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ミュリアのお留守番

 ロロンが王都で、アーメド王子から思わぬ勧誘を受けている頃──

 ルークウェル家では、ミュリアが一人頭を悩ませていた。


「はあぁ……」


 窓際で深い溜息を溢し、遠くを見つめるミュリアの姿は、まるで一つの絵画のようだと、専属メイドのメメイは思う。


 幼い頃の彼女だったなら、このような感想は抱かなかったはずだ。


 一人離れに隔離され、髪はボサボサ、服も擦り切れ、肌の手入れもロクにしない。

 日々に絶望して常に表情が暗く、近付くだけで命を蝕む魔力が垂れ流しになっているせいで、周囲の空間が物理的に重い。


 そんな彼女を見てポジティブな感想を抱く人間など、世界広しといえどただ一人しか存在しないだろう。


 そのただ一人の存在によって、ミュリアは美しく、可憐に成長を遂げた。


 まだまだ貴族令嬢としては未熟であり、精神的にも外見的にも幼さが残るが、将来は間違いなく国を代表する美女になると、メメイは確信している。


 ミュリアをここまで大きく変えた、彼女にとって最大の想い人である少年……ロロン。


 彼と、一時とはいえ離れ離れになっている現状は、さぞミュリアにとっても辛いことだろう。


 メメイは、そう考えていたのだが……実際は、違った。

 もちろん、ロロンがいなくて寂しい気持ちはあるのだが、それ以上にミュリアの頭を悩ませているのは……。


「……ねえ、メメイ」


「なんでしょう、ミュリア様」


「男の子って……どんなプレゼントを貰ったら、喜ぶの……?」


「はぁ、プレゼントですか」


 ミュリアは、ロロンがいないこのタイミングを活かしてプレゼントを用意し、帰ってきた彼に喜んで貰いたいと考えていた。


 しかし……人生経験が幼児以下のミュリアには、異性の喜ぶプレゼントなど全く分からない。


 ラインベルク領でも、大真面目に女の子向けの髪飾りをプレゼントしようとして、ルイスにあげた方がいいなどと本人にアドバイスされてしまったほどだ。


 一体どうすればいいのかと、途方に暮れてしまうのも無理はなかった。


「どうすれば、ロロンに喜んで貰えるのか……全然、分からなくて……」


 帰ってきたところを軽くハグでもすれば、十分喜ばれるのでは? いつもこれ以上ないくらい幸せそうに鼻の下伸ばしてますよ?


 メメイはよっぽどそう進言しようかと思ったが、やめておいた。

 普通に考えて、メメイは主人のそういった軽率な行動を窘めなければならない立場だからである。


「……同じ男に意見を聞けば、何か参考になるのではないでしょうか」


「同じ……男……?」


「ロロン様は、同じ騎士団に所属するクロウ様と特別親しくしておられたはずです。彼ならば、良いアドバイスを貰えるのではないでしょうか」


「クロウ……うん、分かった……聞いてみる……!」


 メメイはただ責任を丸投げしただけなのだが、素直なミュリアは光明を見付けたとばかりに部屋を飛び出し、クロウの下へ向かう。


 幸い、騎士団の訓練も休憩中だったらしく、ミュリアはスムーズに彼と話すことが出来たのだが……。


「ロロンが……貰って喜ぶ物……?」


「うん……メメイが、クロウなら分かる、って」


 当のクロウは、話を聞いて内心で頭を抱えていた。

 あのクソメイド、なんて厄介な話を持ってきやがる、と。


(ロロンが貰って喜ぶ物なんて分からねえよ! ていうか、あいつ趣味とかあんの!?)


 クロウから見たロロンを一言で表すなら、生粋の“訓練バカ”だ。


 歳下に負けたくない一心で鍛え上げ、今や騎士団内でも団長以外に一対一で負けることはないと自負しているクロウだが、そんな彼でもロロンより努力しているかと問われたら首を横に振る。


 それほどまでに、年がら年中日がな一日訓練し続けているのが、ロロンという少年なのだ。


 それでいて……彼は別段、それほどまでに打ち込んでいる剣技を、愛しているわけではない。


 ──剣が好きかって? いや、別に好きでも嫌いでもないよ。一番強くなれそうなのがこれだっただけで、強くなれるなら魔法だろうが格闘技だろうが、なんでもいい。


 以前、「どんだけ剣が好きなんだよ」とボヤいたクロウに対して、ロロンが口にした言葉だ。

 それを聞いて、クロウのみならずその場にいた全員がドン引きしたのは言うまでもない。


 そこまでして強くなりたい理由が、ミュリアを守るためだと知っているが故に。


(ミュリアお嬢様から貰えるなら、ただの泥団子でも喜ぶんじゃねえのか? あいつ)


 まだ子供とはいえ、文字通り人生の全てを捧げるほどに好きな少女からの贈り物なら、なんだって嬉しいだろう。


 しかし、ミュリアが求めているのは、そんな曖昧な答えではないはずだ。


「……お嬢様自身をあげる、とか」


「え……?」


「あ、冗談です冗談!! ええと、そうですね、お守りとかどうですか!? 手作りの!!」


 咄嗟に誤魔化すために飛び出した言葉だが、冷静に考えても悪くないのではないかとクロウは自画自賛した。


 命を懸けて戦う騎士にとって、験担ぎにもなるお守りは定番の贈り物な上、愛する人の手作りともなれば誰もが羨む宝物だ。


 ロロンもきっと喜ぶだろう。


「……分かった。ありがとう、クロウ。用意、してみる……」


「ええ、頑張ってください」


 とてとてと去っていくミュリアの背中を見送りながらクロウは額の汗を拭う。我ながら、いい仕事をしたと。


「お守り、それから……私を……あげる……」


 耳まで赤くなったミュリアの呟きにも、気付かないまま。

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