研究室勧誘
はっきり言おう。
俺は、この学園の研究室に懸ける情熱を舐めていた。
「あなた!! あなたね!? 今年の試験組首席だった生徒は!! 是非!! 是非うちの研究室に入らない!? 共に魔法の深淵を極めましょう!!」
「何を言う!? 彼のような男は俺達の研究室こそ相応しい!! さあ、共に汗を流そうじゃないか!!」
魔法学園には、入学式はない。
地方から来る貴族も多く、この世界には魔物やら何やら、王都に来るまでの事故事件が発生しやすい事情もあって、既に在学している生徒以外で、そういった全員参加型の式典は開きにくいんだそうだ。
そんな学園への、入学初日。王都にあるルークウェル家の別邸からやって来た俺は、大勢の生徒達に揉みくちゃにされていた。
流石にその、この勢いは予想外だ。
「逃げるぞ、ミュリア!」
「あ……うん……♪」
このままだと、俺はともかく一緒にいるミュリアまで人混みに押し潰されてしまう。
ミュリアの体を抱き上げた俺は、そのまま“空中”へ向かって駆け出した。
魔素を足元で固め、空中で足場とする俺のオリジナル魔法、《天歩》だ。
「ああっ、逃げた!!」
「逃がすな、追えぇぇぇ!!」
「なんかもう、こいつら怖いんだけど!? ミュリア、しっかり掴まってろよ!!」
「うん……♪」
下手な悪魔よりよっぽど恐ろしい生徒達から、全速力で逃げ出す。
そんな俺の胸に、ミュリアがご機嫌そうに頭を擦り付けて来たけど……なんでちょっと楽しそうなの!? 割と命の危機だよ俺達!?
「はあ……これは、本当に早いうちから入る研究室を決めないとマズイかもな」
とりあえず、近くにあった校舎の屋上にやって来た俺は、ミュリアをその場に降ろす。
若干名残惜しそうに離れながら、ミュリアは口を開いた。
「特に、決まってないなら……ルイスと、同じところにする……?」
「まあ、それもアリだな。というか、ミュリアは入ってもいいんじゃないか? 好きだろ、料理」
この三年間、ミュリアがぬいぐるみや本以外に作った趣味として、料理があった。
俺も時々味見させて貰うことがあるんだけど、これがなかなか美味しくて気に入ってるんだよね。
そんなミュリアなら、魔法料理研究会なんてぴったりだと思うんだけど……。
「私は……ロロンと、一緒がいい」
「そうは言うけど……俺達、どうせルークウェル家の別邸で一緒に暮らすんだし、学園の授業だって一緒に受けるわけだろ? 研究室くらい別でもいいんじゃ?」
一緒にいるのが嫌ってわけじゃない。ただ、俺と一緒にいたいがために、ミュリアが自分の好きなことを出来なくなるというのは、俺としても心苦しいんだ。
そんなことを伝えるも、ミュリアの意思は変わらなかった。
「ロロンと一緒なら……どんなことでも、楽しいから。それに……大丈夫。ルイスのとこには、時々遊びに行くつもりだから」
それに、と。
ミュリアは、急に瞳を細めながら、俺をじっと見つめた。
「今日……確信した。ロロンを一人にしておくのは、危ない」
「え……危ないって、何が?」
悪魔のことだろうか? 確かに、この研究室勧誘の期間中、悪魔が出現するかもしれないとは言ったけど、狙われるのは俺よりもミュリアやルイスだろう。
それに、アニメで出てくる最初の敵というだけあって、別に大悪魔級というわけでもない。
油断をするつもりはないけど、一人だからって遅れを取るつもりもないぞ。
「……やっぱり、分かってない」
「……何が?」
はあぁ、と露骨な溜息を溢すミュリアに、俺は首を傾げる。
よく分からないが、機嫌が悪くなったというわけでもなさそうだし、一旦横に置いておこう。
「とりあえず、ルイスの入った魔法料理研究室へ見学に行ってみよう。入るかどうかは、その後決めるってことで」
「うん」
ミュリアと一緒に、屋上から校舎の中へ入っていく。
新入生がたくさんいるこの時期は、研究室勧誘の季節というだけあって廊下のあちこちに気合いの入った勧誘ポスターが並んでいるため、魔法料理研究室がどこの教室を拠点にしているかを探すのは、さほど難しくない。
二人で並んで、そんな廊下を歩いていくと……ふと、進む先にちょろちょろと動く小動物……じゃない、女の子を見付けた。
「あ、ああああの、あのあの……!」
身に纏う制服に黄色のラインが入ってるから、赤色の俺達一年生より一つ上、二年生で間違いない。
ただ、どちらかというと小柄な部類に入るミュリアより更に小さく、十歳くらいの子供が間違って迷い込んだと言われれば信じてしまいそうだ。
亜麻色の髪を後ろで小さく縛り、尻尾のように振り回しながら動き回る姿は、天敵に怯えるリスか何かに見えてしまう。
「こ、ここ、これ……良かったら……」
「ああ? なんだって?」
「ひぅ……! なんでもない、です……」
多分、研究室の勧誘をしたいんだろう。たくさんのポスターを抱えながら、俺達と同じ新入生らしい男子生徒に話し掛けてるんだけど……なかなか上手く行っていないみたいだ。
あの男子生徒も、ただ聞き返しただけでなぜか怯える少女に疑問符を浮かべながら、そのまま去っていった。
……はあ、見てられないな。
「すみません」
「はひぃ!? な、なんでしょう!?」
話しかけただけでそこまで驚かなくても、とは思うけど、そこを突っ込んだら一生話が進まない気がする。
なので一旦スルーして、すぐに本題に入った。
「何をしているんですか?」
「あ、えと、その……け、研究室の、勧誘を……」
「見せて貰っても?」
「は、はい……」
どうぞ、と差し出されたポスターに目を通すと、そこには“魔法遊戯研究室”と書かれていた。
なんとも小さくて……なんとも独創的な絵が一緒に描いてあるけど、それが何なのかはさっぱり分からない。
「私は、その……モニカ・クロースと、いいます。魔法遊戯研究室に、所属していて……」
「魔法遊戯?」
「あ、その、魔法遊戯というのは、要するにその……魔法を使って作る、玩具やゲームのこと、です」
「ああ、なるほど」
魔法を使って作る玩具やゲーム……魔法で動く人形とか、そんな感じかな?
面白そうだな。
「ですので、その……よろしければ、一緒に、魔法遊戯の研究を……!! う、上手く行けば、作ったものを販売して、大金持ちになれちゃうかも!? ……なんて」
へえ、商売までしてるのか。
俺は一応、ルークウェル家で財政管理の仕事を手伝ったこともある。
その経験を、多少なりと活かせるかもしれないな。
「分かった、入るよ」
「へ……?」
「俺、魔法遊戯研究室に入る。どうすればいい?」
「あ……ありがとうございます!! 本当にありがとうございます!!」
よっぽど新入生が入らなくて困っていたのか、モニカは感極まって泣き出してしまう。
大袈裟だなぁこの子、なんて笑いながら、俺はモニカ先輩の背中を擦って慰めて……そんな俺を、ミュリアがジトリとした目で見つめていた。
「……やっぱり、ロロンは危ない。私が一緒にいないと」
……なんで?




