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ミュリアが欲しかったもの

 ミュリアは、長らく離れの中で一人閉じ込められていたこともあって、誰も知らない特技が一つあった。


 それは、離れの外で響く音を、厳重に封鎖された壁越しであろうと正確に聞き取る、優れた聴力だ。


 それは、ミュリアの体内から無限に溢れる呪いの魔力が唯一もたらした、彼女への祝福だったと言えるだろう。


 それがあるからこそ、ミュリアは離れの中にあっても外の様子をある程度把握し、孤独に狂うのを少しだけ遅らせることが出来たのだから。


 しかし……その日だけは、優れた聴覚が仇になってしまったと言えるかもしれない。


『ねえ聞いた? あの話』


『あの話って、遠征に行った騎士団の話?』


『そうそう!』


 離れの傍は誰も近寄らないことから、使用人達の密談の場としても利用されていたのだが、その会話の中に、ロロンが参加した遠征部隊に関する情報が入っていた。


 既に約束の一週間が過ぎ、寂しい思いをしていたミュリアは、思わずその話に意識を集中させ──


『なんか、全滅したんですってね。悪魔に襲われて』


「……え?」


 その言葉の意味を、咄嗟に理解出来なかった。


 全滅? それはつまり、全員死んだということか?

 全員死んだということはつまり……ロロンも死んだということか?


 つまり……もう、ロロンには会えない?


「あ、ああ、あ……」


 頭で理解した途端、体の奥底から、これまでずっと押さえ込んできたモノが暴れ出すのを感じた。


 ミュリア自身がその感情を自覚するよりも先に、その身に宿る呪いの力が反応し、ぶちまける。


 何よりも大切な物を奪い去った世界への憎しみと悲しみを、ミュリア本人に代わって泣き叫ぶように。


「あぁぁぁぁぁ!?」


 これまでで最大規模の暴走は、ただミュリアの呪いを抑え込むためだけに建てられた離れの封印すら軋ませ、周囲へとその影響を広げていく。


 離れの近くに生えていた草木が枯れ落ち、鳥や虫などといった小動物達が一目散に逃げ出し、仕事の息抜きに来ていたメイド達も悲鳴を上げて逃げ惑う。


 やがて、事態を把握した騎士達が集まり、離れを取り囲んだのだが……誰一人、事態を収拾する術を持たなかった。


『リック団長! どうすれば……!』


『……今はとにかく見守るしかない。影響が無視できない範囲に拡大するようなら……俺が、この首と引き換えに終わらせよう』


『団長!?』


 それが何の話をしているのか、幼いミュリアにも何となく理解出来た。


 手の付けられない化け物(じぶん)を殺すことで、事態を収拾しようとしているのだと。


(もう……それでも、いいかな……)


 ロロンが死んだ。

 生まれてからこれまででただ一人、自分に優しく声をかけ、傍に寄り添ってくれた人はもういないのだ。


 自分が生きていても、ただ周りに迷惑をかけるばかりで……それならもう、ここで死んだ方がいい。


 全てを諦め、沈んでいく心。

 それを拒むように、呪いの力は逆に勢いを増していき──


「ミュリア!! 無事か!?」


 そこに、死んだと思っていたロロンが現れて、ミュリアは激しく混乱した。


 死んだと思っていたロロンが生きていて、嬉しいと思う気持ちと同時に……一度諦めたその心は、今一度固く閉ざされようとしていたのだ。


「こ、来ないで……! 危ない、から……!」


 それは、ロロンの身を案じる言葉であると同時に、明確な拒絶の意思でもあった。


 これ以上、世界に希望なんて持ちたくない。

 分かったのだ。もし今回の話が勘違いだったのだとしても、ロロンが傍に居続ければ、いずれ自分の力で彼を殺すことになるかもしれないのだと。


 そうなるくらいなら、もう……ここで死んだ方がマシだと、本気でそう思った。


 しかし。


「安心してください。誰がなんと言おうと……たとえあなた自身に拒絶されても、俺はあなたの味方です」


 そんなミュリアの気持ちを見透かしたかのように、ロロンはそう言って抱き締めてくれた。


 これまでも手を繋いだり、頭を撫でられたりと、軽いスキンシップなら何度もあったが……これほどまでに強引に、力強く抱き締められたのは初めてだ。


(ロロン……ロロン、ロロン……!!)


 不安も、絶望も、悲しみも、全てがロロンの体から伝わる“熱”に溶かされ、消えていく。


 当人に聞けば、それは単に魔素によって溢れる呪いに栓をしていただけだと答えるだろうが……ミュリアにとっては違った。


 それはミュリアにとって、初めて感じる人肌の温もり。

 呪いのせいで両親から貰い損ねた、“無償の愛”なのだから。


「っ……!! うぅ、うわぁぁ……!!」


 涙など、とっくに枯れたと思っていた。

 人ならざる呪いの子に、泣く資格などないのだと思っていた。

 しかしロロンは、泣きわめくミュリアを咎めることもせず、ただ優しくあやしてくれる。


 ひび割れた心が、満たされていく感覚。

 これまで一年間、拒絶を恐れながら少しずつ求めていたものはこれだったのだと、ミュリアはようやく自覚した。


(もう……これ以上、何もいらない。ただ、ロロンさえいてくれたら……私はもう、それだけで……)


 あれほど荒れ狂っていた呪いの力が、ようやく落ち着ける場所を見付けたかのように鎮まっていく。


 この日この瞬間、ミュリアは生まれて初めて、自らの持つ呪いの力が完全に体の中で動きを止めたのを感じ取った。

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