ラインベルク観光
俺達の旅の目的は、魔素の使い手を見つけ出し、教えを乞うことだ。
ただ、“堕落の手”とかいう怪しげな組織についてはどうしても気になるし、魔法を思い切り使っても大丈夫な訓練場となると、どうしたって貴族しか用意出来ない。
というわけで、当初の偽装身分を早々に放棄することにした俺達は、こうなった時のためにとディラン公爵が用意してくれていた書状をお父様に託し、ラインベルク伯爵へ事情説明&訓練場の提供を頼みに行って貰った。
俺一人で!? みたいな感じで、今にも泣きそうになってたけど……こっちはこっちで、外せない用事があったから。
ここに来た、もう一つの目的……ミュリアに初めての小旅行を楽しんで貰おう作戦を果たすため、俺達はルイスと一緒に、領都の町へ繰り出すことになったのだ。
このためだけに、"俺とミュリアが義理の兄妹"っていう設定だけは、一応押し通すことにした。
ルイスには全部話したし、今更な気はするけどね。
「ふわぁ……」
俺と手を繋いで歩くミュリアが、興味深そうに周囲を見渡す。
ラインベルク領は、魔法戦闘の専門家を多く擁する家のお膝元ということもあってか、魔法に関係するお店が非常に多い。
魔法の発動を助ける魔道具を売るお店、よく分からん魔法薬を売るお店、魔法について学べる本がたくさん並んだ本屋もある。
そのせいか、町全体にどこか理知的な雰囲気が漂い、レストランの類もどこか気品のあるお洒落なお店が多い気がするな。
ルークウェル領の人が粗暴っていうわけじゃないんだけど、やっぱりこう、違う町に来たんだなぁっていう空気の違いみたいなのを感じるね。
ミュリアもそれは同じなのか、さっきからずっとソワソワと落ち着きがない。
そんな姿に、俺は思わず微笑んだ。
「二人とも、ここに来るのは初めてなんだよね?」
「ああ、ルークウェル領どころか、屋敷から出ることも滅多にないからな。ルイスはよく来るのか?」
「よく来るっていうか、ここ一ヶ月くらいは“堕落の手”の調査のために滞在してたからね。初めて来る二人よりは、色々知ってると思うよ。案内してあげる!」
ノリノリのルイスに先導される形で、俺達は町を巡り始める。
ミュリアが魔素を操る上で便利そうな杖をルイスに見繕って貰ったり、本屋でルイスおすすめの小説を熱烈に推して貰ったり、立ち寄った服飾店で店員顔負けの熱意で俺もミュリアも纏めて着せ替え人形にされたり……まあ、なんというか、俺とミュリアの二人だけだったら絶対にこうはならなかっただろうなっていう、随分と賑やかな小旅行になったと思う。
「んくっ、んくっ……ぷはぁー、やっぱり最後はこれだよね!」
そんなわけで、あちこち歩き回ったミュリアを休ませるため、レストランに入ったルイスは、「庶民流の優雅なティータイムを見せてあげる」なんて言ってたわけだけど……ジョッキに入ったジュースを片手に豪快に飲む姿は、完全に飲み屋のオヤジである。
ちなみに、周りの客はジュースをちびちび飲みながら本を開いて勉強しているか、二、三人で談笑しているかの二択なので、ルイスのオーバーリアクションは普通に浮いていた。
あっちこそ正しい庶民のティータイムじゃね?
「……んくっ、んくっ……!? けほっ、けほっ!」
「無理するなミュリア、ルイスのあれは俺達をからかって遊んでるだけだから」
「酷いなぁ、ボクは毎日こうやって飲んでるのに」
「嘘を吐け嘘を」
律儀に真似しようとして、むせてしまったミュリアの背を擦りながら、すっとぼけるルイスにツッコミを入れる。
なんというか……ルイスはルイスで、妙にはしゃいでる感じがする。
たった一人、破滅の未来に抗うために武者修行の旅に出たって言ってたし、案外寂しかったのかもしれないな。
「それより、やっぱり似合ってるね、その髪留め。ロロンに良いの選んでもらえて良かったね、ミュリア」
俺が勝手にルイスの内心を考察していると、当人はミュリアへと話題を振った。
ロクに切らずに伸ばしっぱなしだったせいで、前髪が目にかかって邪魔そうだったから、髪留めを買うことにしたんだけど……一応、俺が選ぶことになったんだよな。
ぶっちゃけ、ルイスの方がセンス良いし、ルイスが選んだ方がいいんじゃ? と思ったけど、それを口にした瞬間ルイスに睨まれたんだよな。
だからまあ、個人的に似合うと思った、ミュリアの瞳と同じ赤色の髪留めを買ったんだけど……。
「えへへ……ありがと、ルイス……」
褒められて、嬉しそうに髪留めに触れるミュリアを見てると……まあ、俺のセンスも捨てたもんじゃなかったかと、ひと安心だ。
何より、初対面の時は少し不穏な空気だった二人が、こうして笑顔で話せるほど仲良くなってくれて、嬉しい。
「ルイスも、その……似合ってる、よ」
「ありがと、ミュリア。こういうのはほとんど持ってないから、ボクの宝物にするよ」
その証とでもいうべきか、ミュリアからルイスへも髪飾りのプレゼントを購入していた。今日のお礼、ということらしい。
ミュリアにとっては、生まれて初めての友人へのプレゼントということもあってか、喜んで貰えて嬉しそうだ。
……元々は、俺のためのお返しとして買おうとして、そういうのは男の俺じゃなくて女の子のルイスにあげた方がいいってアドバイスした結果なんだけど。
俺へのプレゼントは、後日改めてルイスと相談して考えると言ってくれたので、ちょっと楽しみだ。
「そういえば……ミュリアって、なんで髪を切らないの? 今まで切って来なかった理由はまあ、何となく察しつくけど……今は別に、理髪師を呼んでも問題ないはずでしょ?」
そうしていると、ルイスからの質問がミュリアに投げ掛けられた。
言われてみれば、そうだな。
少し前までは、そもそもミュリアに近付くことの出来る人間が皆無だったから、専門家に髪を切って貰うことなんて夢のまた夢だったけど、今はそうじゃない。
それなのに、ミュリアは明らかに前髪が邪魔になっていても、これまで髪を切りたいなんて話は一度もしなかった。
遠慮してるのか、それとも散髪するっていう発想自体がなかったのか? と疑問に思っていると……何故か、ミュリアは俺の方を見る。
「……怒らない?」
「え、なんでだ? 俺がミュリアに怒ることなんてないと思うけど」
「……その……髪が、長い方が……ロロンが、私の髪、梳いたりするの、時間かかって……その分、たくさん一緒にいられるかな……って……ごめんなさい……」
まだ、俺しかまともにミュリアと会う時間を取れなかった頃。当然だけど、ミュリアの体を拭いたり、髪を手入れしたりする人も誰もいなかった。
だから、俺が出来るだけ毎日それを手伝ってやってた時期もあったし……体を拭くのはともかく、髪に櫛を通すのは今でも俺にねだってくる。
けどまさか、その時間を少しでも多く取りたくて、意図して髪を伸ばしてたなんて想像もしてなかったよ。
「謝らないでいいよ。俺も、ミュリアの髪を手入れするのは好きだから」
「……ほんと?」
「本当だよ。こんな綺麗な髪に触れられる機会なんて、普通の男には一生縁がないことだし。むしろ、光栄っていうか」
「綺麗……? そっか、えへへ……」
嬉しそうに、ミュリアが自分の髪に触れながら笑みを浮かべる。
何なら、そのまま俺に体を預けるように、肩へ頭を乗せてきた。
「ロロンが、触りたいって思ってくれるなら……いつでも、触ってくれていいよ」
「いいのか?」
「うん……ロロンだから。もっと、ずっと……触って欲しい」
「それなら、遠慮なく」
ミュリアの頭を撫でるように、さらさらと髪を梳く。
出会ったばかりの時は、手入れも何もなくただボサボサに伸ばしていただけの傷んだ髪だったのに、今やこうして何の抵抗もなく指が抜けていくんだから……その変化を思うだけで、なんだか嬉しくなる。
と、そんな時、俺達の対面に座っていたルイスが、勢いよく立ち上がった。
「店員さーーん!! ちょっと、コーヒー持ってきてコーヒー!! これ以上ないってくらいめっちゃくちゃ苦いやつ!! 口の中の甘さが全部中和されるようなの!! 出来るだけ早く!!」
「はーい」
あのジュース、そんなに甘かったんだろうか?
必死に訴えかけるルイスを見ながら、俺はそんな風に思った。




