33 オークション
アリーヤにそそのかされた訳じゃないが、気になって歓楽街に足を向けている。
賑やかな市場を抜け、左手には大きな港が見えた。
港湾の国、水陸の交通拠点と言われるだけあって、停泊所や設備が整っている。
船引き網を手入れする漁師のおじさん達が、楽しそうに談笑していた。
水平線を眺めながら長閑な港をあちこち見て回り、堤防の上を歩く。
その時にふと気づいたのだが、沖の方に大きな建造物が立っていた。
海のど真ん中にポツンと、海面に突き刺さっているかのようだ。
かなり風化していて、全体的に茶色く変色しているように見える。
目を凝らしてみると、なんとなく『宇宙船』のような外観をしている。
てっ辺が飛行機のコックピットみたいだった。
いや、まさかね。
◇◇◇◇◇◇
僕はシノク王国の風景を楽しみつつ、久しぶりにサフランの道具屋に顔を出したのだが、今日は不在だった。
あれこれ寄り道をしながらも、しっかり歓楽街の入り口に到着した。
僕の想像では、絢爛たる淑女たちが客引きをして、遊女小屋みたいに露骨な娼館があると思ってた。
実際に広がる光景は地味なもので、宿屋のような建物が整然と立ち並んでいるだけだ。
通りを沿って歩いていくと、歓楽街の真ん中に大きな広場があり、ちょっとした人だかりが出来ていた。
興味をそそられて近づき、人だかりを掻き分けて一番前に行くと、枷を掛けられた少女たちがいた。
その少女たちは皆獣人で、様々な種族がいた。
「奴隷市ってやつか⁉」
鎖で繋がれた少女たちが並ぶ光景に、僕は興味をそそられた。
異世界で奴隷の少女を買い一緒に旅をする、と言うのは鉄板中の鉄板だ。
最初から主従関係があり、健気にご主人に付き従い、奉仕をする存在。
この世界に来てからと言うもの、僕はそれなりにモテていて、女性には困っていない。
だが揃いも揃って皆、お姉さんなのだ。
しかも割と我が強いと言うか、積極的が過ぎる。
たまにはこう、僕のSっ気を満足させてくれる大人しい女性と触れ合いたいと思っていた所だ。
ちょっと意地悪しても、顔を赤らめて恥じらいを見せるような女の子を想像する。
よし、今日は奴隷を買おう!
決めたぞ!
アイリスとマリアには、身の回りの世話をさせる奴隷を買っただけ、と説明しよう。
僕は冒険で忙しいからね、部屋の掃除とか任せられる人が必要な訳だよ。
大きな幌馬車の前に並べられた奴隷の少女たちを、ワクワクしながら眺める。
犬みたいな耳と尻尾の女の子、猫みたいな女の子もいる。
並んでいる奴隷の女の子たちは、皆一様にボロ布の服を着ていた。
身長の低い灰色の少女は、種族が判らない。
ふさふさの茶色い尻尾が生えているけれど、耳が見当たらなかった。
獣人で間違いはないだろうが、身体は震えていて、滝のように汗を流している。
その隣には白い浴衣を着た、色白の猫耳少女がいる。
「嫌なのじゃ! なんなのじゃ! なんでウチが奴隷なのじゃぁー! あぁんまりじゃあぁぁ!」
その浴衣の獣人は、知り合いの百火によく似ていた。
喋り口調とかね。
放浪癖があるとはいえ、まさか奴隷商に捕まったりしてる訳もないだろう。
「はっ! お主、お主いぃぃ! タカキであろう? 助けてくれりぇ? ウチは困ったことにのう、知らん男に捕まって奴隷にされてしもうたんじゃ!」
「や、僕はタカキじゃないよ」
「お主はタカキじゃよ! 頼むのぅ一生のお願いだのー! ウチを買って自由にしとくりぇ⁉」
どうしてこうなった。
奴隷の売買はオークション形式で進行していった。
最初の犬娘は金貨3枚で買われ、猫娘は5枚で、僕の隣にいる紳士が落札していった。
奴隷を掛けた生の競り合いは、不謹慎と思いつつも白熱していて楽しい。
その次に灰色の少女の番が来た。
司会進行の小太りの男が少女の鎖を引いて、簡易な台の上に立たせる。
「それではお次、黒狐の少女! 両耳を無くしてますので……まずは銀貨5枚から!」
先ほどの犬と猫の少女は、どちらも金貨1枚からのスタートだったのに、今度は銀貨5枚だ。
相当な訳アリなのか?
僕としては、結構可愛くて好みだけど。
灰色の少女は震えながら、周囲をくまなく見渡している。
「どなたか? どなたかおりませんかな?」
司会が促す中、誰一人として手をあげる者がいない。
「では、銀貨1枚からと変更させて頂きます。さあ! いかがですか?」
まさかの値下げが入る。
それでも、誰も入札しようとしなかった。
「どなたも、いらっしゃらないので……?」
冷や汗を流す司会の男が、困り顔で周囲を眺める。
「誰か…………誰か余を買って下さい。お願いします、お願いします」
なんと、奴隷の少女自ら、ぺこぺこ頭を下げて自分を売り込みだした。
少女は変わらず、身体を震わせて周囲へ視線を配る。
僕は気になって、隣の紳士に訊いてみた。
「あの、どうして誰もあの子を欲しがらないんですか? なかなか可愛いと思いますけど」
紳士は顎髭を触りながら、僕に説明してくれた。
「あぁ、あれはダメだ。黒狐ってのは不吉な獣人って、聞いたことないかい? 見たところ若そうだが、両耳を切り取られている、となれば、察しはつくさね」
「と、言うと?」
「どっかのヤバイ闇組織を抜ける時は、指だの耳だのを切り取られるのさ。おおかた飼い主の命令に背いて、奴隷商に流されたんだろうよ」
「なるほど。因みに、誰も買わないと、あの子はどうなるんですか? あんなに必死に自分を売るものなんですか?」
「君はそんな事も知らんのか? 奴隷としても無価値なら、一匹子供を産ませた後には〝魚の餌〟だよ。どうせ処女でも無いだろうし。あそこまで訳アリじゃなきゃなぁ、私の奴隷ハーレムに加えてやってもよかったが、安いのに残念だ」
紳士はとんでもなくゲスい事を言いながら、僕に教えてくれた。
たった銀貨1枚の価値しかない灰色の少女。
自分の人生を、銀貨1枚で買ってくれと懇願している少女が目の前にいる。
「むぅん、誰もいませんか? それでは次の商品――」
「僕が!」
気付くと手をあげていた。
「その黒狐の少女、僕が入札します」
「タカキー! お主ぃー! お主が買うのはウチじゃろうて! なーに迷い箸しちょるんかぁ!」
百火が何やら喚いているが、僕の意思は変わらない。
この広い世界で、奴隷や兵士が無意味に命を散らしていることは、僕にはどうしようも出来ない。
けれど目の前の、あの灰色の少女を見捨てて、娘に今日一日の出来事を話すことはしたくない。
「そちらの少年! 黒狐の少女を落札です! おめでとうございます!」
競る者がいないと判っている司会は、安堵のため息を漏らした。
周囲からの異質なものを見る目が痛い。
灰色の少女は台から降りる際、僕の顔をじっと見ていた。
「ははは。物好きだね、君」
「あの子は僕好みなんで」
隣の紳士にも笑われた。
「それでは最後の商品! こちらの白くて美しい猫娘! 金貨1枚からスタートです!」
ついに百火の競りが始まった。
「2枚!」「3枚!」「4枚!」
黒狐と違い、どんどん値段が吊り上がる百火。
何人もの男が、あの百火にそこまでの価値を感じるとは。
「まずいのじゃ! まずいのじゃあ! タカキぃ! 金は⁉ ウチを買える金はあるよのう⁉」
台の上で狼狽える百火が涙目になっている。
「金貨5枚!」
隣の紳士が僕の顔を見てニヤリと笑い、最高額で入札を入れる。
百火を奴隷ハーレムの紳士に買われたら、アイリスが悲しむだろうな。
恋人の召喚魔を奴隷として買うのは気が引けるけれど……。
仕方あるまい、僕も参加するか。
「金貨6枚!」
「7枚!」
間髪入れず、隣の紳士が応戦する。
「金貨8枚!」
「私は…………9枚だ!」
まだ競ってくるのか⁉
手持ちの金貨は10枚しかない。
けれど隣の紳士は少し、出し渋っている雰囲気がある。
そりゃそうだ、この人は既に猫娘を金貨5枚で落札してる。
その上、車火猫の百火まで欲しがるとは……相当な猫好きと見えるが、10枚がボーダーラインか?
「まずいのじゃあ! タカキ! 10枚! 10枚出すのじゃ! 有り金全部だすのじゃああ!」
百火が喚き散らかしながら、金を出せと叫ぶ。
……金貨10枚か。
イゾオノリ討伐の報酬全部を突っ込んで、競り勝てるかどうかの境界だ。
僕は勝負に出る。
百火め……。
買ったらしばらく奴隷としてこき使ってやるから、憶えとけよ!!
「金貨10枚! と、銀貨10枚だ」
そう言いながら、紳士の胸ポケットに銀貨を5枚滑り込ませる。
頼む! これでなんとか!
「ふっ、いいでしょう。君も中々の紳士のようだ。奴隷ハーレムを築く仲間として、いつか私のハーレムをお見せしましょう」
そう言って、変態紳士は引き下がっていった。
「ひゅー! ぎりぎりセーフなのじゃ! よかったなぁ、タカキよ!」
一難去って、百火は普段通りの呑気な態度に変わっていた。
人だかりは消えていき、奴隷と購入者、オークションの司会がその場に残る。
僕を含む購入者の3人は、司会に落札金額を手渡していった。
「それでは、奴隷を使役する〝服従の儀式〟を行いますので、順番にお待ちください」
司会、もとい奴隷商の男は、後ろにある幌馬車へ入っていった。




