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親子の再開

 ついに、ディラン公爵とミュリアが対面する日がやって来た。


 俺が同席することについては、むしろ公爵……ではなく、その側近からそうして欲しいと頼み込まれたので何も問題ない。


 公爵本人はともかく、側近達はまだ不安なんだろうな、ミュリアが父親を前にして正気でいられるかどうか。

 だから、現状唯一ミュリアのストッパーになれそうな俺に同席して欲しいと。


 で、他にもいざ暴発した時のための備えをいくつも施した上で、屋敷の一室でようやく父娘おやこ対談が叶ったんだけど……。


「…………」


「…………」


 いや……空気重っ!!


 お互い一言も発さないし、ミュリアに至っては視線すら合わせようとしない。


 そのせいか、ディラン公爵もどう声をかけるべきか迷ってるみたいだし……ああもう!


「ミュリアお嬢様」


「……?」


 俺が声をかけると、ミュリアはようやく顔を上げてくれた。


 そんな彼女の手を取って、出来るだけ優しく笑いかける。


「大丈夫ですよ、俺がいますから」


「……うん」


 少しでも緊張が解れてくれたら、と思ったけど、どうやら上手く行ったらしい。


 強ばっていた表情が柔らかくなり、ようやく公爵の顔を正面から見てくれて……。


 ……なんだか、ものすごく複雑そうな顔をした公爵の視線と交錯した。


「……公爵様?」


「ああいや、すまない。仲が良さそうで何よりだと思ってね」


 とてもそう思っている顔には見えませんけど。


 そんな俺の内心を察したのか、公爵は一つ息を吐いて……真剣な顔で再度口を開いた。


「本心だ。ロロン、君が娘と……ミュリアと仲良くしてくれて、本当に感謝している。君の尽力がなければ、私は今も手をこまねいて何も出来ず……今なお、ミュリアをあの離れから出してやることも出来なかったろうから」


 深い後悔と無力感を滲ませながら、今度は公爵の方が顔を俯かせた。


 まるで、裁きの時を待つ罪人のように。


「先程のあれは……親として、自分が何もしてやれないのに、君はそうして娘の確固たる信頼を勝ち取っているのが、少々羨ましくなっただけだ。笑ってくれていい」


「いえ、そんなことは……」


 自嘲する公爵に、俺はなんとも曖昧な返事を返す。


 ……実のところ、ミュリアや悪魔の力に対して特効を持つ“魔素”についての情報は、既に公爵やリック団長と共有してある。

 でもこの三年間、誰一人としてあの純白の魔力を生み出すことが出来なかったんだ。


 もしかしたら、子供の時からそういう訓練をしないと作れないのかもしれない。

 一応、クロウはまだ諦めずに挑戦してるっぽいけど。


 だからまあ……公爵がいつまでもミュリアの前に立てなかったことを、努力不足と切って捨てるのも難しい。


「ミュリアも……すまなかった。今更謝られても、迷惑かもしれないが……」


「……一つ、聞かせて」


 ここで、初めてミュリアが公爵へと声をかけた。

 驚く彼を、ミュリアはじっと見つめ続ける。


 その真意を、見極めようとするかのように。


「前に、一度……リックさんが、言ってたの。私の、離れ……少しでも、寂しくないようにって、お父様が自分で考えて、作らせたって……」


 言われて思い返せば、確かに離れの中は“魔力を封じ込める”という目的のために、かなり締め切られた空間になってたけど……それでも、最低限外が見えるように窓があったり、本やぬいぐるみなど、子供が好みそうなものを可能な限り集めてあったりと、出来る限りの配慮は感じられた。


 あれは、ディラン公爵自ら手配したのか。


「お父様が、会いに来れないのも……お父様が嫌がってるんじゃなくて、自分達が無理やり止めてるんだ……だから、恨むならお父様じゃなくて、自分にしてくれ、って……本当、なの?」


「……あいつが、そんなことを……」


 公爵自身も知らなかったのか、目を丸くしている。


 けれど、その表情はすぐに険しい物になり、首を振った。


「言い訳をするつもりはない。親の責務を果たせなかったのは、私自身の……」


「こんな時に、カッコつけないでください」


 思わず、二人の会話に割り込んでしまった。

 つい暴言みたいなのが飛び出しちゃったから、周りに控えてる側近達も殺気立ってるけど……でも、これは絶対に言わなきゃいけないことだ。


「言い訳がましいだとか、責任が誰にあるとか、ミュリアお嬢様が聞きたいのはそんな話じゃないでしょう。公爵家の当主としてではなく、一人の男として、父親として、“ディラン・ルークウェル”がどうしたかったのか、ミュリアのことをどう思っているのか。……この子が聞いているのは、あなた自身の嘘偽りない本心。それだけでしょう」


 俺が前世の記憶を取り戻してからの四年間、ずっとミュリアのことを考えてたし、誰よりもミュリアの傍にいた。


 だから、この子が欲しがっているのは、男親が望むような背中で語る逞しさなんかじゃないことはよく分かってる。そんなもんクソ喰らえだ。


 それを理解しろと、俺は目線で訴えて……公爵はそれを受けて、ぐっと歯を食い縛る。


「……ああ、そうだ。本当はもっと早く、ミュリアと会いたかった!! たとえこの身が蝕まれようと、あいつの……マゼンタの忘れ形見を、この手で抱き締めて、この手で幸せにしてやりたかったとも!! それを阻む公爵家当主という楔を、何度放り捨ててやりたいと思ったか分からない!! だが!! ……それがなければ、私にはミュリアを生かす力もない」


 ミュリアの力を抑え込むための離れは、その維持費だけでも相当バカにならない。

 当たり前だ、この世界でただ一人、主人公だけが対抗出来た力を封じようっていうんだ。それでいて、最低限人間らしい暮らしを保とうなんて……公爵家の財力なくして、そんなもの用意出来なかったはず。


 ディラン公爵がミュリアの傍にいられない理由が当主という立場のせいなら……生まれてからの十年間、ミュリアが誰も殺すことなく無事に生きることが出来たのも、当主が持つ権力のお陰なんだ。


「だから……繰り返しになるが、ロロン。君には、本当に感謝している。どうか……どうか、娘のことをよろしく頼む。この子を幸せにしてやれるのは、君だけだ」


「はい……必ず」


 深々と頭を下げるディラン公爵に、周りに立つ側近達が絶句している。


 そんな中、俺はその願いを真剣に受け止め……ミュリアは立ち上がって、公爵の傍へ向かう。


「ミュリア? 何を……」


「…………」


 そのまま、公爵の体に飛び付いたミュリアを見て、側近達があわや飛び出しかける。


 それを、他ならぬ公爵本人が片手で制し……その間も、ミュリアは自分の顔を押し付けるように、公爵の体にしがみつく。


 俺もよくやられてる、ミュリアなりの愛情表現だ。


「……私は、難しいことは、何も分かんない。でも……ロロンも、お父様は私を嫌ってるわけじゃないって……いつか仲直り出来るんだって、ずっと言ってくれた」


「…………」


 公爵が、驚いた顔で俺の方を見る。

 若干照れ臭くなった俺は、今はミュリアに集中しろとばかりにジェスチャーして、その視線を誤魔化した。


「だから……だから。一度だけ……お父様のこと、信じる。それと……」


 ミュリアの顔が公爵の胸から離れ、その瞳をじっと覗き込む。


 不安に揺れる公爵の青と、この四年間で徐々に光を取り戻してきたミュリアの赤とが見つめ合い……ふにゃりと。


 ミュリアが、下手くそな笑みを浮かべた。


「私もね……ずっと、会いたかったよ……お父様」


「っ……!! ミュリア……!!」


 感極まった様子で、公爵がミュリアを抱き締める。

 これまでずっと隔たっていた、お互いの心の壁を打ち砕くように……強く。


「すまない……すまなかった、ミュリア……!!」


「ん……もう、いいよ。でも……これからは、ちゃんと……傍に、いてね……?」


「ああ……ああ!! 必ずだ……!!」


 こうなったら、もう俺の出る幕はないな。


 父と娘、長らく離れ離れだった二人の、壊れかけた絆を少しだけ紡ぎ直せたことに達成感を覚えながら、俺は二人の様子をいつまでも静かに見守り続けるのだった。

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