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自覚した恋心

 ミュリアにとって、外出とは特別なイベントだ。

 長らく離れに監禁される生活を続け、ちゃんとした自分の部屋が与えられたのもつい最近。

 屋敷の外ともなれば、十歳の誕生日パーティーの前に何度か町へ出掛けた時以来となる。


 だからこそ、今回のラインベルク領への旅では、一体どんなことがあるのだろうと胸を高鳴らせていた。


 特に、ロロンが探し求める“本物の魔素の使い手”というのがどんな人物なのか、気になって仕方なかったのだ。


 まさか、ラインベルクに到着するより前に、その人が見付かるとは思っていなかったが。


(お父様がどれだけ探しても、見付からなかったのに……やっぱり、ロロンはすごい……)


 見付からなかったのは、今までルイスがラインベルクの中でも田舎の山奥……魔物がよく出没する、人里離れた地域を中心に回り、武者修行していたから。

 ロロンが出会えたのは本当にただの偶然なのだが、ミュリアの中では彼がすごいからだということになっていた。


(それに……良い人、だった)


 初めて顔を合わせた時は、明らかな嫌悪……否、それすら超える憎悪に近いものを感じたが、それもすぐになくなった。


 呪いの力を知っても距離を取らず普通に接してくれる上、町を巡った時にも良くしてくれた。


 ロロンほどではないが、ルイスのことも既にかなり好意的に見られるようになっている。


 唯一、モヤモヤすることがあるとすれば……時折、ロロンと二人だけが分かる話をしていたことだろうか。


 世間知らずの自分には、分からないことがたくさんあって当然なのに。


(……ダメ、こういうの、よくない)


 ルイスのような良い人を、ただ何となくモヤモヤするから、などという理由で嫌うのは悪い子のすることだ。


 悪い子になったら、ロロンに嫌われてしまう。それは嫌だ。


(貰った本、読んでみよう……)


 心を落ち着けるために、ミュリアは昼間にルイスから勧められた本をベッドの中で読むことにした。


 なんでも、“らぶろまんす”というらしい。


 童話ばかり読んできたミュリアにとっては、初めて目にするジャンル。

 実は、買った時から早く読んでみたくてソワソワしていた。


(楽しみ)


 今はもう夜だが、部屋には魔力を注ぐと一定の光を放つランプが置いてある。


 あまり長々と起きていると同室のメメイに怒られるかもしれないが、幸いもう寝入ってしまったらしい。


 とりあえず、キリの良いところまで、と考えて、ミュリアはページを捲り──


 気付けば、朝になっていた。


(す……すご、かった……)


 ずっと興奮しっぱなしで、一睡も出来なかった。一睡も出来なかったのに、まだ眠れる気がしない。


 それほどまでに、ミュリアにとっては未知との遭遇に満ち溢れた一冊だったのだ。


(お、男の人と……こ、こんなこと、するの……?)


 “結婚”という概念は、童話にも出てくるので知っている。よく分からないが、大切な人と夫婦になれば、ずっと家族でいられるらしい、と。


 だが、そこから先は何も知らなかった。

 恋愛という概念も、男女の関係が何を示すのかも、子供の作り方も……何も。


 そんな純粋無垢なミュリアに、唐突に“大人”の恋愛観がたっぷり詰まった劇物を叩き込まれたのだ。衝撃的過ぎて頭が回らない。


(私も……いつか、こんなこと、するの……?)


 当然、ルイスはこうなることを見越してこの本を選んでいる。


 変に背中を押すよりも、こうして“物語”という形で咀嚼して貰った方が、ミュリアにも理解しやすいだろうと考えて。


 そして……現状間違いなく正しく認識していないであろう、ロロンに対する気持ちを理解させるために。


(ロロン、と……!?)


 ルイスの狙い通りというべきか、ミュリアは読み終えた本のヒロインと自分を重ね、ヒーローとロロンを重ねてしまっていた。


 ロロンとは恋人でもなければ当然婚約者でもない、ただの幼馴染で専属護衛だと分かっているのに、ごく自然に“そういう相手”はロロンがいいと思ってしまったのだ。


 ロロン以外の男など嫌だし、ロロンが自分以外の誰かと“そんなこと”をするのも嫌だ、と。


(わ、私……ロロンの、こと……“好き”、なんだ……)


 あまりにも唐突に、ミュリアは自分の中にあったロロンへの想いが形を変えたことに気付き、顔を真っ赤に染め上げるのだった。




「──と、いうわけ、で……私、どう、したら……」


 結局、仮眠すら取れないままベッドから這い出たミュリアは、専属メイドのメメイへと相談を持ち掛けた。


 彼女は、ミュリアの成長に合わせてどうしてもロロンが関われなくなった、入浴や着替えの手伝いなどのために付けられた従者であり、既にそれなりに長く時間を共にしている。ミュリアにとっては、もっとも身近な“大人”だ。


 相談するには間違いなく最適、と思われたのだが……メメイはメメイで、既に成人しているにも拘わらず恋人の一人もいないため、自分に相談されても、というのが本音だった。


 しかも、彼女は自他共に認める堅物であり、あまり気の利いた言葉を口に出来ないのだ。


「……お嬢様のお気持ちは分かりますが、現時点ではロロン様と結ばれることは出来ません」


「どう、して……?」


「ロロン様のハートナー家は、子爵家……公爵令嬢たるお嬢様とは、身分が違い過ぎるためです」


 この国では、子爵以下の準貴族と、伯爵以上の“正式な”貴族では、明確に差がある。


 伯爵以上の貴族が後ろ盾となり、王家に申請することで認められる準貴族は、あくまで“寄親の”家臣。


 王家に正式に認められ、直轄領や役職を与えられた王家直属の家臣である“貴族”とでは、格が違うのだ。


 まして、貴族の最上位たる公爵家の令嬢が婚姻関係を結ぶなら、最低でも伯爵以上でなければならない。


「ですので……ロロン様が何か大きな武功を挙げ、陛下から伯爵位を賜ることを期待するしかありませんね」


 口ではそう言いながら、そんなことはまず起こらないだろう、とメメイは思っていた。


 新しく伯爵に成り上がる人間など、この国では過去百年近く現れていないのだから。


 しかし、ミュリアにとっては違った。

 メメイの言葉は、大きな希望となってその胸に光を灯す。


(じゃあ……ロロンが、また悪魔を倒したら……結婚、出来るようになる……?)


 ミュリアの認識では、ロロンが悪魔を倒したことでハートナー家は男爵から子爵に繰り上がっている。


 ならば、またロロンが悪魔を倒せたならば、子爵から伯爵へも簡単に上がるのではないかと考えたのだ。


(“堕落の手”……悪魔……倒す、がんばる!)


 まだそうと決まったわけでもないのに、ミュリアはルイスが探っているという謎の組織を打倒すべく、鼻息荒く気合いを入れるのだった。

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