パーティー前のサプライズ
パーティー当日。
本番が始まる前から、俺は忙しく駆け回っていた。
ちゃんと発注した物が届いてるか、お金の支払いに滞りや間違いがないか、そうでなくとも単純にいくら人手があっても足りない会場の準備等、十歳の子供といえどその手が少しでも空いていれば誰もが借りたい状況である。
まあ当然、そんなことではミュリアに会いに行く暇もないので、彼女がちゃんとパーティーに参加出来る状態になっているかどうか、少し心配だったり。
「はあ……大丈夫かな……」
「なーにを辛気臭い顔してんだ?」
「うおっ、クロウ!?」
いきなりバシン! と背中を叩かれて振り返ると、そこには俺の数少ない友人であるクロウがいた。
正式な騎士である彼には会場警備の仕事が待っているんだが、開場するまでは暇なので設営を手伝ってくれているらしい。
「当ててやろうか、お嬢様のこと考えてたんだろ?」
「……いや、それはそうだけど。いくらこの一ヶ月、何度か町に出て人と対面したとはいえ……今日会うのは、貴族だ。必ずしもお嬢様に友好的とは限らないし、心配にもなる」
「本当にお前、お嬢様のこと好きなんだなぁ」
「……悪いかよ。いや、もちろん本気で一緒になりたいとか思ってるわけじゃないけど」
俺は男爵家の息子、ミュリアは公爵家の娘だ、どう足掻いても差があり過ぎる。
なれても、専属護衛くらいだろう。
「全く、お前は変なところで大人びてるな。もう少し、子供らしく我儘言ったっていいんだぞ?」
「俺がただの我儘な子供だったら、そもそも公爵様は騎士団へ入る許可も、お嬢様に近づく許可もくれなかったろうよ」
「まあ、それはそうなんだろうがな」
クロウが、苦笑混じりに俺の頭を撫で回す。
乱暴な手つきに、「何すんだ」と苦言を呈しながら手を退けると……そのまま、今度は背中を押された。
「要するに、こういう時くらい周りを頼れってことだ。ここは任せて、お前はお嬢様のところへ行ってやれ」
「え? いや、でも……」
「いいから。お嬢様も、お前のことを待ってるはずだ」
ほら行け行け、と半ば追い出されるように、俺はパーティー会場を後にする。
途中、同じ作業をしていた使用人達からも「後は私達がやっておくから」とか「お嬢様をお支えするのがあなたの一番大事な仕事です」とか、揃って温かく送り出される格好になってしまった。
こうなったら、俺も大人しくお言葉に甘える他ないな。
ミュリアのことが心配だったのは事実だし。
「お嬢様、ロロンです、入ってもよろしいでしょうか?」
ミュリアが準備を進めている部屋に到着すると、丁寧な口調でノックする。
普段はもっとラフに話さないと臍を曲げられてしまうけど、一応は晴れ舞台前で、外から雇った服飾士なんかもいるだろうから、ちゃんとした口調じゃないとな。
しかし、なぜか返事がない。
ちょうど手が離せないタイミングなのかな? 出直すべきか。
なんて考えていたら、突然勢いよくドアが開いた。
驚いて硬直する俺を、服飾士っぽいお姉さんがじっと見つめる。
「ふむ。あなたがロロン・ハートナーね?」
「ええ、そうですけど……」
「素材は悪くないわね。さあ、あまり時間もないわ、ちゃちゃっと準備しちゃいましょう!!」
「は!? ちょっ、準備って何を!?」
訳が分からぬまま、俺はそのお姉さんに部屋へと引きずり込まれ、服を剥ぎ取られる。
どういうこと!? と混乱している間にも、あれよあれよという間に全身を採寸され、「聞いていた通りね、誤差は修正可能な範囲!」とか何とかよく分からないことを叫んだと思ったら……部屋の奥から、男物の燕尾服が引っ張り出されて来た。
「いやあの、本当に、どういう状況なんですかこれ!?」
「? 私はただ自分の仕事をしているだけよ? 公爵様からは、“ミュリアお嬢様とロロン・ハートナーの服を仕立ててくれ”って頼まれたから」
「はぁ!?」
何それ聞いてない。
あ、でもこの前、騎士団用の服を仕立てたいからって体を採寸されてたな!! あれのことか!?
いやだとしても、なんでこんな不意打ち気味に、ましてこんな仕立ての良い服を俺に!?
「よし……こんなものね! 悪くないわ!」
「…………」
何がなんだか分からないうちに、俺は自分がほぼ平民同然の男爵家の男だということを忘れそうなほど、全身を飾り立てられてしまった。
何の特徴もない黒髪はワックスまで使ってキッチリ整えられてるし、初めて着る燕尾服はなんとも着られている感が拭えず、落ち着かない。
唯一、今日は出番もないだろうと思っていた愛刀を腰に装着させられたことで、ちょっとばかり安心感を覚えた。
「ははは、よく似合っているな、ロロン」
「公爵様……これは一体、どういうことですか?」
そんな俺の下に、してやったり顔で現れたディラン公爵。
ジト目で睨むと、悪戯に成功した子供のような表情を浮かべた。
「いや何……君には、何度も助けられてばかりいたからな。そろそろ、ちゃんとした報酬を渡すべきだろうと思ってな」
「……それが、この格好だと?」
「そんなわけがあるか。……こほん」
ディラン公爵が、咳払いを一つ。
そして、一気に真面目な顔を浮かべ、宣言した。
「ロロン・ハートナー。本日を持って、貴殿を我がルークウェル家の正騎士とし、我が娘ミュリアの専属護衛の任を与える!!」
「……はい?」
急展開過ぎて、俺は理解が追いつかなかった。
へ? 俺が正騎士? しかも、ミュリアの専属護衛!?
「正気ですか!? 俺まだ十歳ですよ!?」
「もちろん分かっている。しかし、お前は我が家に巣食っていた害虫駆除に尽力し、悪魔討伐を果たした。加えて……私がどれほど力を尽くしても成しえなかった、ミュリアを陽の光の下へ連れ出すという偉業を成し遂げたのだ。私はこれを、この上なく評価している」
よって、と。
公爵はその懐から、騎士の身分を示すための、ルークウェルの家紋が入った短剣を取り出した。
「貴殿には今後とも、我が娘のことを任せたい。……頼めるな、ロロン?」
「……承りました」
その場に跪き、短剣を受け取る。
腰の刀を前に置いて、短剣を自身の眼前に掲げる、騎士の誓いだ。
「我が剣はルークウェルのために。我が命は民のために。……そして何より、ミュリアお嬢様のために。この力の全てを捧げることを、誓いましょう」
ミュリアのため、なんて語る流れは当然本来の宣誓には存在しないんだけど、そもそも本来は十五歳で拝命するべき騎士の任を負うものだ、ミュリアのための特例だということを自他共に再確認する意味でも、必要だろう。
そんな俺の誓いの言葉が気に入ったのか、ディラン公爵も満足そうに頷いた。
「うむ。……そういうわけだ、ミュリア。私からの誕生日プレゼント、気に入って貰えたかな?」
「はい?」
誕生日プレゼント? ていうか……えっ、ミュリア!? いつからディラン公爵の後ろにいたの!?
さ、最初からいた? 気付かなかった……。
ていうか。
「ロロン……その……」
「……可憐だ」
「ふえ」
思わず口をついて出た言葉に、ミュリアが顔を赤くする。
いやでも、本当に……ミュリアが今着ているドレスは、ここ最近着ていた外行きのドレスと違い、しっかりと青のリボンや宝石で飾り付けられているんだが、それが決して出しゃばることなく彼女自身の魅力を引き立て、子供らしい可愛らしさと淑女としての美しさを見事に同居させている。
これを表現するのなら、まさに可憐という言葉が相応しいのではないだろうか?
「本当に、綺麗で、可愛くて……素敵だよ、ミュリア。いつもそう思ってるけど、今日は一段と輝いてる」
「えへ、えへへ……ありがとう、ロロン……その、ロロンも、その服……似合ってる、よ……」
ふにゃふにゃと笑みを浮かべながらも、顔に手を当て紅潮を隠そうとするいつものその仕草すら、装いが変わればまた新鮮に映るんだから、不思議なものだ。
ただ……ミュリアに見惚れ過ぎて、うっかりディラン公爵の前で彼女にタメ口をきいてしまった。
ちらりと公爵の方を見れば、仕方ないなと言わんばかりに苦笑を浮かべている。
……ひとまず、セーフだったと思っておこう。
「パーティー会場までのエスコートは私がやるが、その後は全て君に任せる。必要であれば、ミュリアを連れて別室に移動することも許可するが……節度は守るようにな?」
「分かっております」
流石に、来賓の前で過度に親しくしているところを見られれば、余計な誤解を生みかねないからな。自重しなければ。
「分かっていればいい。さて、そろそろ招待した貴族達も、屋敷に集まってくる頃だろう。……全員、持ち場につくように。今日は頼んだぞ」
「「「はい!」」」
集まっていた使用人達と一緒に、力強く返事をして……ついに、ミュリアの誕生日パーティーが、幕を開けた。




