一歩前進
悪魔……グレムリンと戦って、三年の月日が経った。俺も、もう十歳だ。
この三年の間、ディラン公爵主導の下で念入りに調査されたけど、あの時あの場所に悪魔が出現した理由は分からずじまい。
自然発生なんてありえないから、何かしらの要因があるはずなんだけどな。
というのも本来、悪魔は人の悪意に呼び寄せられる形で“異界”から現れ、その持ち主に寄生することで活動する。
強大な力と引き換えに、その人間が持つ悪意が増幅され、破壊と破滅を撒き散らしてはそこに生じる負の魔力を喰って生きる……そういう存在なんだ。
いわゆる“精神生命体”……肉体を持たない魂だけの存在である悪魔にとって、人に寄生するのはこの地上に長く居座る上で必須事項。
だというのに、あのグレムリンは魔力を固めることで仮初の肉体を作り、強引に活動していた。
つまりあいつは、自らの意思で悪意に惹かれて現れたのではなく、何者かが“召喚”した可能性が高い。
公爵家の騎士を襲うためか、はたまた別の目的があってたまたま遭遇したのかは分からないが……どちらにせよ、放置すればロクな結果に繋がらないだろう。
正直、この調査において何の力にもなれないのは、少し心苦しいよ。
「ふっ……!! どうしたロロン、剣が乱れてるぞ!!」
「っと……気のせいだよ、クロウ!!」
そんなモヤモヤとした気持ちを抱えながら、俺は現在クロウと模擬戦を行っていた。
片や木剣、片や木刀を持ち、クロウはそれを正面に、俺は腰に構えて対峙する、いつもの訓練。
あの悪魔討伐事件で何か良かったことを挙げるのなら、間違いなくこうして訓練に付き合ってくれるクロウという友人が出来たことは外せないだろう。
俺は十歳、クロウは二十八歳だそうなので、ちょっと歳は離れてるけどね。
「そうか? なら遠慮なく行くぞ!!」
そんなクロウが勢いよく踏み込み、俺に斬りかかって来る。
身体強化魔法によって人の限界を超えた速度で迫るその動きは、常人なら目で追うことすら難しい。
けれど、俺も一応はその常人から一歩はみ出た人間だ。
同じく身体強化魔法によって引き伸ばされた時間感覚の中で、クロウの斬撃に対応する。
「はっ……!!」
このためだけに作って貰った、木刀用の鞘とかいう奇天烈な物体から、木刀を引き抜く。
最速最短の抜刀術によってクロウの剣を弾き、返す刀で肩口を狙って振りぬいた。
「おっと、危ない危ない」
それを、クロウがひょいと後ろに跳んで躱す。
その頃には、俺も振り抜いた木刀を鞘に戻しており、追撃のために前へと踏み出していた。
「はあぁ!!」
「うおぉ!!」
俺が放つ斬撃を防ぎ止めるべく、クロウが木剣を構える。
抜刀術に求められるのは、何よりもスピードだ。
鞘に剣を納めたままという、必ず敵に対してワンテンポ遅れた状態から始動し、“後の先”を取るのが基本となるカウンター剣術である以上、相手より遅かったら何の意味もない。
でも……俺には他人より圧倒的に速いスピードなんて、備わってなかった。
瞬間的になら、魔素を使ってこの騎士団の誰よりも速く動くことは出来るけど……それだけだ。
だからこの三年間、その“瞬間的な爆発力”を、使いたい時にノータイムで使えるよう訓練を重ねた。
そこまで速くない通常時と、魔素を使った高速機動を淀みなく繋げることで、実際の速度よりもより速い動きに錯覚させる。その名も──
「《霞閃》」
途中まで首を狙うような挙動を見せ、クロウがそれに反応した瞬間に急加速。腹に木刀を叩き込む。
ごふっ、と腹を抑えて蹲るクロウに、俺はニヤリと笑いかけた。
「今日は俺の勝ちだな、クロウ」
「はあクソ……お前、本当に日に日に強くなってくな、ロロン……」
俺の言葉に、クロウはそう言って嘆くけど……正直、あんまりそんな感じはしないので、苦笑するしかない。
未だに、クロウと俺の模擬戦、勝率半々くらいだし。
ただ……対悪魔用の、魔素を使った技も練習しているから、そこは何とかなると信じたいな。
「ロロン……!」
「え? あ、ミュリアお嬢様!?」
そんなことをしていたら、騎士団の訓練場に思わぬ来客が現れた。
腰まで届く煌びやかな銀髪。
濁った血のように真っ赤な瞳には宝石の如き輝きを取り戻し、出会った頃より幾分か大きくなった俺の最推し。
ミュリア・ルークウェルその人だ。
「ロロン……!」
「わっ、とと……お嬢様、そんなに引っ付かれますと、汚れますよ。訓練したばかりで、汗だくですし」
「いい……ロロンだもん」
遠回しに離れてくれと頼む俺の意思を拒むように、ミュリアは逆に俺の胸に顔を押し付けてくる。
そう……この三年間で良かったことは、何もクロウと仲良くなっただけではない。
なんと、ミュリアが離れの外に出られるようになったのだ!
「それでもです。……調子はどうですか、お嬢様? 何か問題は?」
「ううん……ない。ロロンが、お守りくれたから……」
えへへ、とミュリアが胸元から取り出して見せたのは、俺が三年前まで使っていた、魔石のペンダントだ。
三年前の暴発事故以来、より一層俺に懐いてくれるようになったミュリアは、その精神状態を表すかのように魔力が落ち着きを見せ始め……ペンダントの助力があれば、魔素も作れるようになったのだ!
お陰で、今まで垂れ流しだった魔力が体内に抑え込めるようになり、俺も無理に身体強化など使わなくてもミュリアと触れ合えるようになったし、こうして外出許可も降りたというわけである。
もっとも、今はまだ屋敷の敷地内から出ることも許されてないし、逆に屋敷の中に踏み入ることも許されていない。自由に動けるのは、庭と訓練場くらいだ。
領民やディラン公爵と出くわして、そこで何かしら事故が起きたらマズイから、っていう事情から生まれた制限なんだけど……この一年、無事故のまま見事乗り切った。
これで、その制限も少しは緩和されるはずである。すなわち。
「これでやっと、公爵様と会えますね」
そう、町に出たり、他所の貴族と会ったりする前に、実の父親であるディラン公爵と対面する機会が設けられているのである。
一年前から予定していたことで、ディラン公爵本人も……心配性な家臣達を何度も何度も説得して、ようやく勝ち取れた妥協案がこれだった、っていう裏事情を、俺はよく知っていた。
「…………」
「やっぱり、怖いですか? 父親と会うのは」
ただそんな事情、実際に育児放棄同然に隔離されて、ようやく解放されても一年間会うことは出来ないと拒絶されていたミュリアからすれば、何の言い訳にもならないだろう。
一転して暗い表情で頷くミュリアの頭を、俺はそっと撫でる。
「心の準備が出来ていないなら、延期しても大丈夫ですよ。公爵様は許してくれるでしょうし……そうでなくとも、俺が認めさせますから」
自信満々に、俺は自分の胸を叩いてみせる。
たかが男爵家の息子が公爵に意見するなんて、普通ならまずありえないんだけど……あの人には“貸し”が一つあるので、それくらいは普通に通るだろう。
例の悪魔討伐、実は完全に内々で処理されて、悪魔の出現自体がなかったことになってるからな。
それに合わせて、俺とクロウが命懸けで討ち果たし、本当の意味で騎士団が全滅する事態を防いだ武功も、当然存在しないことになった。
悪魔なんて、お伽噺の中にしか存在しないような伝説の化け物が出現して、それを誘発した犯人も不明です、なんて話、領民達を不安にさせるばかりで何の得もないからな。隠したがるのは理解出来る。
俺自身、それに対して特に不満はないんだけど……まあ、貸しは貸し。ミュリアのために使えるなら、全力で利用する所存である。
「ううん……大丈夫。私……お父様に会う」
しかし、ミュリアは気丈にも俺の申し出を断り、顔を上げた。
ただやっぱり、不安がないわけじゃないんだろう。その手は震えたまま、縋るように俺の服を掴んでいる。
「でも、一人はやっぱり怖いから……ロロン、一緒にいてくれる……?」
「ええ、もちろん。それがお嬢様の望みなら、喜んで」
ノータイムで請け負うと、ミュリアは嬉しそうに笑みを浮かべる。
そんな姿を、可愛いなぁ、なんて思いながら眺めていると……。
「俺、完全に空気だな……やれやれ、邪魔者はさっさと退散するとしますかね」
クロウがそんなことを呟いて、その場を去っていった。
いや別に、忘れてたわけじゃないよ? ただミュリアのことが最優先だっただけで。
だから、そのなんか温かい眼差しで俺を見るのをやめろ!!




