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悪魔討伐

 クロウは、騎士団の中では既に中堅と呼べるほどの経験を積んでいる。

 それでいて、実力も団長クラスとは言わずとも、かなり上位に位置していると自負していた。


 そうでなければ、平民の出である自分には、騎士を名乗る資格はないだろうと思っていたからだ。


 だからこそ……目の前の光景が、彼には受け入れ難かった。


(ちくしょう……!! なんて強さだ、俺が介入する余地がねえ……!!)


 明らかな異形、肩乗りサイズの小さな悪魔に操られた騎士の群れは、しっかりと本来の実力を発揮しているように見える。


 そんな騎士達を相手に、たった一人で対抗しているのがロロン・ハートナー……七歳の男児だ。


 突っ込んでくる騎士達の攻撃を捌きながら、反撃の一打で見事に無力化していく姿は、どうしても圧倒的な才能の差を感じずにはいられない。


(すみません、マゼンタ様……俺は、あなたが期待したような騎士には、なれませんでした……)


 打ちひしがれ、膝を折るクロウ。

 そんな彼の下に、小さな瓶が転がってきた。


 一体何かと目を向けて……それが、戦闘中でも飲みやすいようにと作られた、魔力回復薬の瓶だと気付く。


「はあっ、ぜえっ、はあっ……!! くっ!!」


 よく見れば、ロロンの顔は遠目にも分かるほどに真っ青で、魔力欠乏を回復薬で誤魔化しながら強引に戦っているのが見て取れた。


 必死に悪魔を狙い、片手間で騎士達を解放しているように見えて……その解放を一度行うごとに、凄まじい魔力を消耗しているのだろう。表情に余裕がない。


 逆に悪魔の方は、そんなロロンを見て余裕を取り戻しつつあった。


『クカカカ!! どうした、随分と辛そうだなぁ!?』


「はっ……ただの錯覚だよ。お前こそ、手駒がどんどん減って困ってるんじゃないか? 自分の力で戦う勇気もない臆病者がよ」


『……クカカ、てめえは絶対に簡単には殺さねえ。この手でじわじわと嬲り殺しにしてやる!!』


 ロロンも、余裕はない。

 むしろ、余裕がないことを虚勢と薬で誤魔化しながら、不利な戦いをそれでも必死で戦っているのだ。


 どうしてそこまで、とクロウは思う。


 この状況だ、一人逃げ出したとて、襲い来る騎士を斬り殺したとしても誰も文句は言えない。


 それなのに、ロロンは自身の絶大な消耗を理解しながら、騎士を守り戦い続けている。


 自分と同じように、彼を邪険に扱う騎士だって決して少なくはないにも拘わらず。


「クロウ!!」


 困惑している彼の耳に、ロロンの叫び声が聞こえた。

 ハッとなって顔を上げると、ロロンは顔も向けずに一方的に告げる。


「何もしないなら、さっさと逃げろ!! ……俺も、一人でこのまま勝ちきる自信はない」


「っ……!!」


 思わぬ言葉に、クロウは一瞬だけ硬直し……沸々と、怒りの感情が込み上げて来た。


(一人だけ、カッコつけやがって……!!)


 自分一人なら逃げる選択肢もあるのに、あれだけ拒絶の意思を見せていたクロウに逃げろといい、一人で命を賭して戦い続ける道を迷わず選ぶ。


 それはまさに、自分が今は亡きマゼンタ夫人に誓った騎士としての姿であり……力や才能がないからと、こんなところで膝を折っているのは、騎士として在るべき姿ではない。


 自らの原点を思い出したクロウは、今一度冷静に状況を俯瞰する。


 自分の実力と、ロロンの力、それに悪魔の挙動を観察した上で──


「くそっ!!」


 クロウは、その場から逃げ出した。

 そんな彼の姿を、背後から悪魔が嘲笑う。


『クカカカ!! 本当に逃げやがったぜアイツ、ガキを戦わせて自分は逃げる大人なんて、随分と情けねえ騎士様だなぁ。お前もそう思わないか、ガキぃ?』


「うるせえ、お前は俺が斬る!! ……くっ」


 威勢の良い言葉を吐いても、肉体的に限界であることに変わりはない。


 力が抜けるように膝を突いたロロンに、騎士が二人飛びかかると、その体を左右から押さえ付けた。


「ぐあ……!!」


 刀が手から零れ落ち、地面を転がる。

 それを、これ見よがしに蹴って茂みの向こうへ飛ばした悪魔は、動けないロロンの側へゆっくりと迫っていく。


『クカカカカ……!! 言ったよなぁ、最後はこの手で嬲り殺すってよ……さあ、どうして欲しい?』


 不気味な笑みを浮かべながら、悪魔……グレムリンはその腕を変形させ、針のように鋭いナイフへと形を変える。


 それを、ロロンへと突き付けた。


『まずはその生意気な舌を斬り取るか? 腕を斬り落として、二度とご自慢の剣を振れない体にしてやってもいいな。目玉をゆっくりとえぐり出して、苦痛に泣き叫ぶ様を見せてくれよぉ……!!』


 悪魔は人の負の感情から生まれる淀んだ魔力を好んで喰らい、それを糧として生きている。

 ロロンの心を殊更追い込むように迫っているのも、悪魔からすれば獲物をより美味しく頂くための調理のようなものだ。


 しかしそれは──勝利を確信しているが故に生じる、一つの油断でもある。


「……やれるもんならやってみろ、喰らえ!!」


『っぐ、グワァァァァ!?』


 刀を失ったロロンだが、それで魔素を扱う手段が失われたわけではない。

 魔石を改造して作ったペンダント、そこに込められていた魔素を解放することで、目眩しの閃光を放ったのだ。


 悪魔にとって特効を持つ魔素が放つ光は、グレムリンの目を強烈に焼き、その動きを一瞬だけ封じ込める。


 もちろん、それだけではロロンに打つ手などなかったろう。

 この閃光はグレムリンの動きを止められても、今まさにロロンを押さえ込んでいる騎士達の洗脳を解くには不十分だからだ。


 しかし──それも、ロロンが一人だったらの話だ。


「うおぉぉぉぉ!!」


 グレムリンが見せた隙を突くように、クロウが突っ込んでくる。

 逃げ出したフリをしてタイミングを見計らっていた彼は、己の剣に魔力を纏わせ……大地が砕けるほどに力強く踏み込み、グレムリンの体を斬り裂いた。


『ギャアァァァァ!? キ、キサマァァァァ!!』


 これには堪らず、グレムリンも悲鳴を上げる。

 しかし、それだけで仕留めきれるほど、悪魔は甘い存在ではない。

 全身を魔力で構成している悪魔に、“急所”は存在しないのだ。


 すぐさま目と斬られた体を再生させ、クロウに反撃すべく振り返る。


『大人しく逃げていれば良かったものを……貴様もブチ殺してやる!!』


 細長い針のようなナイフを触手のように伸ばし、グレムリンはロロンの心臓を貫こうとして──


 その瞬間、魔素の純白の輝きが、斬撃となってグレムリンを左右真っ二つに断ち切った。


『カ、ハ……バカな……なぜ……』


 騎士が押さえ付けていたはずのロロンが立ち上がり、その手には先程遠くへ蹴り飛ばしたはずの刀が握られている。


 ゆっくりと刃先を鞘へと戻しながら、ロロンは種明かしするように語り出した。


「俺が目眩しした瞬間、クロウが真っ先に俺の傍まで拾った刀を投げてくれたんだよ。それに……クロウがお前を斬ったのは、本命を誤魔化すためのフェイクだったんだ。踏み込んだ足で揺らした地面の振動で、俺を拘束する騎士のバランスを崩すために……そうだろ?」


「……ああ、そうだよ」


 いわゆる、震脚。

 それを魔法で増幅し、ロロンを騎士の拘束から解き放つと同時に、グレムリンの気を引くために斬りかかった。


 後は、立て続けに不意打ちを喰らって視野狭窄に陥ったグレムリンを、ロロンが魔素の斬撃で斬り裂くだけ、という寸法である。


『そんな……バカな……この俺様が……こんな、人間ども、なんかに……だが!!』


 魔素の影響からか、一向に肉体が再生せず、徐々に消滅していくグレムリン。


 それでもなお、不気味な笑みを浮かべて叫んだ。


『これで勝ったと思うなよ、人間!! 俺様達悪魔がこの地上を支配する時は、刻一刻と迫っている!! それまでの束の間の平穏を、精々満喫するといい!!』


 耳にこびり付くような狂笑を遺して、グレムリンは消滅していく。


 こうして、ロロン達を襲った悪魔との遭遇事件は、何とか死者を出すことなく終わりを迎えるのだった。


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