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初めてのお出かけ

 ミュリアの誕生日パーティーを開くことが決まり、その準備が着々と進む中、俺も忙しく駆け回っていた。


 俺は一応、財政管理部門の責任者を追い出しちゃったわけだしな……ただでさえ仕事は増えているのに、パーティーともなれば更に増える。


 パーティーの飾り付けやら料理やら服やら、集まってくる貴族達の宿の手配、馬車を受け入れてくれる厩舎の手配。

 当然、貴族が集まるということはその付き人も集まるため、町に金は落ちるがその分物資も目減りするだろうから、事前通達や買い付けの補助……要するに商人の招致など。

 公爵家だけでなく、領内全てで大きな金が動くため、それを管理する俺達の仕事量は天井知らずだ。訓練すらロクに出来ん。


 それでも、一ヶ月ほぼ泊まりがけで働き続けたお陰で、何とか当面の山を超えることは出来た。


 ようやく訓練を再開出来る……! 遅れを取り戻さねば!


 と言いたいところだったけど、それ以上に大事なミッションが俺に課されることとなった。


 パーティーまで残り一ヶ月。ミュリアが少しでも人に慣れた状態で臨めるように、町へ連れ出してやって欲しいとディラン公爵から頼まれたのだ。


「ロ、ロロン……どう、かな……?」


 いつもの離れで、準備を整えたミュリアが恥ずかしそうに問いかけてくる。


 その身に纏うは、彼女にとっては生まれて初めて着用する外行きの白いドレス。

 あまり華美になりすぎないよう、それでも確かな品位が感じられるよう絶妙なバランスの下デザインされたそれは、ミュリアの儚げな雰囲気を昇華させ、穢れを知らない深窓の令嬢のような美しさを醸し出している。


 事実、ミュリアはこの上ない箱入り娘なので、自分の姿が周りからどう見えるか分からないんだろうな。


 当然、そんなミュリアにかける言葉など決まっている。


「すごく可愛いよ。まるで天使みたいで、思わず見惚れちゃったよ」


「そう、かな……えへへ……」


 褒められて嬉しかったのか、ふにゃふにゃと笑みを溢す。

 比喩のつもりで言ったけど、この笑顔は本物の天使だろ。もう可愛すぎて死にそう。


「それじゃあ、行こうか」


「うん……!」


 ミュリアの手を取り、離れの外へ。

 少しだけ踵が高い靴に不慣れな様子を見せながら、フラフラと歩く彼女のペースに合わせながら、ゆっくりと馬車へ乗り込む。


 緊張しているのが誰の目から見ても明らかなその姿に微笑ましさを覚えながら、俺はその頭をそっと撫でた。


「大丈夫、俺がいるから」


「……うん……」


 俺の肩に頭を預け、甘えるように擦り付けてくる。

 そんな俺達を乗せたまま、馬車は町に向けて出発した。


 周りを固めるのは、リック団長を含む騎士団の精鋭達。

 ちょっと物々しい気はしないでもないけど、娘が心配な公爵の親心と思えばこんなものだろう。


 最初からお忍びでっていうのはハードルが高いしね。


「わあ……」


 ゆっくりと、徒歩とほぼ変わらないスピードで進む馬車の窓から、外の景色を眺めて感嘆の声を漏らすミュリア。


 特に、変わったものがあるわけじゃない。

 ごく普通の、石造りの家。

 時折挟まるレストランや服飾店、雑貨屋などの店も、道行く人の顔触れも、特に珍しいものは何一つない。


 でも、生まれてからずっと離れの中に監禁されていたミュリアからすれば、そんなごく当たり前の光景こそが、何よりも求めていたかけがえの無いものなんだろう。


 それが分かるからこそ、はしゃぐミュリアを止めたりはしないけど……危ないは危ないので、そっと体を支えておいた。


「ミュリア、どこか行ってみたい店とかあるか? もしあれば、言えば止めて貰えるぞ」


「えっ、と……その……」


 もごもごと、口を動かしながら外の景色と俺の顔とを交互に見る。

 何が言いたいのか、概ね察した俺は小さく笑いかけた。


「しばらく景色を楽しみたいなら、そうしようか。今日はまだ、時間はたくさんあるんだからな」


「……うん」


 それで正解だったのか、嬉しそうに目を細めるミュリアは、もう一度外の景色を眺め始める。


 そうして、町を一周するまでの間、ミュリアはゆっくりと景色を楽しんで……二周目に入ったところで、ある店に視線が釘付けになった。


「あ……」


 明らかに、一周目の時から特に気になっていたんだろう。また目にしたその店に惹き込まれているミュリアを見て、俺は御者へ声をかける。


「止めてください。ほら、行こう、ミュリア」


「え……あ……」


 まさか止まるとは思っていなかったのか、戸惑うミュリアの手を引いて店へ向かう。


 そこは、子供向けの玩具やぬいぐるみが並ぶ、なかなかファンシーな雰囲気の店だった。


 思えば、ミュリアにとってこれまで長らく共に居た友人と呼べるのは、離れのぬいぐるみ達なんだろう。

 それもあって、この店に並ぶぬいぐるみ達に惹かれたのかもしれない。


「わあ……」


 案の定、ミュリアは店に入った途端、棚に並ぶぬいぐるみの群れに瞳を輝かせていた。


 逆に、店員さんの方は大慌て。

 まあ、騎士を引き連れた貴族のお嬢様が突然来店すれば、こうもなるだろう。


「ご、ご来店ありがとうございます! 何をお求めでしょうか……?」


 何の心の準備もなく、俺達の対応をすることになってしまった哀れな生贄(?)は、若い女性だった。


 そんな彼女に、こちらからはリック団長が対応する。


「突然大勢で押しかけてすまないな、我がルークウェル家のお嬢様が、こちらの店の商品に興味を持たれたようで、立ち寄らせて貰った」


「ルー……!?」


 どうやら、まだ俺達がルークウェル家の人間だとまでは気付いてなかったらしい。

 どうすればいいの!? みたいに目を回している彼女が不憫に思った俺は、横から声をかけることに。


「お姉さん」


「ひゃい!?」


「あのぬいぐるみ、取って貰えませんか?」


 ミュリアが、数あるぬいぐるみの中で一番意識を持っていかれているのは、棚の高い位置にあるクマのぬいぐるみ。

 騎士を模しているのか、デフォルメされた剣と鎧を装備したそれを指差すと、店員のお姉さんは慌ててそれを手に取って、俺に差し出した。


「ど、どうぞ……」


「ありがとう。ほら、ミュリア」


「あ……えっと……」


 ぬいぐるみを受け取ったミュリアは、嬉しそうに頬を綻ばせながら笑みを浮かべる。


「ありがとう……ロロン……」


「どういたしまして。こっちのお姉さんにも、お礼言ってあげて」


 え!? と、お姉さんは顔を引き攣らせているけれど、今回の外出はミュリアが人に慣れることが最大の目的だ。悪いけど、練習台になって貰おう。


「あ……あり、がとう……」


「は、はい……その、光栄です……」


 緊張しながら、それでも精一杯お礼の言葉を伝えるミュリアの姿は、あまりにも可愛い。

 それに絆されたのか、お姉さんもぼんやりとそれに見惚れている。


 うん……ひとまず、領民Aとの初邂逅は、成功かな?


 そんなことをしている間に、慌てて店の奥から出てきた店長のおじさんがリック団長とやり取りして、会計を済ませてくれたらしい。

 ぬいぐるみを抱いたままのミュリアを連れて、馬車へと戻った。


「ロロン……」


「うん? どうした、ミュリア?」


 乗り込んだところで、ミュリアがもじもじしながら話しかけてくる。


 じっと俺を見つめながら、恥ずかしそうに……それでも、しっかりとした口調で。


「ロロン……大好き……」


「…………」


 ふにゃり、と笑みを浮かべながらのその一言は、凄まじい破壊力で俺の心を貫いた。


 あまりにも、可愛すぎるだろ……!!

 だが、ここで動揺なんてしてはいけない。ミュリアの無邪気なその言葉に、変な意味などないのだから。

 大人(同い年だけど)の俺が、大人の余裕をもって受け止めないと。


「俺も好きだよ、ミュリア」


「えへへ……」


 ポンポン、と撫でる俺に、ミュリアは更に幸せそうに笑って……。


 こうして、ミュリアの初の外出は、大成功の内に幕を閉じた。


 パーティー当日も、こんな風に平穏に終わればいいと……そう願いながら。

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