ナードの息子観察日記
ナード・ハートナーは、ルークウェル公爵家に仕える騎士の一人だ。
男爵位を持ってはいるが、自身の領地を持っているわけでもなく、世襲貴族としてルークウェル家に仕え続けるためだけに持たされている爵位である。
ゆえに、感覚としては平民とほぼ変わらず、主君に対して自分の要望や意見をぶつけたことなどほとんどない小心者だった。
公爵に向かって堂々と厚かましいお願いをする息子を見て、内心ではかなり焦っていたくらいには。
(いやはや、うちの息子がここまで胆力のある男だったとはなぁ……まあ、子供だからこその無謀さかもしれんが)
驚いたという意味では、訓練を一日しっかりやり切ったことも驚きだ。
大の大人ですら音を上げる……というより、本職の騎士の限界を攻めて更なる成長を促そうという目的で組まれた訓練内容なのだから、六歳の子供などついて来れなくて当然。
それを、ついていく気満々で参加し、ついていけないと分かってからも不貞腐れずにやり通すというのは、なかなか出来ることではない。
(無謀といえば、急にこれだけやる気を出したのも、ルークウェルのお嬢様にもう一度会いたいからなんだったか……殺されかけた相手に惚れるとは、ロロンも難儀な初恋になったもんだなぁ)
うんうんと、ナードは全て分かっているかのように何度も頷く。
あながち間違っているとも言えないその予想は、ロロン本人に聞いても否定はしないだろう。
そこに誤解があるとすれば……ナードが考えているよりも、ロロンの覚悟が決まっているということか。
「お父様、お願いがあるんだけど……」
「ん? どうしたロロン?」
自宅で一人、部屋の中であれこれと考えていたナードは、息子が神妙な顔で話しかけて来たことに首を傾げる。
一体何の用かと思っていると、ロロンは申し訳なさそうに口を開く。
「魔力回復薬、買って欲しいんだけど。出来るだけたくさん」
「……? いや、それくらいならうちにもストックはあるが、どうした急に?」
魔力回復薬は、その名の通り減少した魔力を回復するための薬だ。
戦いを専門とする騎士はもちろん、魔物狩りを仕事としている民間の冒険者にとっても必需品であり、一本一本で見ればそれほど高価なものではない。
ただ当然、自ら戦うことのない子供が欲しがるような代物でもないため、ナードとしては困惑するばかりだ。
「いやほら、昨日から魔力を増やすための訓練始めたけど、全然効率良くないから……魔力回復薬飲みながらやれば、もっと魔力を増やせるかなって」
「…………」
何を言っているんだこの子は、とナードは頭痛を覚えた。
確かに、魔力を限界まで消耗しては回復し、再び消耗する。それを繰り返せば魔力が増えるというのは事実であり、回復薬で回復ペースが早まれば、理論上はより効率よく魔力を増やせるのだが……。
「ロロン……確かに魔力回復薬があれば魔力は回復するが、ちゃんと体の中に吸収されるまでは胃の中に収めとかないと効果がない。……訓練で限界まで魔力を振り絞った後、吐かずに耐えられるのか?」
戦闘時は通常、限界まで魔力を振り絞るより前に回復薬を飲む。
しかし訓練は別だ。そんな"余裕"を残してしまうとその分だけ訓練の効率が落ちてしまう以上、限界の限界まで放出しなければ意味がない。
魔力欠乏状態に陥った人間は、吐き気や倦怠感、頭痛などの症状に苛まれ、多くの場合は食事が喉を通らなくなる。
要するに、魔力回復薬を飲む余裕もなくなるのだ。
それを乗り越えて強引に飲んだところで、ならば再び魔力を消耗しよう……となるかというと、そんなわけはない。
一度魔力欠乏の状態になったら、たとえ魔力が回復してもすぐに体調まで元通りとはいかないのだ。
そんな中でまた魔力を消耗して二度目の魔力欠乏となれば、より一層体調が悪化し……本職の騎士でさえ何も口に出来ないほど絶不調に陥ってしまう。
その訓練が行われないのには、それなりの理由があるのだ。
「気合いで耐える」
「気合いでってお前な……」
しかし、子供にはそれを言ったところで分からないだろう。実体験を伴わなければ、理解しろと言っても難しい。
「分かった、うちにあるストックで一度やってみるといい。上手くいったら訓練用のものも買ってやるから」
「ありがとう、お父様!」
満面の笑みでお礼を言うロロンを見て、ナードは内心でやれやれと苦笑する。
ロロンは随分と根性があるようだが、流石にこればかりは無理だ。
一度やったら早々に諦めるだろうが、これも経験だなどと、大人目線で呑気に静観の構えを取り……。
その後、ロロンが本当に気合いで吐き気を堪えて失神するまで魔力回復薬を飲みながら訓練を続けたと知って、腰を抜かすことになるのだった。
(うちの息子、怖い)




