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悪夢の誕生日パーティー

 ミュリアにとって、自分の誕生日のためにパーティーが開かれる、というイベントは、全く実感の持てない代物だった。


 誰に求められることもなく、ただ静かに離れの中で朽ちていくと思っていた数年前からは、考えられないことだ。


 今こうして、信じられないほど綺麗なドレスを纏い、どれだけ願っても会うことすら許されなかった父に手を引かれていることも……そんな父が、大勢の参列客を前に自分のことを紹介していることも、どこか嘘のように実感が持てない。


 今見ている光景が全てただの夢で、目を覚ませばまた、いつもの離れでひとりぼっちでいると言われた方が、よほど信じられるくらいだ。


「皆の者! 今日は私の呼びかけに応え、娘のために集まってくれたこと、感謝する。我が娘は、長らく生まれ持った体質に苦しんでいたが、ある者の協力もあってついにそれを克服し──」


(……ロロン)


 そんなミュリアだからこそ、その心は常にロロンの温もりを求めていた。


 自身から滲み出る腐った呪いの力を切り裂いて、ひとりぼっちじゃないと教えてくれた、小さな英雄。


 彼の腕に抱かれ、触れられ、その熱を感じていられる間だけは、今あるのが夢ではなく、現実なのだと信じられるから。


(どこに……いるんだろう?)


 挨拶が終われば、傍に行っていいと言われている。

 まだまだ挨拶は続きそうな気配だが、終わったら一秒でも早く彼の下に行きたくて、ついその姿を探してしまう。


 しかし、まだ十歳の彼の体が小さいからか、あるいは何か仕事があるのか、なかなか見付からない。


(ロロン……ロロン……)


 本当は、片時も離れて欲しくない。


 朝、目が覚めてすぐに彼が傍にいてくれれば、昨日までの日々が嘘だったと疑わなくて済むから。

 そのまま、いつものように長い髪をゆっくり梳いて貰って、一緒に朝食を楽しみたい。


 昼は、手を繋いで一緒に庭を散歩したり、お気に入りの本やぬいぐるみのことを、たくさんお話したい。

 まだまだ言葉を紡ぐのが苦手で、どうしてもつっかえながらになってしまう自分の話を、嫌な顔一つせずに全部聞いて、笑ってくれるロロンと過ごす時間は、何よりも大好きだ。


 夜になると、最近は屋敷のお風呂に入れるようになったのだが……本当は、ロロンと一緒に入りたかった。

 少し前までは、風呂場へ移動することすら危険だからと、離れで体を拭くのをロロンが手伝ってくれていたのだ。

 もう成長したから、という理由でそれがなくなってしまったことが、どうしても不満だった。

 湯船に何十秒と浸かるのも、ロロンと一緒ならともかく、そうでないなら早く上がりたくて仕方ない。

 早く上がって、ロロンの下へ行って、濡れた髪を彼に乾かして欲しかった。


 何をするにも、どこへ行くにも……ずっとずっと、ロロンに傍にいて欲しい。

 けれど同時に、こうも思うのだ。


 ……そんな我儘を押し付けて、嫌われたくないと。

 ロロンに嫌われたら、もう生きていけないから。


「…………」


 だから、不安な心を押し殺して、じっと我慢する。

 この挨拶が終われば、きっとどこからかひょっこり顔を覗かせて、笑いかけてくれるはずだから。


 それまで、我慢するのは……慣れている。


「……待て、貴様がどうしてここにいる?」


(……?)


 話もロクに聞かずにじっとしていたが、父の剣呑な言葉に顔を上げる。


 すると、そこにいたのは一人の男。

 どうやってここまで入って来られたのかと疑問に思うほど身なりが悪く、痩せぎすで、ぎょろりとした目はまるでゾンビのようだ。


 恐怖を覚えて一歩後退ると、さり気なく父が庇うように前に出た。


 そのことに、ミュリアが少しだけ安心感を覚えている間にも、会話は続く。


「どうして……? ははっ、決まってるじゃないですか公爵様ぁ……再就職のお願いですよぉ……」


「……既に伝えたろう、我がルークウェル家は、今後一切ワルーノ家と関わりを持つことは無いと!!」


「ははは……そう言わずに、頼みますよぉ……」


「……お前達、何をしている!! 早くこいつを外に摘み出せ!!」


 ディランの怒号のような指示が、会場警備の騎士達に向けて放たれる。


 しかし……その声に反応する者は、誰一人としていなかった。


「なんだ……? 何が起こっている!?」


 気付けば、会場の誰もが、無言のままディランを、そして後ろに立つミュリアを見つめていた。


 その瞳に映る感情を、ミュリアはよく知っている。

 侮蔑、怒り、愉悦、そして……憎悪。


「ああ……ただしね、俺が欲しいのは、財政管理の仕事なんかじゃなくってですねぇ。──あんたが座ってる、公爵の椅子ですよ」


「っ、かはっ……!?」


 痩せぎすの男……オーリョ・ワルーノの腕から伸びた漆黒の杭が、ディランの体を貫く。


 何が起きたのか、何一つとして理解が追い付かないままに、目の前で倒れる父親の姿に、ミュリアはただ呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。


「くはっ……くはははは!! やった、やってやったぞ!! 何が公爵だ、何がルークウェル家だ!! この私に逆らう人間など、みんなこうなる運命なのだ!! ふはははは……!! はは……」


『ああ〜……良い、実に良い負の魔力だ……肉体の方はゴミ同然だったが、腹に抱えていた感情はエサとしては上等だったな』


 狂笑を上げていたオーリョの意識が突然消失し、その口から漆黒の瘴気が溢れ出す。


 ただドス黒い煙のようなそれに、凶悪な双眸が光となって灯るに至り、ミュリアは以前ロロンから聞かされたその存在の名を思い出した。


「悪、魔……」


『ほう、よく知ってるじゃないか……感心だぜ、お嬢様よ』


 クケケケ、と耳障りな笑い声が響く。

 醜悪で、悪意に満ちたその声色は、酷く不快であるはずなのに……どこか惹き付けられるものを感じるのは、なぜだろうか?


 自分の不可解な心の動きに戸惑うミュリアへ、悪魔は囁きかけた。


『そう警戒するなよ……俺達は“仲間”なんだからよ』


「仲、間……?」


『そうだとも!! 感じたことはないか? この世界の息苦しさを。考えたことはないか? どうして人間達は自分に対して、こうも悪意を向けてくるのかと!!』


「…………」


 まるで見透かしたかのように語る悪魔に、ミュリアは返す言葉もなかった。

 悪魔自身、返事を期待していたわけではなかったのだろう、そのまま言葉を重ねていく。


『それも当然だ。お前は俺のような大悪魔を受け入れるために生まれた……“悪魔の器”なのだからな!!』


「悪魔の……器……?」


『そうとも!! 人間達がお前を嫌うのも当然だろう、何せお前は、"人間であって人間ではないのだからな"!!』


 あまりの事実に、ミュリアの頭は理解を拒み、心は大きく揺れ動く。


 そうして生じた隙間に入り込むように、悪意の籠った囁きがミュリアを襲った。


『見ろ、この会場に集まった人間達を。全員、俺様の分身に体を乗っ取られているが……悪意を持たない人間に、悪魔は取り憑くことは出来ない。誰も彼も、悪意を持ってここに来た。純粋にお前の誕生日を祝ってくれる人間なんてのは、ここには誰一人いなかったってわけだ!!』


「っ……!!」


 じわりと、ミュリアの瞳に涙が滲む。

 そうだろうなとは、思っていた。

 誰も彼もが、ロロンのように自分を受け入れてくれるわけではない。まして、ここに来た者のほとんどは、ミュリアにとっては初対面。その力の噂でしか、彼女のことを知らない。


 そんな者達が、自分の誕生日を心から祝ってくれるわけがないなど、分かりきっていたことだ、


『俺を受け入れろ、ミュリア。そうすれば、俺がお前の心の空虚を、孤独を癒してやれる。お前のあるべき姿を、俺が取り戻してやる』


 さあ、と。

 黒い瘴気が“腕”のようにその体を伸ばし、ミュリアに近付く。


 悪魔のもたらした甘い誘惑に、ミュリアは──


「っ……!!」


『グオッ!?』


 自身の腕を、夜闇より濃密な漆黒に染まった魔素で固め、伸ばされた悪魔の腕を弾き返すことで返答とした。


 信じられないとばかりに目を丸くする悪魔に、ミュリアは叫ぶ。


「私、は……人間じゃ、ないかも、しれない……でも、悪魔になんか、絶対にならない……!!」


 人間じゃないと言われて、ショックじゃないと言えば嘘になるかもしれないが……それほど大きな衝撃ではなかった。


 自分が普通とは違うことくらい、これまでの十年間で嫌というほど理解していのだから、当然だ。


 そんなことよりも、ミュリアにとって大事なことが一つだけある。


 悪魔は、三年前にロロンを殺そうとした存在だということだ。


 悪魔について語った時の、ロロンの嫌悪と怒りに満ちた顔を、今も覚えている。


「私の心も、ひとりぼっちの寂しさも……全部、全部ロロンが埋めてくれた……!! 私は、絶対……ロロンに嫌われるようなこと、しない!!」


『このっ……!! そのロロンも、今頃は俺様の配下に取り憑かれて、悪魔になってるだろうさ!! そうでなくとも、お前が悪魔の器だって知ったら、それだけで嫌われるんじゃねえか!?』


「そんなことない……!! ロロンは、私の傍にいるって約束してくれた、何があっても私のところに戻ってくるって、言ってくれたもん……!!」


 疑心がないわけではない。本当は、ロロンもここにいる人達のように、悪魔に取り憑かれてしまったのではないか、自分のことなどいつか嫌いになって、離れて行ってしまうのではないかと。


 そんな弱気な心を叱咤するように、あるいはそんな考えそのものを振り払うように……大粒の涙を零しながら、叫んだ。


「だから……早く、来てよ……助けて、ロロン……!!」


『ああもう、しゃらくせぇ!! いいから、早くその体を寄越しやがれ!!』


 悪魔の体が、再びミュリアに伸びる。

 先程のような、同意を求めるゆっくりとした動きではない。強引に乗っ取るための素早いそれは、魔力制御の訓練以外まだ何もしていないミュリアには、到底反応出来るものではなかった。


 だから、出来たことといえば、ただぎゅっと目を瞑ることくらいで──


「──ごめん、遅くなったな、ミュリア」


「え……」


『グッ……ギャァァァァ!?』


 自分の体が、誰かに抱え上げられる感触に、ゆっくりと瞼を持ち上げる。

 その温もりを、力強い腕を、間違えるはずがない。


 それでも、自分の感覚が間違っていないことを確かめるために目を開けて……願った通りのその顔が間近にあったことに、叫んだ。


「ロロン!!」


『クソガキがぁぁぁ!! やりやがったなぁぁぁ!!』


 ロロンの刀に斬られたのか、黒い瘴気の体に白い切れ込みが入った悪魔が、元いたオーリョの体に戻っていく。


 意識が飛んでいたオーリョが再び動きだし……赤く輝く瞳に悪魔の狂気を宿して、その両腕を異形へと変えた。


『ふざけやがって……ぶち殺してやる!!』


「こっちのセリフだ、クソ悪魔が。お前が誰に手を出したのか……細切れにした後で分からせてやるよ!!」


 悪魔の殺意に応じて、会場に集まった人々が各々の得物を手に殺意を滾らせる。


 対するは、僅か十歳の少年ただ一人。普通に考えれば、適うはずもなし。


 それでもミュリアは、もう何の心配もしていなかった。


 私の英雄(ロロン)が来てくれたのだから、もう大丈夫だ──と。

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