騎士団遠征
将来騎士になるための実績作りのため、ディラン公爵が捩じ込んでくれた騎士団の遠征。
その内容は、ルークウェル公爵領内で発生した魔物の討伐だ。
人々が魔法を操る元となり、生きとし生ける生物全てが体内に宿している魔力は、大気中で互いに引き寄せ合い、結晶化し、それを核として強大な力と凶暴性を秘めた魔物を誕生させることがある。
つまり、魔力がある限りどれだけ倒しても魔物は生まれ続けるし、この世界に命ある限り魔力が尽きることもないので、終わることなき永遠のイタチごっこだ。
そうした魔物を討伐し、周辺地域の治安を守ることもまた、騎士としての重要な責務の一つってわけだな。
まあ、緊急性の低い案件は、民間の冒険者ギルド任せってことも多いらしいけど。
「それでも、ギルドが発行する討伐依頼の報奨金は、原則として現地の貴族がある程度負担することになっている。騎士になるなら、この辺りの仕組みは覚えておくんだぞ」
「分かったよ、お父様」
馬車で移動しながら、俺はお父様から騎士としての心構えについて講義を受けていた。
実績作りとは言っても、今回は俺が戦闘に参加する予定もないから、今はそういう知識面での話を聞きつつ、刀をひたすら抜いたり戻したりしてるんだけど。
どれだけスムーズに納刀と抜刀を繰り返せるかが、抜刀術の根幹だからな。
今の俺にはちょっと……いやかなり刀身が長いから、余計に反復練習は大事だ。
うん、いくら高くてももう少し考えるべきだっただろうか。
「ロロン、訓練は確かに大事だが……馬車の中でくらいやめておけ。揺れたら刺さるぞ?」
「実戦はもっと動くんだし、これくらいの揺れの中で難なくやれなきゃダメじゃない?」
「いや、それはそうだが……」
微妙な表情で唸るお父様は置いといて、ひたすら反復練習を続けていく。
抜刀術なんて、実戦が身近なこの世界ではほぼ存在しない概念だ。
護身や護衛のための技として、人によっては多少練習する、ってくらいの立ち位置なので、基礎的な部分以外は全て自力で形にしていかなきゃならない。
"制限時間"が長くてもあと八年ちょっとしかない俺としては、こういう手持ち無沙汰な時間は少しでも訓練に当てて行きたいんだ。
「……もう着くぞ。馬車を降りたらキャンプ地の設営なんかもあるからな、それはロロンも手伝うんだし、そろそろやめておけ」
「ああうん、分かった」
時間を無駄にしたくない気持ちはあるけど、騎士として必要な仕事をサボるつもりは毛頭ない。
抜刀練習を止めて背中に背負い直した俺は、お父様と一緒に馬車を降りる。
到着したのは、公爵領の端の方にある大きな森。
魔力が溜まりやすい地域なのだそうで、放っておくと魔物が群れを作って人里に降りて来てしまう。
それを防ぐため、予防的な意味で定期的に騎士団を派遣してるんだそうだ。新兵の訓練も兼ねて。
ちなみに、リック団長は来ていない。
彼は公爵家の切り札だから、この程度の案件でホイホイ動かせないんだってさ。
「それじゃあまずは、物資の運び出しとテントの設置だ。ついて来い」
「分かった」
お父様に連れられる形で、騎士団のキャンプ設営を手伝う。
こういったことは前世でもあまり機会がなかったし、貴重な経験だな。
「ロロン、そっち持ってくれ」
「はいよー」
お父様の指示に従いながら、サクサクと準備していく。
今回は戦闘に参加出来ない分、こういうところでしっかり貢献しないと。
そんなわけで、自分達の分だけでなく、他の人の仕事も手伝ったりしながら、右へ左へと駆けずりまわる。
そうしていると、まあ大抵の人は好意的に受け止めてくれるんだが……中には、すっごい敵意剥き出しの騎士もいた。
「これは俺の仕事だ、勝手なことをするな!!」
「ああ、すみません」
怒鳴られたので、作業を止めて離れていく。
その後も睨み続ける騎士に首を傾げていると、近くにいた他の騎士が申し訳なさそうな顔で近付いて来た。
ええと、なんて名前だっけ……忘れた。
「ロロン、すまない。あいつ……クロウも色々あってな……」
「色々?」
更に頭に疑問符を浮かべていると、その騎士が俺にあれこれと説明してくれた。
なんでも、彼は元々平民で、金もなく暴力事件ばかり起こして燻っていたところをミュリアの母親……マゼンタ・ルークウェルが見出し、騎士として取り立ててくれたんだそう。
だから、そんな夫人を殺した"仇"の事も、仇に肩入れしながらディラン公爵に贔屓されてる俺のことも、気に入らないんだと。
まあ、何というか……。
「気持ちは分かるので、俺については好きにすればいいですけど……ミュリアお嬢様はこの家の騎士が身を呈してでも守らなきゃならない御方ですよね? そこは自覚してるんでしょうか」
「……理解はしているだろうが……」
「そこさえ守ってくれるのなら、後は何も言いません。その件については……俺は、部外者ですから」
ミュリアの社会復帰には、どうしたってそこと向き合う必要が出て来る。
でも、そこに踏み込むには、良くも悪くも俺はあまりにも部外者だ。何せ、マゼンタ夫人のことを名前しか知らないんだから。
ただ同時に、こうも思うんだ。
俺が部外者なら……ミュリアだって、ほとんど部外者じゃないかって。
夫人の死に、ミュリアの意思が介在する余地なんて、何一つとしてなかったんだから。
「誰がなんと言おうと、たとえ公爵家全てが敵に回ろうと、俺はお嬢様を守ります」
「……強いな、君は。その歳で、そこまで覚悟が決まっているとは」
「伊達に長生きしてないですからね」
「まだ七歳だろう、君」
冗談交じりに答えたら、鋭いツッコミが返ってきた。
そのお陰もあってか、如何にも遠慮がちだった彼の顔にも少しだけ笑顔が戻る。
「こんなことを、俺のような一介の騎士が頼むのは間違っているのかもしれないが……お嬢様のことを頼む。彼女の味方は、この公爵家には君が思うよりも少ない」
「分かってますよ」
味方が多かったら、闇堕ちなんてしてないだろうしな。
そのためにも、俺は早く強くならなきゃいけない。
何とか、弱い魔物でもいいから、実戦に参加出来たらいいんだけど……。
そんなことを考えつつも、まあそんな機会など巡って来るはずもなく、いざ魔物の討伐作戦が開始されても時間ばかりが過ぎていく。
魔物の討伐に関しても、索敵、捕捉、戦闘に至るまで、無駄のない動きと連携でスイスイ進んでくから、本当に首を突っ込む余地がないし。
だから、俺も実戦経験を積むことは早々に諦めて、騎士の動きから学び取れることがないかという部分に集中してたんだけど……。
「……何? クロウがいない?」
「はい。先程から、姿が見えません」
突然、そんな報告の声が上がり、騎士団が騒然となる。
クロウって、確かさっき俺と喧嘩になりかけたあの騎士だよな……いないってどういうことだ?
「……総員、クロウの捜索に入れ!! 三人一組で、決して逸れないように!! 成果がなくとも、一時間後にはキャンプに戻れ!!」
今回の遠征で隊長を務める男の指示で、騎士達はある程度バラけて森の中を捜索し始める。
こうなって来ると、森の中に慣れていない俺は邪魔だ。
お父様と一緒に、先にキャンプに戻ることになった。
「お父様、こういうことってよくあるの?」
「ん? まあそうだな、ベテラン騎士はともかく、新兵にはそれなりによくある。森の中を歩くのは、それだけ難しいってことだ。ロロンも、絶対に俺から離れるなよ」
「うん、分かってる」
お父様の言葉にそう答えながらも、俺は何となく胸騒ぎのようなものを感じていた。
新兵にはありがちと言っても、あのクロウって騎士は夫人が生きていた時代から仕えている人間で、つまりはこの仕事をして最低七年を超えるベテランだろう。
そんな男が、定期的に何度も足を踏み入れる森で、戦闘もなしに仲間と逸れてしまうなんてことがあるんだろうか?
もし、そんな事が起こるとすれば……。
「……は?」
気付いた時、俺は森の中で一人になっていた。
これは、絶対におかしい。
だって俺は、考え事をしている最中も常にお父様の背中を視界の中に入れたまま歩いてたんだ。
それなのに、お父様が忽然と消えた。どうなってる?
「…………」
背負っていた刀を降ろし、腰のところで構える。
いつでも戦えるように、ひとまず魔素抜きの身体強化魔法で自身を覆って警戒していると──
背後から、何かが飛び掛ってきた。
「あぁぁぁぁぁ!!」
「このっ……!?」
反射的に抜刀しようとして……その声が、聞き覚えのある男の物だと気付き、咄嗟に思い留まる。
鞘に収めたままの刀を振り抜き、男の剣を受け止めた俺は、怒りのままに叫んだ。
「何の真似ですか、クロウさん!!」
「くたばれ、この化け物がぁぁぁ!!」
「っ!?」
俺の声が届いていないのか、行方不明になっていた騎士……クロウが更に斬りかかって来る。
外見上は異常なし。
それでも、俺を化け物と呼んでいるあたり、もしかしたら俺を俺と認識出来ていないのかもしれない。
何が起きているのか、俺は一瞬混乱して……記憶の片隅に、これと似た展開がアニメで起きたことを思い出した。
その力で人を惑わし、同士討ちを誘い、時には街一つを"自らの手は汚さずに"地獄絵図に変える、アニメにおける序盤の敵キャラ。
悪魔の一柱……グレムリンだ。
「くそっ、厄介なのが……!!」
悪魔は、アニメの中でも絶対悪の存在として描かれ、普通の騎士では対処不能の化け物として登場していた。
だからこそ、それを一方的に滅ぼす力を持った主人公が、特別な存在として持て囃されたんだ。
まだ戦う力すら備わっていないタイミングで、そんなのに襲われるなんて……!
「だと、しても!!」
「ぐはぁ!?」
鞘でクロウをぶん殴り、距離を取る。
……ミュリアと約束したんだ、絶対に無事に戻るって。
あの子との約束を、こんな形で反古にするなんて……死んでも死にきれない!!
「どこに隠れてるか知らないけど……覚悟しろ、クソ悪魔。俺が絶対に、お前を斬る!!」
腰に構えた刀に魔力を注ぎ込みながら、俺はそう叫ぶのだった。




