決着
「ミュリア!! 正気に戻れ!!」
「あははは!! 私は正気だよ? ロロン、一緒に遊ぼうよ!!」
ロロンとミュリアが潰し合う光景に、マモンは小さくほくそ笑んでいた。
計画通りだと。
(少々、思い通りに行かないことも多かったですが……こうして理想的な形に持ち込めたのですから、結果としては良かったかもしれませんね)
ロロンの力を、マモンは決して侮っていない。
だからこそ、魔素への対策は最優先で行ったし、手駒を何度もルイスにぶつけることでその効果のほどもしつこいほどに確認済み。
だが、それだけで確実に勝てるとまでは思わなかった。
だからこそ、ミュリアを利用した。
ロロンにとって何よりも大切な存在を操ることが出来れば、その力を半分も発揮しきれないだろうと。
『さて、私からも"援護"といきましょうか……!!』
ミュリアの背後に隠れるように、マモンもまた漆黒の触手を振るって攻撃を繰り出す。
実質、大悪魔による二対一だ。すぐに決着がつくだろうと思っていたのだが……。
(ちっ、流石に粘りますね)
流石というべきか、ミュリアと二人がかりであっても、ロロンは簡単には崩れなかった。
防御に徹することで上手く触手を弾き、ダメージを受けないように耐えている。
いずれは押し切れるだろうが……。
「ミュリア!!」
『ふふふ、呼びかけていれば元に戻るとお思いですか? 無駄ですよ、彼女はとっくに悪魔そのものとなっていましたからね。悪魔である限り、私の支配からは逃れられない』
そして、と。
マモンはロロンを追い込むべく、更なる情報を開示する。
『あまりモタモタしていると、彼女の力を吸い上げてしまいますよ? 彼女の魂もろとも、ね?』
「っ……てめぇぇぇ!!」
ロロンが激昂し、その行動が攻撃的になっていく。
そうなれば、必然的に隙が生じ、仕留めるチャンスが巡って来る。
(貰いましたよ)
前に出ようと無理な動きになったその瞬間、マモンは触手を使ってロロンを貫くこうと解き放つ。
しかし……同じタイミングでミュリアも同じ位置へ触手を操作したため、両者の触手が干渉しあってトドメとは至らなかった。
小さく舌打ちを漏らすも、これもまた仕方がないかと諦める。
(いくら操っているとはいえ、細かいところまで完全制御とはいきませんからね。連携訓練などしていない以上、こういったこともある)
そう自分を納得させるマモンだったが……その後も似たような必殺の場面が、同じような形で潰されることを繰り返すと、流石に苛立ちが勝って来る。
(面倒ですね、先に力を吸収しますか)
重要なのはミュリアの存在であって、力ではない。
触手同士が激突しても一方的に押し退けられるように、操れるギリギリまで悪魔の力を吸い上げるのだ。
(徐々に弱っていく女を前にすれば、ロロンの動きもより一層焦りによって単調になるでしょうしね。ふふふ)
そんなことを考えながら、マモンはミュリアの首筋に触手を絡み付ける。
かはっ、とミュリアが喘ぐ姿に、ロロンが怒りを露わにした。
「てめぇ!!」
『ふふふ、さあ、早くしないとこの女の魂が消滅しますよ?』
ロロンを煽り立てながら、戦闘を続ける。
明らかに動きが鈍っている彼の姿に、マモンは己の作戦が成功することを確信した。
それを証明するかのように、マモンが繰り出した触手がロロンを吹き飛ばし──隙だらけのそこに、ミュリアが襲い掛かる。
(勝った)
ロロンが漆黒の触手に呑み込まれていくのを見て、マモンはそう判断した。
後は、ミュリアの力を吸い尽くし、ロロンの死体から新たな体を作り出すだけ──
『……ぐっ、う……?』
自らの明るい未来を想像するマモンだったが、そこで己の体に違和感を覚える。
まるで金縛りにあったかの如く、体が動かないのだ。
(元より寿命の短い体でしたが、もう限界が? いえ、これは……!?)
『ふふ……勝ったと思った……?』
頭に響く少女の声に、まさかと目を見開く。
その想像を肯定するかのように、少女──ミュリアは言葉を重ねていく。
『あなたの体は、ロロンへの対策で頭がいっぱい。それに、保険だって何重にもかけてある。悪魔を喰って回復するのもそうだし……もしそれでも回復出来ないようなら、祓われる前に魂だけ脱出できるように仕込んでもあるよね……?』
『っ……だから、わざと喰われることで能力を封じに来たと!? 正気ですか!?』
悪魔に自分自身を、魂もろとも喰わせるなど、命を投げ捨てるような愚行だ。
ロロンと共に在ることに執着しているミュリアがそんな行動に出るなど、マモンからすれば想像の埒外だった。
『正気だよ? "最初からずっと"……そう言ってたよね?』
『……まさか』
その言葉が意味するところを察したマモンは、触手で埋め尽くされた部屋の一角……ロロンのいたその場所が、爆発するようにして吹き飛んだ。
中から現れたのは、当然の如く無傷のままそこに立っているロロンだった。
「……確かに、これなら勝てるけどさ。ミュリア、後でお説教な」
『えー……“お仕置き”じゃ、ダメ?』
「……ダメ」
『今、ちょっと迷った?』
「迷ってない」
こんな状況だろうと関係なく、どこか気の抜けたやり取りを交わす二人に、マモンは恐怖を覚える。
どうにかこの場を切り抜けようと、保険として肉体に仕込んでいた“脱出機能”を使おうとするのだが……本当に、発動しない。
『無駄だよ。私の魂ごと力を喰ったんだから、私の魂はあなたと密接に結び付いてる。私がここに縛り付けてる限り、あなたの魂は動けない』
『くっ……!! このままでは、あなたも私もろともにロロン・ハートナーの攻撃で消滅しますよ!? それでいいのですか!?』
『しないよ、消滅なんて』
当たり前の事実を告げるかのように、ミュリアは断言する。
いっそ狂気すら感じられるほどの、全幅の信頼を滲ませながら。
『ロロンの刃は、絶対に私を傷付けない。だって、ロロンだから』
「確かにそのつもりではあるけどさ……ほんと、少しは疑ってくれないか? 毎度心臓に悪いんだよ」
腰を落とし、抜刀の構えになるロロン。
先程、魔族としての肉体さえも斬り裂いてみせたあの一太刀を──先程よりも、より鋭く研ぎ澄ませて放つために。
「さて……覚悟しろよ、クソ悪魔」
『ふ、ふふふ……ハハハハ!! まさか、この私が!! こんな……こんな幕切れを迎えるとは!!』
ミュリアの力で、身動き一つ取れなくなっているマモンが、哄笑を上げる。
自らの破滅を目の前にしても、それが可笑しくてたまらないとばかりに。
『いいだろう、人間!! この大悪魔マモンが抱える巨大な欲望……受け止められるものなら受け止めてみるがいい!!』
「はっ……出来るに決まってるだろ」
限界まで高めた魔素を刃に込め、一閃。
《神ノ太刀》。
必殺の一撃が、マモンの巨体を内部の魂もろとも断ち切った。
「あんまり人間を舐めるなよ、クソ悪魔が。それに何より……」
「ロロン!」
ロロンの刃によって魂が分かたれ、ミュリアの魂が元の体に戻る。
それに合わせて、悪魔の如く変異していた体も元に戻り……そのまま、ミュリアはロロンへと抱き着いた。
「勝ったね、ロロン……!」
「ああ、勝ったよ。俺達二人のな」
俺も、ミュリアも、一人じゃないんだから──
そう心の中で呟きながら、ロロンはしばしの間、ミュリアを抱き締め続けて。
こうして、大悪魔マモンが引き起こした一連の事件は、幕を下ろすのだった。




