34 服従
大きい幌馬車の後ろで、僕たちは待たされている。
先の、犬娘を買った人は既に儀式を終えて帰っていった。
そして猫娘を買った変態紳士が、現在儀式の真っ最中である。
待たされている間、二人の容姿を眺める。
百火は、鉄の首枷を嵌めている以外はいつもと変わらない。
白い肌に白い浴衣、白い猫耳と何処を見ても真っ白い獣人の少女だ。
一方で、黒狐の少女は不思議な容姿をしている。
灰色の肌に茶色い髪、茶色でふさふさの尻尾が生えている。
肌は乾燥していて、げっそりと痩せていた。
十分な食事を与えられていないのだろう。
耳が切られているとの話だったので頭部を見る。
すぱっと刃物で切り取られた跡があった。
「君、名前は?」
僕は黒狐の少女に名前を問う。
「申し訳ございません。名はありません」
「え? そんな訳ないでしょ」
「余の……名は、奴隷になる以前からありません」
「そんな事があるの?」
「黒狐は、通常は外界と交わりませんから」
そう言って、少女は俯いた。
「余を買って下さって、有難うございます」
名もなき黒狐の少女は、声を上げて涙を流していた。
名前がないなら、僕が付けてあげればいいか。
彼女の名前を考えながら、僕は順番を待った。
◇◇◇◇◇◇
変態紳士と猫獣人の儀式が終わり、僕の番がくる。
紳士は去り際に僕の肩に手を乗せ、親指を立てた。
やかましいわ!
僕と奴隷の二人が幌馬車に入ると、小太りの奴隷商は忙しなく準備をしていた。
荷台の真ん中には簡素な椅子が設置されていて、作業台には金属製の皿やナイフ、筆が置かれていく。
そして奴隷商は百火と灰色少女の首枷を外した。
首枷には力を抑制する魔法が施されているようだ、妙な魔法陣が内側に描かれていた。
「ご主人は、奴隷がお好きなのですかな? 一度に二人も買う方はそうそうおりませんよ」
にやにや笑みを浮かべながら、奴隷商は言う。
「こっちの白いのは、元からの知り合いなんですよ」
「ああ、なるほど」
なるほど、で済む話ではないが……売買は済んでいる。
今更揉めても意味がない為、突っかかるのは止めておいた。
「それではご主人、奴隷を椅子へ座らせてください」
まずは百火からと思い、彼女の細い肩を抱く。
すると、彼女はぎょっとして目を見開き僕の顔を見る。
「いやいやいや、お主よ。救ってくれたことには礼を言うぞ? この礼は必ず返す! な? 別にお主の奴隷にならんでもよかろうよ?」
「百火、そうは行くか。お前には僕の全財産をつぎ込んだんだぞ。元を取るまでは僕の奴隷でいてもらう」
「嫌じゃ嫌じゃ! もう捕まったりせんから許してや!」
「好き勝手に遊びまわって、奴隷商に捕まったお前が悪い。その奔放な性格を僕が躾けてあげるよ」
ついでに意地悪してやるぜ。
若干涙目になりながら、百火は観念して椅子に座った。
イタズラ心半分、百火への嫌がらせが半分で、百火の奴隷化は譲るつもりはない。
アイリスになんて言われるかだけ不安だけどね、彼女の召喚した妖魔だし。
奴隷商は鉄製の皿を持ち、僕にナイフを差し出す。
「それでは、これより〝服従の儀式〟を始めます。ご主人は奴隷の指から血をとり、この皿に垂らしてください」
ナイフを受け取り、百火の細い手を持って親指に刃を当てる。
百火は少し痛がり、小さい悲鳴を上げて身体をこわばらせた。
表皮を薄く切り、傷口から血を採った。
皿の中央に少量の血液が溜まる。
百火は切られた指を口に含み、恨めしそうな顔でこちらを見る。
「次に、ご主人の血液を奴隷の血液に混ぜてください」
言われるままに、左手の親指を軽く切る。
血判を押したときと同じ手順なので、僕は怖くないぞ。
皿に乗った百火の血に、僕の血を垂らし、混ぜる。
奴隷商は僕たちの血が乗った皿を作業台に置いて、魔法陣の描かれた巻物を取り出した。
彼は巻物を平らに広げ、魔法陣の上に血の皿を置く。
すると皿から黒い炎が立ち昇り、一瞬で消えた。
恐らく魔法が掛けられたであろう血液は、少し黒ずみ変色していた。
奴隷商は、血液を筆の毛先につける。
「契約の血をご主人の手に塗ったら、その手で奴隷の首を軽く絞めてください」
「首を絞める⁉」
「ひぃぃ! 血をとられた挙句に首まで絞められるのかぇ⁉」
「軽くですよ? 優しく、苦しめてはいけません」
手を開いて奴隷商に見せると、人差し指の先から手首まで、血で直線を描いた。
両手に直線を描かれ、その手で百火の首を覆う。
僕の指の隙間から、黒い煙が漏れた。
「はい。手を離して、奴隷の首を見てください。〝服従の輪〟が出来ている筈です」
手を離すと、百火の首には魔法で描かれた黒い文様が浮かんでいる。
百火は不思議そうに、首の周りをぺたぺた触っていた。
「〝服従の輪〟ってなんですか?」
「〝服従の輪〟が施された奴隷は、血の契約を交わしたご主人の命令に逆らえません。ご主人を攻撃することも出来ません。貞操もご主人に立てますので、万が一の事もありませんよ。〝契約魔法〟が奴隷の貞操を守りますのでご安心を」
「ひぃぃぃ! タカキよ! お主、アイリスがおるのにウチの操まで狙っておったのか⁉ こんのエロガキめぇ!」
「いや、今聞かされたんだわ」
そんな重い契約魔法を事後報告するのか……。
と思ったが、奴隷を買う時点で予備知識を持っているのが普通なんだろう。
「では、もう一人の番です」
百火と入れ替わり、灰色の少女が椅子に座る。
泣きじゃくっていた時と違い、表情が硬くなっていた。
「ご主人、手順は憶えていますね?」
「ええ。ただ、ちょっと待ってもらっていいですか?」
奴隷商に一言断ってから、僕は杖を取り出す。
念のため、ステータスからスペルを確認する。
まだ一度も使っていない魔法だが、スペルは僕に刻まれている。
〝再生〟から派生した呪文が使えるはずだ。
『仮想治癒』
僕の治療魔法を少女に掛けた。
彼女の切れた耳が、みるみる再生されていく。
数秒で耳が生え、薄く産毛を纏っていた。
魔法は身体全体に効果があったようで、彼女の肌や生気の薄い顔に色が戻る。
彼女は驚きながら、生えた耳を触る。
と同時に、灰色の少女のお腹から、ぐうぅぅ、と大きな音が鳴った。
空腹は、魔法ではどうにもならないようだ。
「これが終わったら、ご飯食べに行こうな」
「はぃ……」
恥ずかしそうに彼女は言った。
先ほどの手順と同じように彼女から血をとり、僕の血と一緒に皿の上で混ぜる。
まだ契約が施されていないのに、とても従順な子だった。
僕と少女の混ざった血を魔法陣の上に置く。
炎が一瞬立ち昇り、消える。
再び手に血を塗られ、そっと少女の首を手で覆う。
煙が少し出た。
手を離すと、百火と同じように首の周りに魔法の文様が浮かんでいた。
彼女もまた、不思議そうに首の周りをぺたぺた触る。
「ウチの時より優しくしとらんか?」
「黙ってろ」
ピシャリと言うと、百火は僕の命令に従って大人しくなった。
百火相手だと、従順の輪の効果も有難いもんだな。
「それでは、お買い上げ有難うございました」
最後に奴隷商は〝服従の輪〟の説明書を僕に手渡し、ぺこりとお辞儀をして幌馬車に乗って去っていった。
ジト目で僕を見る百火と、灰色の少女が並んでいる。
2人とも僕が授けた〝服従の輪〟が首に浮かんでいた。
これで、晴れて二人とも僕の奴隷か。
なんだか、ちょっと悪い事をしているような、背徳的な感覚がする。
「名前ないと不便だし、君に名を付けていいかな?」
少女は驚きながら、頷く。
「今日から『彩火』と名乗りなさい」
「さいか……はい」
この二人に僕の金貨を使い果たし、銀貨も残り少なくなったが、後悔はない。
それに、生意気な百火を自分の奴隷にしたことが、一時の意地悪だが面白かった。
一か月くらいしたら、奴隷から解放してやろう。それまではこき使ってやる。
たぶん聖水とか、解呪の魔法で解けるはずだ。コサギの聖水もあるし、抜かりはない。
少しの間、この二人の奴隷との生活を楽しんでみよう。
「百火、彩火、とりあえず昼飯を食べに行こう」
「ほうじゃ! 捕まっとる間はロクなもんが食えんかったぞ! 飯を食わせろ!」
「はい、ご主人」




