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36 二人の奴隷

 百火は既に僕の奴隷なので、遠慮なく命令してやる。

 二人は大人しく服を脱ぎ、浴室に入っていく。蛇口を捻り、湯舟を張る音が聞こえてくる。

 畳んで置かれた彼女たちの服を拾い、眺める。

 百火の浴衣は汚れと、所々に破れがある。〝再生(リボーン)〟の魔法で直せばいいだろう。

 『仮想再現(リカバリー)』を唱え、白い浴衣を新品同様に戻す。

 

 彩火の衣服は、服とも呼べないものだ。

 このボロ布に進化(エヴォルブ)を使ってみるか。

 

《進化(エヴォルブ) 仮想付与(オーバークロック)》


 汚れた布は、かさかさ音を立てながら形を変えていく。

 

《睡蓮(すいれん)の浴衣 状態記憶しました。付与効果『従順Ⅳ』『信頼Ⅳ』『耐久性Ⅲ』》


 従順……? これまた効果のよく判らない効果が付与されてしまった。

 が、手触りのよい綺麗な水色の浴衣に進化してくれた。

 二組の浴衣を僕のベッドに置いて、部屋の中をぐるりと見渡す。

 リリイに何処まで知られているか判らない。

 僕の部屋も、安全かどうか。

 不安で心が落ち着かず、思いつく限りの対抗策を試していく。

 玄関のドア、窓、壁に〝進化(エヴォルブ)〟を撃つ。

 頑丈な扉に堅牢な鍵が付き、バルコニーの窓ガラスは防弾仕様のマジックミラーになった。

 壁は防音性を極限まで高めており、耐久性も上がっている、鉄より硬い。

 僕の部屋は、瞬く間に要塞以上の牢固なプライベート空間になる。

 

「よし、完璧だ!! どうだ、入れるものなら入ってみるがいい!!」


 出来る限りの対策を施し、一旦落ち着くことにした。

 マリアから貰ったほうじ茶を淹れ、ベッド脇の小さいテーブルに湯呑を3つ置く。

 ベッドに腰かけ、茶を飲んでいるとバスルームのドアが開いて二人が出てくる。

 バスタオルを巻いて、細い身体から湯気を立てている。

 僕と目が合った百火(ひゃっか)は、途端にたじたじになっていた。

 

「ひゃあああ! まさか、まさかぁぁぁ! お主、さっそくか⁉ こんな……部屋をカチンコチンにしてまで⁉」

「余は、ご主人の命令に従います」

 

 先ほどリリイと対面していた時の震えは、落ち着いたらしい。

 彩火はバスタオルを巻いたまま、ベッドの上で、その華奢な身を寄せてくる。

 灰色のきめ細やかな肌には薄っすらと若々しい産毛が生えている。

 もふもふした尻尾を振り、長い茶色の髪を手でいじって整えている。

 彩火の顎を指でくいっと持ち上げ、〝服従の輪〟をじっくり観察する。

 浮き上がっている魔法陣のような輪は、文様のように見える。

 よく見ると、その文様には僕の名前が刻まれていた。

 奴隷の主人が判るようになっているのか。


「百火も、こっちにおいで」

「ぎゃああああ! 99年守ったウチの貞操がああぁぁ!! あと半年じゃったのにいぃぃ!!」

 

 百火は喚きながらも、僕の命令に逆らえずベッドにきて、隣に腰を下ろす。

 白い猫耳がぴんと立ち、バスタオルから覗く白くて短い尻尾がだらんと垂れさがっている。

 二人とも、風呂上がりのいい香りがした。

 百火の従順の輪も確認するため、顎をくいっと持ち上げると小さな悲鳴をあげた。

 やはり、浮かんでる輪には僕の名が刻まれている。

 これが、互いに死ぬまで永遠に消えないのか……。

 

「二人とも、今後の事も踏まえて、一度腹を割って話そうと思う」


 そう前置きをして、僕はズボンのポケットから〝従順の輪の説明書〟を取り出した。

 紙を開いて二人に見せ、注意書きを口に出して読み上げる。

 彩火は頷きながら大人しく話を聞き、百火は青ざめながら大人しく聞いていた。

 

「――つまりこの説明書に書いてあることが本当なら、僕たち3人は死ぬまで主従関係にある、らしい」

「なぁあぁんじゃとぉおぉー!!」

「余の知っている事を話してもいいでしょうか、ご主人」

「ああ、教えてくれ」

「厳密に言うと、その注意書きは少し間違っています」

「ほっ! なんじゃ、適当な説明書じゃったんかぁ! ビビって損したぞぃ」

「〝服従の輪〟は死んでも消えません。怪我で亡くなった奴隷の最期を看取ったことがあるのですが、この〝服従の輪〟は魂に刻まれているようです。つまり正しくは〝これは永劫に続く血の契約である〟です」


「……二人の血液と魔法陣だけで、そんな重い契約魔法を掛けられるのか? こんな魔法、勝手に掛けられたらある意味、呪いより厄介だぞ」

「いえ、ですから『両者の合意の上で成立した〝血の契約〟』なのです。余はご主人の奴隷になることを望みました。百火さんも、同じです」

「ウチは望んどらんぞ!」

「なんで、彩火は奴隷になる事を望んだんだ?」

「奴隷にならなければ、余に残された道は死だけでした。それに」


 彩火は言いながら、新しく生えた耳を撫でる。

 

「傷を治してくれる優しい殿方なら、余は喜んで仕えます」


 そう言って、笑顔を見せてくれた。

 彩火は元暗殺者、とかリリイが言ってたっけ。

 奴隷になることは、闇の世界から追放され、二度と真っ当に生きていけない少女の最後の決断だったのだろうか。

 

「しかしのぅ、奴隷というもんは皆そうなのかぇ? 捕まったら魂ごと売られるなんて、なんとおぞましかぁ」

「いえ、〝服従の輪〟はごく一部の特殊な奴隷にのみ施される儀式ですよ。主人ですら放棄する事の出来ない血の契約ですから」

「ほう? 特殊な奴隷とな、なんじゃそりゃ?」

「余と百火さんは、ご主人の愛玩用の奴隷ですよ。今日から二人とも、ご主人に愛されるために生きるのですよ」

「……嫌じゃあぁ! なんでアイリスの男に死ぬまで玩具にされなきゃならんのじゃぁあ!」

「百火さんも、心のどこかで望んでいたから契約が成立したのですよ?」

「ぐぬぅ! 認めん! 認めんぞぉ!」

「でもちょっと待て。もし奴隷を買った時に、百火が望んでいなかったら儀式は失敗してたのか?」

「そうです。その時は、〝奴隷になる方がマシ〟と思わせるまで痛め付けられるので、普通は誰も抵抗しません」

「なんで彩火(さいか)はそんなに詳しいのじゃあ!」

「以前は、余も闇に生きていましたからね。かつての仲間を奴隷に落としたこともありますから、一通りの知識はあります」

「酷いのじゃぁ! 悪逆非道なのじゃあ!」


 これが奴隷云々の話じゃなかったら、獣人少女のやり取りを眺めるのは微笑ましいのだが。

 

「ところで、百火は99才って言ってたけど……妖魔の寿命って相当長いの?」

「何言っとるんじゃ、ウチに寿命なんかありゃせんよ。殺されても死なんし」

「はぁ?」

「ウチはこの世界でいう所の、精霊じゃぞ。数万年はこの世界で彷徨うはずじゃ、その後は知らんが」

「…………彩火も、数千年生きるって聞いたけど、マジ?」

「黒狐(こくこ)は、6千年ほどですよ」

「僕は人間だから、長生きしても100年くらいだけど……その後は? 僕が死んだら二人はどうなるの?」

「余も百火さんも、魂が消えるまでご主人の奴隷です。ですから……」


 彩火は僕の手をとって、自身のお腹を触らせる。

 

「沢山の子宝を頂いて、この身が滅びるまでご主人の血と繁栄をお守りします」


 おもいー!! 重すぎるうぅぅぅ!!

 重い上に人生設計しっかり持ってるうぅぅぅ!!

 流石は元暗殺者だ。

 生きる為には手段を選ばない、そんな貪欲さを彩火から感じる。

 

「ウチは嫌じゃぞ⁉ せっかくアイリスの召喚魔法が効果切れして、こっちの世界で自由に遊びまわっておったと言うのに! こ奴の子供を孕まされてしもうたら、遊んでおられんくなるぞ!」

「百火さんはああ言ってますので、余だけ可愛がってください、ご主人」

 

 彩火は言いながら、僕に口付けをしようとする。

 すると彩火の唇は見えない壁に阻まれ、不思議そうな表情で困惑している。

 

 『防壁』が発動している。

 これはつまり『マリアが30メートル圏内にいる』と言う事だ。

 部屋の玄関からガチャガチャ音が聞こえてくる。

 ドンドンと扉を叩かれ、ドアノブが乱暴に回る。

 誰かがドアの向こうから鍵を突っ込み、開けようとしている。

 

「まずい、二人とも! 今すぐ浴衣を着ろ! はやく!」


 僕が命令してすぐに、二人は浴衣を着始めるが……当然ながら彩火は浴衣なんて着たことがない。

 僕のベッドの上で水色の布と帯に絡まりながら、四苦八苦していた。

 

「ちくしょう! なんなんだよ! なんで2連続で同じお約束展開なんだよぉ!!」


 目のやりどころに困るアングルが多く、着替えを手伝おうにも手を出せない。

 ガチャリとドアが開いて、マリアが入ってきた。

 

「タカキー! 鍵新しくした? 固有スキルの『マスターキー』使わなかったら入れない所だったよ!」


 マリアは半裸の奴隷二人とベッドにいる僕を見て、笑顔を引きつらせながら後ろ手でドアを閉め、鍵を掛けた。

 

「これは一体……どういう事ですかね、タカキ」


 マリアの額には筋が浮き上がり、ぴきぴきと音を立てているようだった。

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