停滞の日々
ルークウェル家の訓練場で、木剣と木刀がぶつかり合う硬質な音が響く。
俺とクロウ、二人で行う模擬戦形式の訓練。
もはや日課となっているそれを、いつものように激しく行っていた。
「はあ!!」
「くっ……!!」
間合いに飛び込んできたクロウに居合切りを放ち、構えた木剣ごと弾き返す。
そうして体勢を崩したクロウの懐へ、今度は俺の方から飛び込んだ。
「《燕返し》!!」
相手の攻撃を防ぎながら、返す刀でがら空きの胴体を叩く。
新しい型で、クロウから一本を狙う。
けれど、それはギリギリのところで木剣に防がれてしまった。
「あっぶね……!!」
「くっそ……!!」
決め切るつもりだったのに、ダメか。
自分に対して軽い失望を覚えながら、俺はその後も打ち合いを続けるのだった。
「はあ……くそっ、上手く行かないな……」
ベルゼブブによる襲撃事件から、早二年。
十二歳になった俺は、悪魔討伐の功績もあってハートナー"子爵"令息となり、体も一回り大きくなったんだけど……それでも、少しばかり“壁”のようなものを感じる日々を送っていた。
訓練は変わらず毎日してるし、全く成長してないわけじゃないんだけど……いまいち、殻を破れないというか。
そんな俺に、近くにいたクロウが水筒を投げ渡しながら声を掛けてきた。
「お前なぁ、その歳で俺とまともに打ち合えて、それどころか最近はほとんど勝ち越してるんだぞ? 十分過ぎるほど天才だろ。しかもお前には、本気になれば悪魔すら祓える力もあるんだ、そんなに焦るなよ」
「そうは言うけど……ミュリアお嬢様が今後いつ悪魔に襲われるかも分からないんだ、少しでも強くならないと」
ベルゼブブ以来、悪魔は姿を現していない。
そもそも、アニメにおいてミュリアと同化して闇堕ちさせた悪魔はベルゼブブなんだから、もしかしたらこのままずっと平穏に……なんて可能性もゼロではないんだ。
それでもこんだけ不安なのは、やっぱり他の悪魔の強さを知っていて、そいつらにミュリアが狙われると、ベルゼブブに言われたから。
そして……二年前から公爵の協力を仰いで探して貰っている主人公が、なかなか見付からないからだ。
魔素の重要性は、実際に襲撃を受けた公爵とてよく分かっている。
今のところ、俺とミュリア以外に生成に成功した騎士は誰もいないから、余計真剣に探してくれてるんだけど……それでも、ダメ。
まあ、俺から伝えられる情報が名前しかないから、そうそう見付からないのも当然なんだけど。
「どこにいるんだかな……」
「悪魔はここと違う別の世界にいるって話だから、探してどうなるわけでもないだろ」
悪魔の話だと思ったクロウにそう言われて、「そうだな」と話を合わせる。
やっぱり、人伝に聞くだけじゃどうにもならないな。
俺が自分で、足を運んで探すべきなのかもしれない。
主人公の出身地……ラインベルク伯爵領に。
ただ、そのためには……。
「ミュリアに、なんて説明しようかな……」
そのことを考えて、俺は少しばかり頭を悩ませるのだった。
俺が十二歳になったように、ミュリアもまた十二歳に成長している。
まだまだ子供だけど、以前より更に表情に明るさが生まれ、体付きにも女性らしい丸みがほんのりと生まれてきたことで、美少女っぷりに拍車が掛かっていた。
「ロロン……!」
「うわっ、ミュリア!? 急に飛び掛かって来るなよ、危ないだろ?」
「えへへ……」
……だけど、長らく続いた監禁生活のせいか、精神面はそれに追い付いていないみたいで。
俺に対するスキンシップは、以前よりも更に激しさを増していた。
何なら、こうして子供らしい悪戯心を発揮して、死角から飛びかかって来たりとか……正直、心臓に悪い。
「ロロン……訓練、終わったんでしょ? 今日はもう、一緒……?」
ぎゅうぅっと背中にしがみつかれ、服越しに感じる体温と、間近に迫った愛らしい笑顔のせいで、胸のドキドキが止まらない。
いやもう、ここまで来ると、俺が惚れ込んだアニメの姿とあんまり差もなくなってるから……そんな子がゼロ距離で密着して来るとか、変な気を起こさないように抑えるのが大変過ぎる。
でも、だからって変に距離を取ってミュリアを傷付けるような真似は、俺の存在意義に関わるレベルで絶対に許せない。
意地でも平静を装って、俺はミュリアに親しみを込めて笑いかける。
「そうだな。魔法の訓練でもするか?」
「うん……!」
嬉しそうなミュリアを、そのまま背負うような格好で部屋に向かう。
そうそう、この二年間で一番大きな変化といえば、ミュリアがついに離れじゃなく、屋敷の中に自分の部屋を持てたことだろう。
当たり前のように「ロロンと同じ部屋がいい……」なんて言われた時は、どう説得しようかめちゃくちゃ迷ったけど。
「それじゃあミュリア、いつも通り、魔素の生成から順番にやっていこうか」
「うん……!」
ミュリアの部屋は、離れとそう大きく違いはない。
ぬいぐるみや本が多くて、それ以外はベッドやら何やら、生活に必要な家具類が中心。あまり高価な調度品はない。
でも……離れと違って窓が多く、日中は屋敷の中でも一番と言っていいくらい明るいんだ。
それが、ミュリアの内心の変化を表しているようで……一緒に暮らすのは流石にまずいけど、ここに来るのは好きだ。
「んん……!」
そんな部屋で、俺はミュリアと魔法の練習をしている。
手のひらに魔力を集め、凝縮し、凝縮し……安定するまで、魔力を追加していく。
そうすると、俺や主人公の場合は真っ白に変わるんだけど、ミュリアの場合は魔素になると更にドス黒い色に変わる。
正直、初めて見た時は驚いた。
色もそうだし、今の俺よりずっとスムーズに魔素を作れることもびっくりだよ。
俺って本当に才能ないんだなぁ……。
「よし、じゃあそれを魔法に変えていくぞ」
「うん……!」
魔素を制御し、魔法陣を構築し、魔法として形を変える。
どんな魔法に変えるかは、既に決めていた。
本当なら、呪いの力を前面に押し出した攻撃魔法とかを教えた方がスムーズなのかもしれないけど、それは避けている。
ミュリアの力は、命を奪うだけの力じゃないと、そう教えてあげたかったから。
「……《睡眠》」
ミュリアの手のひらから放たれた黒い波動が、部屋の中を一瞬で満たす。
同時に、俺は強烈な眠気に襲われ、意識が混濁──
──した瞬間、俺の制御下にあった魔素が弾けて、眠気の原因であるミュリアの魔力を体の中から弾き出した。
「ロロン、どうだった……!?」
「うん、今のは完璧だ。頑張ったな、ミュリア」
「……!! ロロンの、お陰……!! ありがとう……!!」
触れただけで他者の生気を吸い取る、呪いの魔力。
それを上手く制御すれば、命までは取らず意識だけを奪う、範囲制圧型の強制昏睡魔法になるんじゃないかと思ったんだけど……上手く行ったな。
これなら……俺がいなくても、しばらくは安心だろう。
「……ミュリア、大事な話があるんだ」
「うん……何?」
「俺が前から、“魔素”の生みの親を探している話はしてるだろ? なかなか見付からないから、俺が自分で探しに行こうと思うんだ」
俺の話を、ミュリアも真剣に聞いてくれている。
俺がいない間、ミュリアに何かあったら……という心配もないではないけど、この《スリープ》の魔法があれば、ある程度悪魔にも対抗出来るはず。
この町を離れるなら、今こそ絶好のタイミングだろう。
「寂しい思いをさせることになるけど、これもお前のために……」
「なら、私も行く」
「……え?」
俺の言葉に被せるように、ミュリアから思わぬセリフが飛び出した。
予想外過ぎて固まっていると、ミュリアはもう一度……絶対に譲らないという意志を込めて、口を開く。
「ロロンがお出かけするなら、私も行く。私は……ロロンと一緒がいい……!」




