公爵家との合流
アーメド・ルナ・イオリンデ。このイオリンデ王国第一王子である彼は現在、ミュリアの実家であるルークウェル公爵家に身を寄せ、王家に対して徹底抗戦の構えを取っていた。
屋敷を取り囲むように押し寄せている、王家直属の近衛騎士団や、その呼びかけに同調した周辺貴族の騎士団。
その物々しい雰囲気に、公爵領の町は異様な静けさに包まれている。
そんな光景を屋敷のバルコニーから眺めながら、アーメドは深い溜息を吐いた。
「……公爵、すまない。巻き込んでしまったな」
「いえ、陛下が誤った道に進んだ時は、それを正すのも臣下の務めですから。まして今回は、陛下御自身の意思ではない可能性があるのでしょう?」
「ああ……確かなことは言えないが、タイミングからして悪魔の手引きがあった可能性は高い」
「ならば猶更。この戦いは、陛下を救うための戦いともなりましょう。名誉ある戦いを前に、退く理由などありません」
それに、と。
ディラン・ルークウェルは、完全に包囲された自身の状況を前にしても余裕の態度を崩さずに言い放つ。
「我が愛しの娘と、そのオマケを呼びに行かせたのでしょう? 二人が戻ってくれば、この程度の状況は容易く覆せることでしょう」
「オマケ……っ」
あまりと言えばあまりな言い方に、こんな状況であるにも拘わらずアーメドは小さく噴き出してしまう。
そんな王子の姿に、ディランも僅かに口角を吊り上げた。
「娘をたぶらかす悪い虫など、オマケで十分ですからな。まあ、娘を想うその気持ちと、実力の方は認めてやらんでもないですが」
「その悪い虫と娘を二人きりにするこれまでの状況を静観していたあたり、他の部分も相当に認めているように感じるのだが?」
「殿下の気のせいです。精々……最低でもヤツより娘想いで実力があって……ああ、後甲斐性のある男でなければ、娘をやる気にはなれんというだけで」
「…………」
それは、遠回しに「ロロンが娘をやる最低ラインには達している」と暗に認めているのでは? とアーメドは思ったが、流石に口にはしなかった。
ついでに、甲斐性なしという意味では、まあロロンの悪い所だろうとアーメドも認めるところではある。
(あれほどブレることのない真っ直ぐな好意を向けられながら、一切手を出さないどころか、他の女性にまで優しくしていたからな……それがロロンの良いところでもあるが、もう少しミュリアに目を向けてやれと思わないでもない)
貴族である以上、正式に結婚するまで手を出すのはタブーである。その意味では、貞操意識がしっかりしていると褒めるべきところ。
が……研究室活動やら何やらの理由ありきとはいえ、あれほど重い愛情を向けられていながら、完全に二人きりで過ごす時間を積極的に作らないのはどうかとも思うのである。
(今回の件が良い切っ掛けになっていればいいが。いや、あの二人が下手に切っ掛けを持つと、そのまま一線を越えてしまいそうな危うさもあるのだが……どちらが良いのだろうな?)
ロロンは誰にでも優しいが、女慣れしているかというとそういった雰囲気はない。
つまり、ミュリアの気持ちを尊重しながら、一線だけは越えないように上手く立ち回れるほど器用ではないだろう、とアーメドは考える。
しかし、現状維持で不満を募らせ過ぎると、ミュリアはミュリアで一体何をやらかすか分からない恐ろしさもあり……。
(……まあ、今はどちらでもいいか)
随分と呑気なことを考えていたが、今のアーメドは敵に包囲されて絶体絶命の状況である。
言ってはなんだが、どう転んでも最終的にくっ付く二人がいつ一線を越えるかなど、アーメドからすればどうでもいい。遅いか早いかの違いでしかないのだから。
ディランがどう考えているかはともかく。
「公爵様、騎士団の配置が完了しました。相手の出方次第ですが、いつでも交戦可能です」
「そうか、ご苦労リック。だが、しばらくは待機させておけ、攻め込まれた場合は別だが、こちらから打って出るのはロロンとミュリアが戻ってからだ」
「了解しました」
報告に来た騎士団長へ、ディランが簡単な指示を出す。
そのまま、状況の推移を見守っていると……敵の近衛騎士団に動きが見られた。
「攻めて来たか」
ディランの呟き通り、近衛騎士団は魔法を編み上げ、公爵家の正門に集中攻撃を加え始めた。
公爵家の屋敷は、外敵の襲撃を想定した防衛結界が構築されている。
それを破壊しなければ攻め込むことは出来ないのだが、どうやら近衛達は真正面から火力で押し切るという判断をしたらしい。
数の上で圧倒的優位に立っている以上、下手な小細工を打つよりも確実に追い込んでいく方法を選んだのだろう。教科書通りの素晴らしい戦術と言える。
「どう対処するつもりだ、公爵?」
「こちらも教科書通りに、結界を強化しつつ横合いから"嫌がらせ"をしてあちらを消耗させていきます。当初の方針通りですね」
数の差がある以上、王道の攻めに王道の守りを展開してもジリ貧ではあるのだが……王道が王道たる所以は、もっとも安定して力を発揮し、もっとも安定した戦果を期待出来るからだ。
ロロン達が戻るまで大きくは動かないという方針を固めた以上、今はこちらの消耗を抑えて時間を稼ぐのがベストである。
「……と、思っておりましたが……どうやら、その必要もなさそうですね」
「む?」
どういう意味だ? と、アーメドが首を傾げた瞬間……離れた位置にある近衛騎士団の本拠地で、巨大な漆黒の触手が出現するのが視界に映った。
今まで一度も目にしたことのない規模の……しかし、間違えようのない不気味さを感じる魔力に、アーメドはなるほどと一つ頷く。
「戻ったか……ロロン」
「これで反撃に移れますな。少し、指示を出して来ます」
こうして、ロロンとミュリアが合流し、アーメドとルークウェル家は大した被害もなく、無事に危機を乗り越えることが出来た。
強いて言えば……最後に顔を合わせた時とはどこか様子の変わった娘を見て、卒倒した父親が一人いたとかいなかったとか。




