にある気がして」
「ああ……そういうこと」
俺が魔法遊戯研究室を選んだ理由の一つは、リック団長のアドバイスがあったからだ。とりあえず、戦闘系以外の研究室にしようと思ってた。
もう一つは……。
「魔法遊戯研究室で、何か良い作品や技術が作れたらさ、特許取って稼いだり出来るみたいなんだよ。上手くしたら、王国の発展に貢献出来るかなーって」
武力の面からの貢献だけで、伯爵になれるかは怪しい。
でも、魔道具製作でももし、一目置かれるような結果を出すことが出来たなら……また一歩、目標に近付くことが出来るかもしれない。
「ミュリアと結婚するには、絶対に伯爵にならないといけないし……まあ、念の為? 少しでも俺の評価を上げられそうなところがいいなと……」
まあ、現状モニカ先輩の技術がすごすぎて、殿下の関心も先輩に集まってるから、そう上手く行くかは怪しくなって来たけども。その時はその時だろう。
「そっか……えへへ、そっか……!」
「ちょっ、ミュリア!?」
そんな俺の話を聞いてご機嫌になったミュリアが、後ろから俺に抱き着いて来た。
制服よりもずっと薄い布一枚を隔てて触れ合う肌の熱と柔らかな感触が、俺の理性をゴリゴリ削り取ってくる。
それもお構い無しに、ミュリアは嬉しそうに言った。
「じゃあ……頑張らないと、ね。一緒に」
「ああ、そのつもりだよ」
何とも嬉し恥ずかしな時間を過ごしながら、俺達は笑い合うのだった。




