凡人に出来ること
ミュリアの傍にいられるようにするには、身体強化魔法を習得する必要がある。
実際、アニメにおいても主人公は垂れ流し状態のミュリアの魔力による影響は全く受けてなかったから、強くなれば平気っていうのは間違ってないはずだ。
つまり、俺はただ闇雲に魔力を増やすだけでなく、そうした魔法技術も習得する必要があるわけで……まだ太陽が顔を覗かせたばかりの早朝を迎えた俺は、お父様と一緒に、公爵家の騎士団演習場へ顔を出していた。
「ロロン・ハートナーです。今日から、よろしくお願いします!!」
これ以上ないくらいの大声で、騎士の皆さんに挨拶する。
声が大きいから何なんだ、と思うかもしれないけど、こういうのは案外大切だ。
ナヨナヨダラダラした子供と、ハキハキ元気いっぱい挨拶する子供、どちらを熱心に指導したいかと言われたら、誰だって後者だろうし。
主人公と同じように鍛えたからって、同じように強くなれるわけじゃないってことは昨日のアレで実感したから、少しでも多くの指導を受けるには、こういうちょっとしたところでポイントを稼がないと。
「ははは! 随分と元気な小僧だな! 貴様、何歳だ?」
そんな俺に話しかけて来たのは、如何にも強そうでかつ立場も上の人物であろう大男。
ぶっちゃけ、今の俺から見たら騎士なんて全員大男なんだけど、公爵様とこの人だけはその中でも一回り大きい。
具体的には、お父様もかなりがっしりした体格なのに、頭一つ分は更に上といえば分かるだろうか?
二メートルは超えてるだろ、身長。
「六歳です!!」
「そうか!! うちの息子も六歳なんだが、ここまで元気でも礼儀正しくもないな。良い息子を持ったじゃないか、ナード。がはは!!」
「からかわないでくださいよ、リック団長」
話題を振られたお父様が、照れた様子で頬を緩める。
まあそうだろうとは思ってたけど、どうやらこの人が団長さんらしい。
リックと呼ばれたその男は、豪快に笑いながら俺の頭に手を置いて、ガシガシと撫でる。
……力強っ!? 首がもげる!!
「だが、騎士団の訓練は厳しいからな。ついて来れなければ容赦なく置いていくぞ、それでもやるか?」
「はい!! お願いします!!」
首に感じる痛みなどおくびにも出さず、もう一度頭を下げる。
そんな俺に満足そうに頷くと、リック団長は全員に聞こえるように叫ぶ。
「それでは、朝の基礎訓練を始める!! どんな魔法も剣技も、全ては強靭な肉体あってこそ輝くものだからな!! この子に一瞬でも追い抜かれるような失態を見せた者は訓練メニューを二倍に増やすから、真剣に取り組めよ!!」
「「「はっ!!」」」
要するに、俺に遠慮してノロノロ走るんじゃねえぞという激励だろうな。
何となく言葉の意図を読み取った俺は、それでも追い抜いてやるくらいの気持ちで基礎練、もといランニングに取り掛かり……
十秒と経たずに置いて行かれた。
「足早っ!?」
当たり前といえば当たり前だが、訓練を積んだ大人の騎士に、たかが六歳の子供が追い付けるはずがない。
それでも、彼らは実戦を想定して重そうな鎧を着ているわけだし、もう少し粘れると思ってたんだけどな……!!
「くっそ……負けるか!!」
気合いを入れ直した俺は、全力疾走で彼らを追い掛ける。
しかし、軽く走っているように見えるのにその差は一向に縮まる事はなく、むしろ体力の減少に合わせてドンドン差が開いていき……。
騎士の人達が演習場を百周する間に、俺は二十周程度しか出来なかった。差があり過ぎだろ。
「次!! 腕立て伏せ千回!! ……ロロン、何をしている?」
「え……?」
みんな集まっていたので、ひとまずその集団に混ざろうとしたら、リック団長に叱られてしまった。
汗だくの俺に、汗一つかいている様子もない彼は、容赦なく告げる。
「百周走り切るまで、次の訓練に行く資格はない!! 走れ!!」
「は……はい!!」
くそぅ、めっちゃスパルタだ!! でも、ある意味それこそ俺の望んだ訓練!!
意地でも完走してやるという気持ちで、俺は一人でランニングを続け……。
「次!! 腹筋千回!!」
続け……。
「次!! スクワット千回!!」
続け……。
「よし、《《準備運動》》はここまでだ!! 二人一組で型稽古に入れ!!」
…………。
「ロロン、大丈夫か?」
「ぜぇ、はぁ……お、お父様……?」
もはやただ歩くよりも遅いペースで走る俺のところに、お父様が様子を見に来てくれたらしい。
とはいえ、まともに答える余裕もないから、顔も向けずにひたすら前に足を踏み出し続けてるけど。
「午前の訓練は終わりだ、もう休め」
「けど、俺……まだ、後、十周……ぜぇ、はぁ」
「時間切れだよ、続きは午後からな」
「ぐぅ……」
時間切れと言われて足を止めたら、そのまま力尽きて倒れ込んでしまう。
くそ……たかが準備運動すら、完遂出来なかったか。
「よく頑張ったよ、まさかここまでやれるとは思ってなかった」
「頑張ったじゃ、意味ないんだよ……結果、出さないと……」
「一日で結果なんてついてくるわけないだろう? こういうのは積み重ねだ」
ぐうの音も出ない正論に、俺は何も言えなくなる。
そうだな、今は無理でも、毎日続けて必ず完走出来るようにならなきゃいけない。
ただ……あまり悠長にしている時間がないのも事実だ。
ミュリアは、今この時だってひとりぼっちで苦しんでるんだから。
「お父様……今日の訓練、終わったら……一つ、頼みがあるんだけど……」
「んー? なんだ?」
俺を抱き起してくれたお父様に、俺はとあるお願いをして……それを聞いたお父様は、快く頷いてくれた。
夕暮れ時。ようやく訓練が終わり……結局"準備運動"を全てやり通すことすら出来なかった俺だけど、代わりに一つ用事を果たすためにある場所を目指して歩いていた。
そう、ミュリアが隔離されている離れだ。
「窓は……ここか」
訓練終わりに確認を取ったんだけど、この離れには内部の魔力を外に漏らさないための仕掛けがしてあって、近付くだけなら問題はないらしい。
そんな離れをぐるりと回った俺は、お父様に作って貰った安っぽい魔道具……"糸電話"を用意した。
まあ魔道具と言っても、紙を筒状にした物二つに、音声増幅の魔法陣を書いて貰って、糸でつないだだけなんだけど。
でもこれがあれば、壁越しだろうと俺の言葉をミュリアに伝えられるし……気が向けば、ミュリアも俺に声をかけられる。
そっちはまぁ、まだ望み薄かなって思うけど。
「よいしょっと」
窓の中に向かって、糸電話の片方を投げ込む。
ミュリアの力を抑え込むための特殊仕様が施されているためか、離れと言ってもそんなに広い建物じゃない。多分、これだけでちゃんと聞こえるはずだ。
「あー……テステス。ミュリアお嬢様、聞こえますか?」
反応は……まあ、ないな。
驚いてるのか、どうでもいいから無視してるのか、それすらも分からないけど……今日はただ俺の気持ちを伝えに来ただけだから、どっちでもいいか。
「俺はロロン・ハートナー。昨日ちょっとだけ顔を合わせて色々とご迷惑をおかけした、ハートナー家の長男です。覚えていますか? 今日は、昨日のことを謝りに来ました。その……初対面で突然驚かせるような真似をして、すみませんでした」
見えていないだろうけど、俺はその場で頭を下げる。
「今の俺は未熟者で、公爵様にもこの離れの中に足を踏み入れることを止められました。でも……俺は必ず、もう一度あなたの前に立ちます。立って、今度は堂々と、あなたをこの中から連れ出してみせますから」
アニメにおける、ミュリア・ルークウェルという少女の最期を思い出す。
悪魔の計略に乗って、家族を殺し、町を滅ぼし、世界さえも破壊しつくそうとした稀代の悪女。
でも、そうして主人公と戦って戦って、力尽きる最期の瞬間、確かに言ったんだ。
"もっと早く、あなたと出会えていたら"って。普通の女の子みたいに、泣いていたんだ。
だから俺は、あんな未来に至る前に、ミュリアを救いたい。
今ならまだ、間に合うはずだから。
「それまで、待っていてください。……ではその、また明日!」
一方的にそう宣言して、糸電話を回収する。
こんな言葉一つで、救いになるとは思ってない。
これもまた訓練と同じで、積み重ねだろうから。毎日声をかけて、少しずつでも俺のことを覚えて貰って……そして、必ず言葉通りもう一度ミュリアに会いに行く。
そうして初めて、俺はスタートラインに立てるんだ。
「そのためにも、今のままじゃダメだよな。少しだけ、工夫してみるか」
"周りと同じ"じゃ話にならない。
"主人公と同じ"ことをしても、全く届く気がしない。
なら、今ある環境と、アニメの知識を活かして、主人公でもやらなかったことに手を出すしかあるまいよ。
「魔力回復薬、使ってみるか」




