35 野宮リリイ
2人とも僕の後ろをとことこ歩いて付いてくる。
歓楽街から離れて街の中心部へと向かい、テラス付きの喫茶店を見付けて入った。
4人掛けのテラスのテーブルを陣取って、サンドイッチと紅茶を注文する。
少しして、注文したものを店員が届けてくれた。
僕が買い与えたサンドイッチを美味しそうに頬張る奴隷の二人を見ながら、なんとなく優越感に浸る。
紅茶を飲みながら、さっき貰った二つ折りの〝服従の輪の説明書〟を開いて、中を見る。
書かれている内容は奴隷商の言った事と同じ、『主人に逆らわない』等が箇条書きになっている。
説明書の一番最後に、注意書きが記載されていた。
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*〝服従の輪〟は〝呪い〟ではない。
両者の合意の上で成立した〝血の契約〟である。
いかなる解呪魔法、聖水をもってしても解けない。
これは、契約のもとに置かれる両者が死するまで
永劫に続く血の契約である。
主人は奴隷を愛し、奴隷は主人を愛せよ。
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僕は最後まで読んで、口に含んだ紅茶を噴出した。
は?
え、一生?
死するまで?
僕は無邪気に食事を楽しむ奴隷の笑顔を見ながら、乾いた笑いが出た。
もう一度読むが、書いてある内容は変わらない。
そうか……そりゃ……銀貨1枚とは言え、誰も入札しなかった訳だ。
一生の付き合いになる奴隷が訳アリじゃな。
あの変態紳士、なんて言ってたっけ……、黒狐は不吉、だっけ?
あとヤバイ闇組織から抜けたんじゃないか、とか。
後悔は……してないよ。
◆◆◆◆◆◆
そして、嵐は突然やってきた。
突然、見知らぬ女性が一つだけ空いている席に腰かける。
長い黒髪を靡かせ、真っ白い清潔なブラウスに、紺のロングスカートを履いていた。
いかにも清楚な日本人といった風体の女性が、驚く僕たちに微笑んで口を開く。
「初めまして、君も日本人だよね?」
『君も日本人だよね?』と旅行先で声を掛けてくる同郷の人みたいな気軽さで、話しかけてくる女性は爽やかな笑みを浮かべている。
年の頃はマリアと同じくらいだろう。
日本人らしい黒い髪と、ぴしっとした綺麗な姿勢から清楚な印象を覚える。
彩火は女性の顔を見た瞬間、紅茶を派手にこぼした。
酷く震え、見知らぬ女性に怯えている。
知り合いなのか?
黒髪ロングの女性は彩火を見て、笑った。
「あ、キミこの前の子だね。そっか、任務に失敗して追放されて、奴隷商に売られたか。〝名も無き暗部〟の暗殺者さん」
女性は世間話しのように、彩火の話をする。
彩火は震えたまま、俯いて顔を隠した。
「お主は誰ぞ? タカキの友達には、おらんかったと思うが?」
「百火、ちょっと静かにしててくれ」
百火の横やりを止めて、女性に言う。
「日本人と仰いましたが、僕の事ご存知なんですね?」
「なになに? 同郷の仲間なのに、えらく余所余所しいね」
「初対面ですし。一応名乗りますが僕は――」
「士野タカキでしょ、知ってるよ。だからわざわざ会いに来たんだ」
「……で、あなたは?」
「もう、君って子は面白いな。もう気付いてるんでしょ? マリアから聞いてるよね?」
「……リリイさん、ですか?」
「うん。野宮リリイだよ、しがない武器商人さ。タカキ君の事は、随分前から知ってたよ。ベルストックにゴブリン・フォートレスを送り込んで、君の実力を計ったりしたんだよね」
「あれは、貴女の仕業だったんですか」
「あの田舎町でアレを斃せるとしたら、君の〝進化〟だけでしょ? いやはや御見それしたよ。しかも君は、あれほど強力な特殊固有スキルを持ちながら、冒険者なんかで満足している。で、今度は気晴らしに奴隷を買ったのかな?」
清楚な外見と屈託のない表情とは裏腹に、あくどい話を続ける女だ。
マリアの言う通りだ、リリイはヤバイ。
少なくとも、僕の物差しで測れる相手ではない事はわかる。
和やかに話すリリイの目は、ずっと僕を狙っているような鋭さを持ち合わせている。
「その黒狐の娘は、私の配下を襲ったんだ。で、返り討ちに合った。弱いねぇ。その時に片耳を撥ねられ、追放された時にもう片方も切られたって話だったけど、治ってるね。タカキ君が治癒魔法でも使ったのかな?」
「まぁ、そうです。僕が治しました」
元暗殺者で、リリイの配下を襲った?
この小さな子がか?
「若い奴隷を買って楽しもうっていうタカキ君には悪いけど、この奴隷、二人とも結構な年齢だよ。この白いの、99才⁉ もうすぐ3桁の大台だね。で、黒狐は75才か。まぁ黒狐ってさ、本来は隠れ里に引き籠って孤独に何千年も生きる地味な種族だからね。全体的にみれば滅茶苦茶若いのか」
「百火が99才⁉ 黒狐が何千年も生きる? って言うか、なんで年齢がわかるんですか」
「タカキ君も特殊固有スキルの他に、固有スキル持ってるでしょ? 私は〝鑑定〟スキルを持ってるんだよね、見るだけで色々な事がわかるんだ」
「つまり僕の事も、お見通しだと?」
「そう言ってるよ。だから君が一人になる機会を待ってたんだ。まぁ奴隷二人くらいなら同席を許そう」
「……僕の何が知りたいんですか?」
「君の〝進化〟を見せて欲しい」
リリイはそう言って、テーブルの上にスマートフォンを置いた。
黒い長方形のスマホは、日本人なら誰もが持っているほど普及していた代物だ。
それに懐かしさを覚え、思わず手に取ってしまった。
だが、リリイの思い通りに動いてはいけない。
マリアに口酸っぱく会うなと言われた相手だ、これ以上不用意に話すのは、どう考えてもマズイ。
スマホを戻して、立ち上がる。
「すみません。僕たちこれで失礼しますね。ほら百火、彩火、帰るよ」
言って、二人に促す。
「君の妹、いやゴブリンの娘さんかな。今日は草原でスライムの捕獲をしてるんですよね。もし、私の頼みを断ったら娘さんには二度と会えなくなりますが、どうします? その奴隷二人も、今日ここでお別れになりますよ?」
リリイは完全に、脅しに入ってきた。
彼女の目の奥から冷え切った冷気が漂ってきそうなほど、視線は冷たい。
冗談で言ってるわけじゃない。
僕は椅子に座り直し、スマホを手に取る。
「これを進化させたら、解放してもらえますか?」
「今日の所は味見ですからね、それで結構です」
止むを得ないか。
詠唱して、スマホに進化を撃つ。
《進化 仮想付与……error 再構築します》
《修正、再構築--------た接続----反転----す》-------
《異----スマーーーーォンλ 状----憶しーーーーた。付与効果----不明》----
何が何だか分からないが、スマホの進化が終わった。
外見の変化が一切ない。
リリイはスマホを手に取って、タッチパネルを操作する。
「へぇ! こりゃ凄いや! 日本の一流企業でもこんな高性能なスマホ作れないよ」
「満足しましたか?」
「うん、もう帰っていいよ。ありがとねぇー。娘さんにも手出しはしないから安心しな。帰って奴隷と遊んでていいよ」
「失礼します。二人とも、帰るよ」
スマホを片手に持ち、ニコニコしながら手を振るリリイは、日本の喫茶店にいる女子大生のように見えた。
◇◇◇◇◇◇
足早に喫茶店を後にする。
途中で彩火を抱き抱え、百火の手を引いて走ってギルドの自室まで逃げ帰った。
まさか、野宮リリイがシノク王国に入り込んでいるなんて思いもしていなかった。
合衆国が厳重に監視しているんじゃなかったのか⁉
自室のドアの鍵を掛け、バルコニーの窓もしっかり閉めて鍵をする。
百火と彩火が玄関の前で、怯えた様子で立ち尽くしていた。
二人とも奴隷商のもとに居たからか、よく見ると服も体も汚れている。
彩火に至っては、ただのボロ布を巻いているだけだ。
どちらも、手直しが必要だな。
「二人とも、お風呂に入って身体を洗いなさい。二人とも服はバスルームのドアの前に置いておいて、新しくする」
「はい、ご主人」
「お主ぃ、後生じゃからぁ! 奴隷から解放しちょくれぇー!!」
「百火は彩火の面倒を見るように!」
「ひゃい!」




