大悪魔ベルゼブブ
油断した。まさか、悪魔の影響がここまで伸びてたなんて、いくらなんでも予想外過ぎる。
パーティーが始まる直前、用事があるからってメイドに連れて行かれた先で、まさか監禁されるとは。
いや、厳密には監禁というか、ひたすら雑談やら相談やらで時間を稼がれてた感じだけど……どちらにせよ、それで異変が起きてることに気付くのが遅れるなんて、一生の不覚だ。
「けどまぁ、なんとか最悪の事態は避けられたってとこか……ミュリア、大丈夫か? 怪我とか、何か変なことされてないか?」
「うん、私は平気……でも、お父様が……」
「ああ、分かってる。でも大丈夫だ、あれならまだ助かる」
ミュリアは平気そうだけど、ディラン公爵は腹に穴を空けられていた。
ただ、上手く急所を外したのかな? 傷の深さの割に出血が少ないし、何かしらの魔法で止血を進めてるんだろう、流石だ。
「ロロン……ミュリアを、連れて……逃げろ……あの、悪魔は……」
「分かってますから、安心してください。もうすぐクロウや、リック団長も来てくれるはずです」
監禁されていたのは、俺だけじゃない。
ミュリアを助けるために、悪魔に取り憑かれてたメイド達の相手を任せたけど、そのうち制圧してこっちに来てくれるだろう。
「お前をぶっ倒すためにな、悪魔……いや、ベルゼブブ!!」
『クハハハハ!! まさか名乗る前から俺の事がバレてたとはなぁ……よく知ってるじゃねえか』
「こんなにも派手に力使っといて、よく言うよ」
大悪魔、ベルゼブブ。
その最大の特徴は、その力によって自分の分身とも言える悪魔を次から次へと生み出し、人間達の体を乗っ取って瞬く間に悪魔の軍勢を作り上げる点だ。
この力によって、ベルゼブブは俺の知るアニメの中で、ルークウェル公爵領を中心とした多くの町を壊滅させた。
そう……こいつこそ、ミュリアを闇堕ちさせた最後の元凶。
ミュリアと一体になり、悪魔の力と呪いの力で主人公を追い詰めた、俺にとって最大の宿敵だ。
こいつに勝つために、俺は主人公の猿真似をしてまで強くなった。
「さっきも言ったが……ミュリアに手を出したこと、地獄の底で後悔させてやる。かかってこい、クソ悪魔!!」
『クハハハハ!! この俺様の正体を知りながら、そこまで威勢の良いセリフを吐けるとはなぁ……いいぜ、望み通り嬲り殺してやる!! やれ!!』
ベルゼブブの指示で、会場の人々が殺到してくる。
グレムリンの時と違い、全員その体に悪魔を宿し、人外の速度と異形の刃を手に襲って来る様は、まさに絶望的と言えるかもしれない。
『冥土の土産に教えといてやる!! そいつらに宿っているのは、俺の分身だ!! 以前にてめえが死にそうな目に遭いながらぶっ倒したグレムリンより、一体一体が遥かに強い!! いつまでその威勢が続くかどうか、精々楽しませて貰うぜ!!』
やっぱり、三年前のあの事件は、こいつの差し金だったのか。
確かに、グレムリン一体にあれほど手こずって紙一重の勝利だった俺が、それ以上の存在をこれほど同時に相手取るっていうのは、それだけ聞くととんでもなく絶望的だ。
でも……俺だって、グレムリンと戦った時の俺じゃない。
「……魔素、生成」
ミュリアを下ろし、背中に庇いながら、俺は腰の刀に魔力を注入。魔素へと変換する。
そのまま、迫り来る人々へ向け──刀を、抜き放った。
「《滅魔斬り》」
キンッ、と鍔の音が響くと同時に、世界が一瞬だけ静止する。
止まっていた時間が、再び動き出すと……俺に迫っていた人達の内、先頭にいた数人がバタリと倒れる。
その体に傷はなく、中の悪魔だけ滅ぼされて。
『何を……した……?』
「ミュリア、ちょっとだけ下がっててくれるか?」
「……こう?」
「ああ、それでいい」
呆然とするベルゼブブを放置して、俺はミュリアに笑いかける。
これくらい、大した脅威じゃないんだと、安心させるように。
「俺より後ろに、悪魔の力の一欠片たりとも通さないから」
『何しやがった、テメエェェェェ!!』
未知の攻撃に二の足を踏んでいた悪魔達が、一気に押し寄せて来る。
でも、俺のやることは変わらない。ただ必殺の抜刀術で斬り続けるだけだ。
「《滅魔斬り》」
鍔の音が鳴り響く度、狂気に染められた人々が倒れ、中に寄生していた悪魔が浄化されていく。
それを何度か繰り返す内、ベルゼブブが忌々しげに叫んだ。
『なんだ、その剣は……白い、光の刃……!?』
「よく見えたな、その通りだよ」
滅魔斬りは、三年前のグレムリンとの戦闘経験を経て、その反省を下に習得した技だ。
抜刀の勢いを使って、刀の先から魔素を伸ばし、擬似的な刃とする。
人の体は傷つかないが、その体内にいる悪魔を魔素の力で消し飛ばし、納刀に合わせて伸ばした魔素も戻って来る、そういう技。
これなら、悪魔一匹浄化する度に魔素を消耗しなくて済むから、グレムリンやベルゼブブのような、人を操り数を頼りに攻めてくる相手にはこの上ない必殺技になってくれる。
そして……。
「数の暴力さえなければ、お前は大した相手じゃない。そうだろ? “大悪魔の面汚し”さん?」
『ッッッ!! テメェ!!』
そう。ベルゼブブは、出した被害こそとんでもないが、主人公の相手としては大悪魔の中で一番弱かった。だからこそ、僅か一話で退場させられる羽目になったんだ。
まして今のコイツは、アニメのようにミュリアが持つ呪いの力を行使することも出来ない。
地上に顕現した悪魔の力は、宿主となった人間の強さに応じて制限がかかるから、戦闘力皆無のオーリョに取り付いている今、アニメのソレより遥かに弱い状態のはず。
その程度の相手、圧倒出来なくちゃ話にならない。
『舐めんじゃねぇぇぇぇ!!!!』
異形と化したオーリョの腕……杭のような形のそれを、俺は鞘で受け流す。
同時に、背後から襲ってきた人を滅魔斬りで一閃。悪魔を祓って無力化した。
その隙を狙い、ベルゼブブはもう片方の腕を杭にして仕掛けて来たので、その体を蹴り飛ばした反動で距離を取り、回避する。
「お前の失敗は、慎重になり過ぎたことだ。お陰で俺も、成長する時間を得られた」
三年前、俺はグレムリン相手にギリギリの勝利だった。
それでも、俺がグレムリンに……悪魔に一矢報いる力を持っていたがために、こいつは慎重になったんだろうと思う。
グレムリン以上の力を持った分身を時間をかけて増やし、パーティーを開くこのタイミングに合わせて俺を隔離し、ミュリアを乗っ取って万全の力を手に入れた上で、俺を排除しようとしたんだ。
RPGで、戦う相手より遥かに上のレベルになるまでキャラを育てて、レベルの暴力で相手を叩き潰す。ベルゼブブは、アニメでもそういうタイプだった。
ただ……ゲームと違って、慎重に自分が力を付けている間、相手も同じように強くなろうと足掻いてる。その考えに至らなかったのが、お前の敗因だ。
『ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!! 三年だぞ!? たかが三年で、七歳のガキが……グレムリンに苦戦してたような奴が、ここまで強くなるなんてあり得ねえ!!』
「なれるさ。俺は、そのためだけに強くなったんだから」
ベルゼブブや周りの悪魔達からの攻撃を、鞘と足技で捌きながら、滅魔斬りで数を減らしていく。
三年前のように、魔素の補充のために魔力回復薬をガブ飲みしながら戦う必要ももはやない。
多少呼吸を乱しながら、それでもまだまだ余裕を持った状態で……会場には既に、悪魔を祓われ意識を失った人々と、ただ一人残されたベルゼブブしかいなかった。
「終わりだ。最期に言い残すことはあるか?」
『……クハハハ、ハハハハ!!』
手も足も出なかったことでおかしくなったのか、ベルゼブブが笑い出す。
油断はせず、何が来ても対処出来るように構えていると──ベルゼブブは、オーリョの体から凄まじい魔力を放出し始めた。
明らかに、制御出来てない。魔力暴走だ。
『いいだろう、俺の負けだ、それは認めてやる。だがな!! ただじゃ死なねえ、一人でも多く道連れにしてやるよ!!』
「っ……自爆する気か!!」
『そうともよ!! てめえは死なねえだろうが……そこで寝ている連中や、この街の連中はどうだろうなぁ!?』
最後の最後まで性格が悪い……流石悪魔だ、としか言いようがないな。
『それと、もう一つ……俺に勝ったくらいでいい気になるなよ!? その小娘が“悪魔の器”であることに変わりはねえんだ、これから先何度だって、俺より遥かに強い悪魔達が、こぞってその小娘を狙って現れるだろうよ!! お前らの顔が絶望に染まって死に行く様を、地獄の底から精々楽しませて貰うとするぜ!! クハハハハハハハ!!』
「……そんな真似、させないよ」
『ッ、ぐふっ!?』
ベルゼブブの懐に飛び込んだ俺は、腹を一発殴って怯ませた後、その体を全力で上へ向かって投げ飛ばした。
全力全開の身体強化を乗せた背負い投げによって、ベルゼブブは天井を突き破り、空高くへと舞い上がる。
俺自身も跳び上がり、空中で更にベルゼブブを掴んで空高くへ蹴り上げると……腰の刀に手を添えて、構えた。
「何が来ようと、何度来ようと、ミュリアをてめえら悪魔になんか渡してたまるか」
空の彼方で、オーリョの体ごとベルゼブブが大爆発を起こす。
迫り来るその衝撃に向けて、俺は刀を抜き放った。
「ミュリアは俺が守る。何があっても、絶対に!!」
魔素によって伸長した光の刃は、生物にはあまり影響はないが、魔力を元に構成された悪魔を斬ることは出来る。
それは即ち、同じように魔力だけで構成された魔法や、純粋に魔力そのものを叩き込む攻撃に対する守りの技としても応用が利くということだ。
魔素による爆発的な身体強化によって、一瞬だけ神速の域に達した腕の動きに沿うように、光の刃が宙に無数の線を引く。
滅魔斬り・乱舞。
その網にかかったベルゼブブの自爆攻撃が、地上に届くことなく霧散していくのを見届けて、俺も重力に従って着地し……そこへ、ミュリアが駆け寄ってきた。
「ロロン……!!」
「ミュリア。……怖かったろ? ごめんな、遅くなって」
もう一度、救援が遅くなったことに謝罪すると、ミュリアは首を振ってそれを否定する。
「そんなこと、ない。本当に、来てくれて……嬉しかった」
ぎゅっと、ミュリアが俺に抱き着いて来る。
いつも以上に、力強く……熱っぽい眼差しで。
「ロロン……大好き」
「……ああ、俺もだよ、ミュリア」
こうして俺は、ミュリアを襲う破滅フラグという名の運命を一つ、完全に叩き折ったのだった。




