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蠢く影

「くそっ!! やってられるか、こんな仕事!!」


 ルークウェル公爵領のとある場所で、一人の男が不満げに叫んでいた。

 酒を呷り、テーブルに叩き付けた彼の名は、オーリョ・ワルーノ。


 公爵家の財政管理の責任者をしていたのだが、度重なる横領が発覚してクビとなり……処刑は免れたが、戻された実家の子爵家との取引が全て止められてしまったため、既に没落してしまっている。


 そもそもこの国において、子爵家以下は準貴族と呼ばれ、その身分は寄親となる伯爵家以上の貴族が保証する形で王家から与えられている。

 ワルーノ子爵家の場合はルークウェル家が後ろ盾となって誕生した家門であったため、そのルークウェル家に見限られた時点で子爵位は剥奪されてしまうのだ。


 爵位を失ってしまった以上、ルークウェル家以外との取引も上手くいくわけがない。

 元より商売で成り上がった家だったため、それが出来なくなれば没落するのも必然。


 現在は、町の土木仕事などで細々と日銭を稼ぐ日々を送っていた。


「それもこれも、全てあのガキのせいだ!! 余計なことをしやがって……!!」


 没落の元凶となった少年……ポッと出であっさりと不正を見抜いたロロン・ハートナーの顔を思い出し、オーリョの顔が憎悪に歪む。


 ルークウェル家は武門の家で、その家臣達も武力で成り上がった者達が多かったため、財政管理をする人間達も計算に不慣れな人間が多かった。

 そこに付け込んで好き勝手していたオーリョが全面的に悪いのだが……ロロンさえいなければ、と完全に逆恨みしている。


「おい、俺はいつまで我慢しなきゃならないんだ? あんなガキ一人殺せないようじゃ、ルークウェル家をぶっ潰すって俺の望みはいつまで経っても叶いそうにないんだが?」


 彼が現在いる場所は、借りている安宿の一室だ。

 共に安酒を酌み交わす同居人もなく、完全に一人きり。

 虚空に対して文句を述べるその姿を見れば、奇妙に思うだろうが……彼の目には、全く異なる光景が見えていた。


 彼が見つめる視線の先には、黒い影が形となった化け物が一体。

 三日月のように口を歪め、その化け物……悪魔が、オーリョにだけ聞こえる声で語り掛ける。


『俺の力は下準備に時間がかかるんだよ。三年前のアレで十分分かったろ? 適当にやって殺せる相手じゃねーんだ』


 クケケケ、と悪魔が笑う。


 三年前、ロロン達が対峙した悪魔グレムリンは、この悪魔が呼び寄せた存在だった。

 どうしてもロロンを殺したいという、オーリョの願いに応えるために。


「だからって、三年は長すぎるだろう! 俺の寿命を対価にくれてやるんだ、ちゃんと仕事してくれないと困る」


『ケケケケ! 人間は本当にせっかちだな、そんなだから足を掬われるんだぜ?』


「っ……!!」


 悪魔の言葉に、オーリョは歯を食いしばる。

 事実、オーリョがああもあっさりとロロンに横領を見抜かれたのは、何度も繰り返すうちに隠蔽工作がアバウトになり、最後はほぼ何もせず雑に数字を弄るだけになっていたからだ。


 もっと慎重に立ち回れば、ああも容易く見破られることはなかったろうに。


『まあ安心しろよ、時間はかかったが、準備はもう整った。後は絶好のタイミングでそれを使うだけだぜ』


「絶好のタイミング……?」


『こいつだ』


 影から零れ落ちて来たのは、一枚の封筒。

 それが一体何なのかと拾い上げたオーリョは、内容を見て目を丸くする。


「これは……招待状? しかも、ルークウェル公爵家の……ミュリアお嬢様の誕生日パーティーだと!? そんなバカな!?」


 単純に、ミュリアの誕生日パーティー……すなわち、人前に出せるほどにその力が落ち着いているという情報も、オーリョにとっては驚愕だ。


 しかしそれ以上に、自身の体に宿ったままずっと傍にいたはずの悪魔が、どうやってこの招待状を入手したのかというのが何よりも驚きだった。


『安心して、全て任せな。この俺……大悪魔、ベルゼブブ様になぁ』


 不気味に笑う影に、オーリョの背筋をぞくりと恐怖が走り抜ける。

 しかし、なぜかその恐怖が、危機感にまで繋がらない。


「ああ……任せたぞ、相棒」


 こうして、オーリョはベルゼブブと共に、新たな脅威となって立ち上がるのだった。

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