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二人きりの一夜(?)

 ミュリアは今日、とても気合いを入れていた。

 ロロンをもてなし、これ以上ないくらい喜んで貰うのだと。


(ロロンには、これまで……たくさん、色んなものを貰ったんだから……少しでも、お返ししないと……!)


 ロロンは、これまで毎年ミュリアの誕生日をお祝いしてくれたのだが……実は、ミュリアはロロンに対してそういったお祝いをしたことが一度もない。


 お祝いしてあげたい、とはずっと思っていたのだが、屋敷から出る自由すらロクにない身で、一体何をしてあげればいいのか全く分からなかったのだ。


 そのため、ロロンの誕生日を聞く勇気が持てたのもつい最近。しかも、今年の誕生日は既に過ぎていたと知って、ショックを受けたばかり。


 だからこそ余計に、この機会にロロンに少しでも恩返ししたいという思いが強くなっている。


 だが、それだけではない。


(やっと、ロロンと二人きりになれるし……たくさん、喜んで貰って……もっと、一緒にいたい……)


 ミュリアが離れに監禁されていた頃、ロロンとはいつも二人きりだった。


 外に出られるようになり、他の人とも関われるようになったのは嬉しい。

 父と親子の関係を修復出来たし、メイドのメメイも良くしてくれるし、友人になったルイスのことも大好きだ。


 しかし、それでも……ロロンに対する恋心を自覚して以来、ミュリアの中にはとある欲望が湧き上がり、歯止めが利かなくなりつつあった。


 ロロンと二人きりになりたい。ロロンには、ずっと自分だけを見ていて欲しい。

 ロロンをずっと、自分一人で独占したい、と。


「ロロン……はい、あーん……♪」


「あ、あーん……」


 今日は誰も入って来ないでくれとメメイに言い含め、完全に二人きりとなった自室の中。

 用意された昼食を、ミュリアは自らの手でロロンに食べさせていた。


 ロロンが望んだわけではない。

 彼が“好きにしていい”と言われて、本当に自分を好き放題してくれるわけがない──本音ではして欲しかったが──と分かっていたため、それなら今日はロロンをお世話を自分がすると、ミュリアが進言したのだ。


 小さい頃は、よくこうしてロロンが食べさせてくれていた。

 だから、ミュリアがこうすることに何の抵抗もない。


「ロロン……美味しい……?」


「うん……美味しいよ。ミュリアと一緒だから、余計に美味しい」


「えへへ……ありがとう、ロロン……♪」


 昔からずっと、ロロンはミュリアが喜ぶ言葉を選んでくれる。

 何かと不安定な自分を気遣ってのことだと分かっているが、そんな彼の優しさが嬉しい。もっと聞きたい。


(食べる物も、私が作ったら……ロロン、なんて言うかな……?)


 褒めてくれるだろうか? 喜んでくれるだろうか? 考えるだけで、心が踊る。

 それに、上手く言えないが……自分が作ったものをロロンが食べるところを想像すると、背筋がゾクゾクするのだ。


 まるで……ロロンを、自分の色に染め上げているような感じがして。


「ロロン……次は、お昼寝……膝枕、してあげる」


「あ、ああ、ありがとう」


 昼食を摂り終わり、今度はベッドの上でロロンに膝枕をする。

 これも、今以上に寂しがり屋だった以前のミュリアに、ロロンがよくやってくれていたことだ。


 ロロンの頭を膝に乗せ、真上から見つめる彼の表情には、どこか照れのようなものが見える。

 ……可愛い、と。そう思った。


「ロロン……好き」


「っ!?」


 照れているロロンに、囁くように告げる。

 幼い頃はただ、人の愛情を信じられなくなっていたミュリアを安心させようと、ロロンが何度も繰り返し口にしてくれていた言葉。


 それを、あの時と同じように……あの時とは違う意味で、ミュリアの方から繰り返した。


「好き、大好き……ずっと、一緒だよ、ロロン」


 公爵令嬢の自分と、子爵令息のロロンとでは立場が釣り合わず、結婚出来ないらしい。

 だが、それがどうしたとミュリアは思う。


 ロロン以外と結婚するくらいなら、ずっと一人でいい。そうすれば、専属護衛のロロンが誰よりも身近な存在のままだ。


 もしそれすら許されないというのなら、家を飛び出したっていい。せっかく仲良くなれた父やメメイと離れるのは悲しいが、ロロンなら付いてきてくれるはずだ。

 ロロンと離れるくらいなら、そちらの方が遥かにマシだ。


 ロロンと、二人きりの逃避行。なんと心躍る響きだろうか。


「あ、あのさ、ミュリア」


「……どうしたの、ロロン……?」


 我ながら名案だと、少しばかり本気で考えながらロロンの頭を撫でていたミュリアに、当の本人から声がかかる。


 意識を妄想から引き戻した彼女に、ロロンは言った。


「実は俺……伯爵になれるかもしれなくて……」


「……え?」


 予想外過ぎて、ミュリアの手が止まった。

 そんな彼女の変化に気付かないまま、ロロンは捲し立てる。


「実は、アーメド王子殿下と仲良くなって、剣の師匠になって欲しいって言われてさ。でも、王族の指南役なんて、伯爵以上しか付けない仕事だからさ……もちろん、学園を卒業して、お父様からちゃんと爵位を継いでから、改めて協議を、ってことになったんだけど……」


 ロロンとしては、ひたすらに好きだ好きだと好意を伝えてくるミュリアの口を塞ぎたい一心で語った話だったが……それはミュリアの心に、彼の想像を遥かに超える衝撃をもたらした。


「じゃあ……私、ロロンと結婚出来るの……?」


「けっ……! いや、まあ……上手く行けば、そうなる……かも?」


「ロロンは……私と、結婚してくれるの?」


 もはや隠すことすらしない直球のプロポーズを、その自覚すらないまま口にするミュリア。

 それに対して、ロロンは顔を真っ赤にしながら……小さく、頷いた。


「ミュリアが、それを望んでくれるなら……俺は……ミュリアと、一緒になりたい」


「…………」


「ミュリア?」


 あまりにも突然の朗報に、ミュリアの思考はしばし空転する。

 やがて、カチリと頭の歯車が噛み合った時……ミュリアの体は、考えるよりも先に動いていた。


「ミュリ……!?」


 膝の上に無防備に乗ったままだったロロンの顔に近付き、口付けを交わす。


 如何にも知識の乏しい子供らしい、ただ唇を触れ合わせただけのものだったが、未経験の二人にとっては刺激が強すぎた。


「ミュリア、あの……伯爵になれるかもって言っても、それは学園を卒業した後で……早くても六年後な……!?」


 明らかに混乱した様子のロロンを見て、ミュリアは思った。“可愛い”、と。


 あのロロンが。悪魔を相手にしても、ルイスが敵に回っても、動揺一つ見せずに勇敢に戦ったロロンが、たったこれだけのことでこんなにも取り乱し、狼狽えている。


 自分だけが、ロロンの弱点になっている。

 自分だけが、ロロンのこんな表情を引き出すことが出来る。


 それは、まだ未成熟な少女の心をこれ以上ないほど深く魅了した。


「ロロン……もう一回……」


「ダメだよ!? そういうのはちゃんと大人になってから!!」


「ルイスに貰った本では……大人になる前からやってた……私達、婚約者? になるんだから、いいよね……?」


「それはフィクションだから許されるの!! それに俺達はまだ婚約者ですらないから!! そういうのは実際に伯爵になって、公爵様にも認められてから!!」


「えへへ……大丈夫、絶対認めさせるから……だから、ね? ロロン、もう一回……♪」


 完全に感情が大暴走してしまうミュリアだったが……幸か不幸か、今日この日は部屋に誰も入って来ない。


 その後、会話内容全てが外に筒抜けとも知らないまま、一線だけは超えないようにと必死に抗うロロンと、新しく覚えた愛情表現に夢中になったミュリアとの死闘が、丸一日続くのだった。

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