マモンの力
ついに、諸悪の根源とも言える大悪魔マモンと対峙するところまで漕ぎ着けた。
けど……やっぱりというかなんというか、そう簡単には倒されてくれないらしい。
「《神炎ノ太刀》!!」
魔素に炎の属性を与え、抜刀術で相手を斬り裂く、俺の必殺剣技。
それが、魔の巨人と化したマモンの体を捉えるんだけど──
『効きませんねぇ!!』
「くっ……!!」
その斬撃は分厚い肉の表面を浅く傷付けただけで、すぐに再生してしまった。
反撃とばかりに迫り来るのは、その全身至るところから雑多に飛び出す漆黒の触手。
軽く居合で切り払いながら距離を置くと、俺と入れ替わりにミュリアが攻めに転じた。
「《黒触手》」
ミュリアの魔力が触手となって、マモンの巨体へ殺到する。
ただ、ミュリアの生み出す触手より、マモンの触手の方が太い。
その見た目に違わずパワーに差があるのか、ミュリアの触手は全て打ち払われてしまった。
「っ……!」
『温い、温い、温い!』
そのまま、ミュリアを叩き潰さんとマモンの巨腕が振るわれる。
すぐさま俺はミュリアの下へ飛び付いて、横抱きに回収して腕の攻撃範囲から逃れた。
「大丈夫か? ミュリア」
「うん……平気。でも……あいつ、固い」
「そうだな……どうしたもんか」
今のところ、俺達はマモンの攻撃を受けていない。
けど、あくまで“受けていない”だけで、攻撃されれば一撃で死にそうなくらいマモンの攻撃は威力十分だ。
逆に、俺やミュリアの攻撃はしっかりマモンを捉えてる。捉えてるのに、ほとんどダメージが通っていない。
このままだと、俺達はいずれマモンの攻撃を受けて敗北必至だ。
『フフフフ、無駄ですよ。私が“完璧”を求めて生み出した肉体です、当然悪魔の欠点など克服済み……同じ悪魔の力も、“魔素”とやらも、もはや私には通用しません』
「は……通用しないってことはないだろ。全く効いてないわけじゃないんだからな」
そう、ダメージにはなっていないけど、再生が必要なくらい傷付いてはいるんだ。
その再生力を突破出来る威力で斬れば、倒せるはずだ。
『フフフ……ならば、倒してみせるがいい!!』
「くっ……」
強がってはみたものの、現実問題どうやってこの巨体を真っ二つにするかというと難しい話だ。
時間をかけて、百パーセント抜刀に集中出来るなら不可能じゃないと思うけど……。
「ロロン」
迷う俺の腕の中から、ミュリアがじっと見つめて来る。
視線を合わせると、ミュリアはただ一言。
「任せて」
そう言って、前に出た。
「……分かった、任せる」
刀を腰に、柄に手を添え、抜刀の構えを取りながら目を閉じる。
……ずっと考えていた技だ。
まだ未完成だけど、今はこれしか手がない。
ミュリアを信じて、ただこの一刀に全てを賭ける。
『何をするつもりか知りませんが、隙だらけですよ!!』
「させない」
当然というか、マモンが蠢く気配がする。
それを迎撃すべく、ミュリアが戦う気配も。
正直、心配だ。
俺の体がどうこうよりも、ミュリアが無理をしないかどうか。
でも……俺は、信じると決めたんだ。
なら、最後まで信じよう。
「…………」
マモンやミュリアの気配さえも、意識の外へと追い払う。
ただ真っ直ぐ、腰に構えた刀にのみ集中し、魔素を込め……必殺のひと振りをイメージする。
「すぅー……ふぅー……」
ゆっくりと息を吸い、吐く。
それを繰り返すことで余分な力を抜き、足を下げて──カッと、目を見開いた。
「《神ノ太刀》」
振り抜いた刃が、虚空を薙ぐ。
限界まで押し固めた魔素の刃が、抜刀の勢いで空間さえも引き裂き、マモンの体を上下真っ二つに引き裂いた。
『バカ……な……』
ズズン、と。マモンの巨体が倒れ伏す。
切断と同時に魔素が傷口を侵食し、悪魔の再生を阻害する魔祓いの絶対切断だ。もう立ち上がれない……はず。
それを見て、すぐにミュリアが駆け寄って来た。
「ロロン……! やった……!」
「いや、まだだ。まだ死んでない!」
「え……」
『フフフ、油断していてくれれば、やりやすかったのですが』
マモンがそう呟いた直後、玉座の間に他の悪魔が入って来た。
増援か? と思ったけど、どこか様子がおかしい。
戦意もなく、ただフラフラと現れたそいつらは……霧のように体を溶かしながら、倒れたマモンの体に吸い込まれていく。
「なっ……!!」
流石に予想外の展開に、俺も呆気に取られる。
その間に、悪魔が変化した霧がマモンの傷口に集まり、肉体を再生し……再び、何事もなかったかのように立ち上がった。
『やれやれ、まさかこの肉体であってもあそこまで損傷させられるとは。保険をかけておいて正解でした』
「関係ないね。何度だってぶった斬ってやる」
今ので感覚は掴んだ。今度は、ミュリアにそれほど負担をかけなくても同じ技を使えるし、悪魔を利用しても再生出来ないくらい細切れにしてやる。
そんな俺の宣言に、しかしマモンは余裕の表情で笑い出した。
『フハハハハ!! それは困りました。では、少しばかり趣向を変えてみましょうか』
何をする気だ? と、警戒を高めていると……突然、俺の隣でミュリアが胸を押えて苦しみ始めた。
「くぅ、あっ、あぁ……!!」
「ミュリア、どうした!?」
「っ……ロロン、離れて……!」
『その小娘は、“器”であることを辞めるためにアスモデウスを取り込んだのでしょう? いくら純粋な力のみといえど、そんなものを受け入れてただの人間でいられるはずがない。もはやその身は、ほぼ悪魔ですよ』
そして、と。
マモンは、ニタリと醜悪な笑みを浮かべる。
『そして、先程悪魔を吸収したあの力を、どうやって成立させていると思いますか? 私にはね……他者の欲望を吸収し、己の糧とする能力があるのですよ。その応用で、強大な欲を持つ者を操ることも出来る。悪魔……特に大悪魔は欲望の塊ですからね、操るなど造作もない』
「あぁぁぁぁぁ!!」
「くっ……!!」
ミュリアの全身から漆黒の魔力が吹き出し、その勢いに押し出されるように距離を置く。
吹き荒れる暴風が収まった時……そこにいたのは、頭から角を生やし、魔力が質量を持って全身をドレスのように彩った、悪魔のような風貌のミュリアだった。
『さあ、第二幕と行きましょう。お仲間同士、精々潰しあってください』
「この……クソ悪魔が……!!」
「ロロン」
悪態を吐く俺に、ミュリアが語りかけてくる。
口の端を吊り上げ、妖艶な笑みを浮かべながら。
「覚悟してね?」




