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暴発事故

 グレムリンとの戦いを、何とか勝利で終えた俺達。

 ただ、勝ったからそれでめでたしめでたし、と言うには、相手が悪すぎた。


 クロウは割とあっさり起きたから楽観的に見てたんだけど、あれは例外的な感じだったらしい。だーれも起きてくれないの。


 二人だけで運び出すには、騎士の数が多すぎる。

 放置するには、森の中は危険過ぎる。


 つまり、地元の人間に助けを求めないといけないわけで……栄えある公爵家の騎士団が実質全滅している、なんて恥を晒さなきゃいけないんだよなぁ。


 ただまあ、ディラン公爵は名誉のために全滅しろなんて口にするような外道ではないので、悪魔出現というセンシティブな情報だけ伏せて、地元の冒険者に救助して貰った。


 なんで七歳児がいるんだよ、というごもっともな指摘を頂戴しながら、俺自身も魔力欠乏で動けない日々を数日過ごし……ようやく帰路に着いたのは、今回の遠征に出発してから一週間を過ぎた頃だ。


「はあ……ミュリア、大丈夫かな……」


 遅くても一週間で戻ると伝えたのに、余裕で越えてしまった。

 あの子の精神状態が心配でソワソワする俺に、同じ馬車に乗るクロウがからかうように語り掛けて来る。


 なお、お父様は外を歩いてる。帰りは功労者の二人が乗っていけってさ。


「そんなに心配か? お嬢様が」


 にやにや笑うその姿は、少し前なら「嫌味か?」と思ったところだけど……グレムリンとの戦いで共闘したこともあって、ここ数日で随分と仲良くなれた。

 もっと砕けた口調で、呼び捨てにしていいって言って貰えるくらいには。


 だからまあ、単純に面白がってるんだろうな。


「当然だろ、お嬢様は……まだ、そんなに良い精神状態じゃない」


 俺が関わるようになって、ミュリアもまともにご飯を食べてくれるようになったし、だいぶ心を開いてくれたとは思う。


 でも、まだまだ危うい感じが抜けていないし……万が一俺に何かあったら、状況が一気に悪化しかねないと感じていた。


 こうして無事に帰路に着けてはいるけど、約束の時間を過ぎてしまったことをどう受け取るか……結果が読めない。


「……ロロンがそう言うなら、そうなんだろうな。俺に出来ることはほとんどないが……まあ、手伝えることがあれば言ってくれ、協力する」


「ありがとう、クロウ。……あ、そういうことなら、俺の訓練相手になって貰っていいかな? 抜刀術って普通の剣術と違うから、相手を見付けるのも難しくてさ……」


 当たり前だが、こんな奇怪な剣術を主として使う相手なんて、この世界にはほぼいない。

 そんな相手との訓練なんて日常的にやってたら、変な癖がつく可能性もあるし……まあ、やりたくないよなぁ。


「そんなことでいいなら、いつでも相手になってやるよ」


「助かるよ」


 なんかこう、助けた恩に着せるみたいな感じでちょっと気が引けるけど、グレムリンとの戦闘で少し掴んだ感覚をしっかりと定着させるには、訓練で反復するしかない。


 そんなことを話しながら、俺達は馬車に揺られ公爵家の屋敷を目指し進んでいく。


 と……町に近付いて来たところで、屋敷の方に明らかな異変が生じていることに気が付いた。


「なんだ、あれは……?」


 クロウが呟く視線の先に見えたのは、屋敷から立ち上る漆黒の光。

 それが何であるかなんて、考えるまでもない。


 ミュリアの、呪いの魔力だ。


「くそっ……!!」


「ロロン!?」


 馬車を飛び降りた俺は、魔素を使って身体強化魔法を全開。

 困惑している騎士達を置き去りにして、屋敷に向かって走り出した。


「間に合ってくれよ……!!」


 これで変に犠牲者なんて出ようものなら、状況が取り返しのつかない状態になっちまう。

 いやそもそも、どうしてこのタイミングで魔力が暴走した? 俺が遅いから怒ったっていう理由だけならいいけど、もし万が一悪魔が関わっていたら、本当にマズイ。


 ──これで勝ったと思うなよ、人間!! 俺様達悪魔がこの地上を支配する時は、刻一刻と迫っている!! それまでの束の間の平穏を、精々満喫するといい!!


 グレムリンの遺した言葉が、頭の中を過る。

 事実、アニメにおいても悪魔達がミュリアの力を利用して、王国を灰燼に帰すべく暗躍していたわけで……もしかしたら、それが始まったんじゃないかという不安が拭えない。


 最悪の事態を想定しながら屋敷に飛び込み、恐怖に竦んで動けなくなっているメイド達の間を抜け……騎士達が取り囲む離れにまでやって来た。


「リック団長!! 状況は!?」


「ロロンか!? 分からん、まだ誰も中の状況を確認できていない……離れの封印を破るほどに、お嬢様の魔力が暴発したのは初めてのことだ」


 どうやら、団長もこの濃密な呪いの渦中に飛び込むことは難しいみたいだ。


 ……それなら猶更、躊躇ってる場合じゃない。


「後のことは頼みます」


「なっ……待て、ロロン!!」


 リック団長の制止を振り切って、俺はその呪いの魔力に突っ込んでいく。

 刀を引き抜き、魔素を宿した刃で魔力を切り裂いて、何とか入り口までの道をこじ開けた。


「ミュリア!! 無事か!?」


 扉を蹴破って、中に突入する。

 刀を腰だめに構え、悪魔がいれば即座に斬り捨てるつもりで中を見渡すけど……そこに、悪魔の姿はなかった。


 ただ、魔力を暴走させながら泣き崩れているミュリアがいるだけだ。


「……ロロ、ン……? なんで……?」


「遠征が終わったから、急いで戻ってきたんです。それより、これは……一体どうしたんですか?」


 悪魔はいないみたいだけど、こうして同じ屋内にいるだけでどんどん体が蝕まれていくのが分かる。

 魔素で覆ってるのに……くそっ、こんなところでも、自分の未熟さが嫌になるな。今は死んでも堪えろ。


「ロロンが、死んだって……そういう話、聞こえて……それで……」


「ああ……なるほど」


 どういうルートでかは知らないけど、俺達の部隊が全滅したっていう話が、少し尾ひれがついて伝わったんだろう。

 それで、こうなったと……ふう、俺が戻ってくるタイミングで良かった。


 そうでなければ、大惨事だったし。


「俺ならここにいますよ。だから大丈夫です」


「こ、来ないで……! 危ない、から……!」


 自分がどういう状態になっているか、それに近付くとどうなるのか、ミュリアには分かってるんだろう。

 それでいて、自分の意思でそれを抑えられないから、制止しようとしてる。


 でも、それで止まるわけにはいかない。

 いくら呪われた力を持つ悪役令嬢だろうが、この勢いで魔力を放出し続けたら、周囲だけでなく本人すらも無事で済む保証はないんだから。


「大丈夫、大丈夫です」


 刀に残っていた魔素を全部放出して、全身を覆う。

 こんな雑な使い方したら、ものの数分で全部尽きて俺も死ぬけど、今はそんなこと言ってられない。


 その状態で、俺はミュリアの傍までゆっくりと歩み寄って……ゆっくりと、抱き締めた。


「俺は死にませんし……ミュリアお嬢様がどんな力を持っていようが、決して傍から離れません。何があっても、何に阻まれようと、必ず戻ってきます」


 少しだけ体を離し、今にも泣きそうなミュリアと正面から見つめ合う。


 こんな呪い、大したことないんだと安心させるように、努めて平然と笑いながら。


「だから、安心してください。誰がなんと言おうと……たとえあなた自身に拒絶されても、俺はあなたの味方です」


「っ……!! うぅ、うわぁぁ……!!」


 今度はミュリアの方から、俺に抱き着いてきた。

 その細く小さな体をもう一度抱き締めて、魔素でそっと覆ってやれば……噴出する魔力も、少しずつ落ち着いていく。


「ロロン……ロロン……!! うわぁぁぁん!!」


「よしよし、もう大丈夫ですからね……」


 何度もそう伝えながら、俺はミュリアの背中をさすってあやし続けて……。


 ミュリアが泣き疲れて眠ってしまうその時まで、離れに居座り続けるのだった。

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