盟主スロウス
“堕落の手”の盟主、スロウス。
如何にも魔法使い然とした出で立ち以外、特徴と呼べるほどの特徴もない男だ。
しかし、だからといって油断していい相手ではないことは、先程の魔法を見れば一目瞭然だろう。
更に……。
「あなた達、いつまで寝ているのです? 早く目覚めなさい……《堕落の抱擁》」
スロウスが魔法を発動し、漆黒の魔力が霧のように広がっていく。
俺の方に流れて来たものは、一応刀で斬り払ったけど……奴の口振りからしても、攻撃用の魔法じゃなかったんだろう。
黒霧に呑み込まれた敵の魔法使い達が、不気味な呻き声を上げながら起き上がった。
「馬鹿、な……あれで、動けるはずが……」
確実に無力化したはずの敵が、何事もなかったかのように起き上がってきたことに、アインさんが絶望の声を上げる。
それを聞いて、スロウスは歓喜に打ち震えた。
「ああ、いいですねえその絶望の顔、嘆きの声!! それこそが、我らに更なる力を与えてくれる!!」
「……なるほどな」
人の絶望を集めて、己の糧とする。やっぱり、こいつが悪魔で間違いないか。
ただ、これだけ大勢の敵がいると、骨が折れるな。
ベルゼブブの時は、人に悪魔が憑依していたからこそ敵対されていたけど、今回はこいつら自身の意思で悪魔に協力している。
要するに、滅魔斬りを一発当てれば即制圧、とはいかないんだ。
それでいて、俺は攻撃方法が抜刀術一択だから、対集団戦は苦手というね。
さて、どうしたものか。
「ロロン……周りは、私が抑える」
すると、俺の背中を守るように立ちながら、ミュリアがそう発言した。
本気かと、そう問おうとして……やめる。
連れて来るって決めた時点で、こうなることは分かってたはずだろう。
なら後は……信じるだけだ。
「分かった……頼んだぞ、ミュリア」
「うん……ロロンも、頑張って」
「何をごちゃごちゃと言っているんです? あなた達も絶望しなさい!!」
俺達目掛けて、スロウスが先程も見せた漆黒の砲弾を放ってくる。
それを滅魔斬りで両断して防ぎ止めると、スロウスは一つ舌打ちしながら次弾の準備に入った。
「お前達も、一斉に放ちなさい!! 数で押し潰すのです!!」
その号令に合わせて、周囲にいた魔法使い達が一斉に魔法を放ってきた。
正面から来る黒砲もあって、同時に防ぎ切るのは難しい。
でも。
「ロロンは……やらせない」
そう言って、ミュリアがその小さな手を掲げた瞬間……全ての魔法が、消失した。
「《魔法吸収》」
「……な、に?」
ミュリアの手のひらに、漆黒の球体が浮かんでいる。
それは、今消し飛ばした全ての魔法を構成する魔力の塊。
ミュリアが持つ呪いの力で、周囲の魔力を全て吸い取ったのだ。
「少ない……けど、私の魔力も出せば、問題はない、かな……?」
誰もが……ぶっちゃけ、俺すらも唖然とする中で、ミュリアが手の中にある魔力を捏ね回す。
そうして誕生したのは、スロウスの放つ魔法なんて目じゃないくらいの、深い漆黒の球体。
それを、ミュリアは足元に投げ捨てる。
「魔素、生成……《黒触手》」
漆黒から生まれ出たのは、闇をそのまま凝縮して作った無数の触手。
タコの足を連想させるそれがうねり、周りにいた魔法使い達を次々と締め上げていく。
「ぐわぁぁ!?」
「なんだ、これは……!? 魔力が、吸われて……!?」
「この触手は……触れた相手の、魔力を吸って、大きくなる。吸えば吸うほど、強くなる。大丈夫……魔力がなくなっても、死にはしないから」
ミュリアの言葉通り、漆黒の触手は少しずつ大きくなっている感じがした。
脱出のために足掻けば足掻くほどそれが難しくなり、何もしなくとも時間が経てば気絶するまで搾り取られる。
ミュリア……恐ろしい子!!
「なんだ、その力は……まるで、悪魔のような……!!」
「なんだ、ミュリアのこと知らないのか?」
もう、悪魔は全員ミュリアのことを知っていて、常に狙ってるものかと思ってたけど……案外、そうでもなかったらしい。
思いもよらない朗報に喜びながら、俺は腰に構えた刀に意識を集中させる。
「なら……今見たもの全部、地獄の底まで持っていけ」
魔素生成。その力で身体を強化し、スロウスへと一気に接近する。
そのまま、滅魔斬りで中の悪魔だけを祓おうと、刀を振り抜いて──
防御結界に弾かれ、刃が通らなかった。
「ふふふ……! あちらの小娘の力には驚かされましたが、私を他の連中と同じにして貰っては困りますね。その程度の攻撃が、私に通用するわけがないでしょう!! 雑魚が!!」
「…………」
スロウスの罵倒に、俺よりも先にミュリアが反応し、剣呑な眼差しで触手を一つ持ち上げる。
そんなに怒ることあったか? とは思いながらも、俺はミュリアを手で制した。
「こいつは俺に任せてくれ、ミュリア。問題ないから」
「……うん」
少し不満そうに、それでいてどこか嬉しそうに、ミュリアは頷く。
それを見届けた俺は、改めて腰の刀に意識を集中させた。
「すぅー……ふぅー……」
……俺の魔素は固すぎて、ルイスやミュリアみたいに自在には操れない。
ならどうするか、とルイスとの訓練の中で考え続け、俺は一つの答えに辿り着いた。
柔らかく出来ないのなら、いっそより一層固くしてしまえばどうなるだろう? と。
より固く、より濃密に。
安定状態まで凝縮した魔素にそれ以上の魔力を注ぎ込んで、限界以上にガチガチにする。
当然、安定状態を超えた魔素は不安定になり、暴発する。
でも……その爆発力を、上手く斬撃に乗せることが出来たら、どうなるか?
斬撃だけでなく、踏み込む足に乗せたら、どうなるか?
当然──その一撃は、これまでの比ではない速度と威力を発揮する。
「滅魔斬り……」
キンッと鍔を鳴らし、俺は刀を鞘に納める。
まるで時が止まったかのように、誰もが口を閉ざす中……俺は、その技の名を告げた。
「《神閃》」
「かはっ……!? ばか、な……!?」
防御結界を打ち砕き、中のスロウスを魔素の刃で両断した。
人の体には影響はないけど、中の悪魔はこれで祓われた……。
「ロロン、やった! ……どうしたの……?」
……はずだ。
「いや、その……何というか、手応えがなくてな」
スロウスは、魔素を持たない人には間違いなく強敵だったろう。
ベルゼブブより弱かったのも、出てくる悪魔が必ずしも大悪魔クラスとは限らないと思えば、納得もいく。
でも……そもそも、今の一撃。
“悪魔を斬った”っていう手応えが、まるでなかったんだ。
“堕落の手”は、悪魔の力を活用して生まれた組織じゃなかったのか?
でも、悪魔に取り憑かれていたわけでもない人間を滅魔斬りで斬ったからって、こんな風に気絶したりはしないはず。
考えられるとすれば……。
「“堕落の手”の盟主は、悪魔じゃなかった。こいつ自身は、悪魔の力をより大きく与えられただけの一般人で……本物の悪魔は、他のところにいる」
こいつらの重要拠点は、二つあるとリベラ伯爵は判断していた。
片方は、盟主スロウスがいる拠点。
となると、もう片方……。
「ルイスの向かった方に、悪魔がいる……?」
そんな俺の想像を、裏付けるかのように。
この日を最後に、ルイスや彼女と一緒に拠点へ向かった魔法士団の消息が途絶えた。




