32 VON
急展開過ぎて、僕も自分に何が起きているのか判らない。
湯舟で身体を清め、パンツ一丁でベッドに倒れ込んだ。
すると掛布団が吹き飛び、パジャマ姿のルオッタが現れた。
そのルオッタに抱き着かれてホールドされ、ぐるんと半回転して押し倒された。
女性と言えども相手は成人。
14才の僕が全体重を掛けられてしまったら、抵抗することは出来なかった。
僕に圧し掛かるルオッタの綺麗な銀髪が、僕の顔を撫でる。
その長い髪が胸の上でさらさらと動き、身体をなぞられる。
彼女も風呂上りなのか、髪から良い匂いが漂う。
ぴったりと押し付けられた胸は、やはりと言うべきかAカップだった。
いやまてよ、これは……Aよりも無いんじゃないか?
僕は慌ててルオッタの胸を触る。
「ちょっと、タカキさん。そんないきなりっ」
僕の頭の中は、真っ白になった。
「ルオ、お前の胸……絶壁じゃねぇか」
静かな室内に、頬を叩かれる14才少年の悲鳴が響いた。
△△△
「それで、ルオは僕の部屋に忍び込んで何をしてるんだ」
「だから言ったじゃないですか、ご奉仕するために来たんですよ」
「いやいやいや、いやいやいや」
「何がいやなんですか?」
「その……僕にはアイリスも居ますし、マリアとも仲良くしてますし、ね? 言いたい事わかりますよね?」
「わかりますよ! 今更彼女が一人増えても誰も困らないって話ですよね」
「違うねぇ」
「聞いてタカキさん。お姉さんね、タカキさんみたいに小さくて強い子が理想だったの。初めて会った時から気になってたんだぁ。伝説のモンスターを倒して、クエストに行く度に大物を倒して帰ってきて。本当に魅力的。その上、マリアさんにも好意を持たれてる」
「マリアが何か、関係あるの?」
「マリアさんが極度の男性嫌いなのは知ってますか?」
「いや…………あ。絵本の話?」
「そうです。〝女傑のマリア〟は大の男嫌いです。ソレがどういう訳か、あなたに夢中と聞きました」
「まぁ、そうらしいですけど。ルオが僕に、こうしてる理由にならないよ」
どう考えてもマリアの話とルオッタに押し倒されてる状況が繋がらない。
「あの方から、こんなに素敵な殿方を奪えたらどんなに気持ちいいか、とずっと考えていました」
「……なるほど?」
「タカキさんが最後にキスをした相手は、マリアさんですか?」
「そう……ですね」
「じゃあ、上書きしちゃいますね」
そう言って、いきなり唇を寄せてくる。
「ちょ、まてーぃ!! ルオお姉さん!! まてーい!!」
唇が触れる寸前、陶器の割れるような音が部屋に響いた。
それは、マリアの防壁から度々聞こえてくる反射音と同じだ。
唇が僕に触れられず、不思議そうにルオッタが首を傾げていると、部屋のドアが開いた。
「タカキー! お夜食作ってきたよ。愛情込めて握った特上寿司だよぉ」
その声の主は、やはりマリアだった。
ベッドの上で重なり合う僕とルオッタを見られた。
ドアの前で特上寿司の包みを落とすマリア。
「ち、違うんだマリア! これは誤解――――」
「何しとるんじゃ泥棒猫がぁあ!!」
「ひゃん! マリアさんに怒られちゃう!」
ルオッタが僕にキス出来なかったのは、マリアの〝思い人設定〟の効果が発動していたからだ。
〝思い人が30m圏内にいる場合、防壁の対象となる〟というもの。
ベッドの上で正座しながらマリアに事のあらましを説明して、僕は事なきを得た。
と言うか、僕は何もしてないぞ。
無い乳を触ったぐらいさ。
「ルオッタ、この前も食堂でタカキにキスしましたね。どういうつもりですか?」
「どうって、タカキさんが欲しいだけですよ?」
「……悪いけど、タカキは私の男です。手を引きなさい」
「マリアさん。お言葉ですけど、タカキさんの様に強い魔導師様なら、複数の妻を娶っても不思議じゃないですよ」
「タカキは私以外選びません。それに、男なら他にいくらでもいるでしょう」
「他に居ると言うのならマリアさんこそ、タカキさんに拘る必要ないじゃないですか」
「私はタカキ以外選びません」
マリアは、ピシャリと言い切った。
◇◇◇◇◇◇
ルオッタが観念して部屋から立ち去った後、マリアに説教された。
「タカキはガードが緩すぎます。あんな、ただの受付嬢を部屋に連れ込むなんて、金輪際許しません」
「連れ込んでないよ、勝手に入ってきたんだって言っただろ」
「鍵を閉めなかったのは、『どうぞ入って下さい』と言ってるのと同じです!」
「それは……はい。すみませんでした」
「まったく……。いいですか? リズボンなら許しますが、他の女はダメですよ」
「わかってますよ」
言って、口づけを交わす。
あれ、アイリスなら許すんだ。
その後、マリアの持ってきてくれた夜食の寿司を食べながら話をした。
今日一日の僕の冒険譚をマリアに聞かせる。
なんだか、仕事の内容を妻に話す公私混同の夫みたいで、ちょっと恥ずかしい。
「――ええ⁉ 魔女の眷属を倒したの⁉」
「そう。僕が進化させて作った杖をアリーヤに渡したら、彼に〝固有スキル〟が発現してさ、その時に変な魔法を覚えて〝イゾオノリ〟を一瞬で消しちゃったんだよ」
僕の話を聞いたマリアが、難しい顔をして、少し考えてから口を開いた。
「うーん……。タカキの〝進化〟は、他人の為に使ったりしないで欲しいな。特殊固有スキルの存在は、出来るだけ秘密にしてほしい」
「どうして?」
「初めて会った時に、〝野宮リリイ〟と言う転生者に絶対会うな〟って言ったの、覚えてるよね」
「うん。でも、それと何か関係がある?」
マリアは、食べ終わった寿司の器に置いてあった、割り箸と輪ゴムで工作を始めた。
そして、とても簡単な作りのゴム鉄砲を作った。
「この〝ゴム鉄砲〟に、タカキの進化を使ってみて」
ゴム鉄砲を受け取り、言われた通りに進化を撃つ。
割り箸製の鉄砲は、ガチャガチャと金属的な音を立てて変形していく。
《進化 仮想付与》
《号砲の魔銃・VON1911 状態記憶しました。付与効果『魔力充填Ⅴ』『反動軽減Ⅳ』『自動照準Ⅳ』『連射速度Ⅲ』》
進化が終わり、僕の手の中にあるのは『魔法の銃器』だった。
戦争映画で、よく軍人が持っているオートマチックの古いピストルに似ている。
黒い銃身が蝋燭の火で揺れるように輝き、スライドに刻まれた文字が見える。
〝VON1911〟
マガジンリリースを押し込み、弾倉を確認する。
弾の代わりに、魔力を注入する穴があった。
弾倉を戻し、スライドを引いて撃鉄を起こす。
凸凹したアイアンサイトを覗く。
揺れる蝋燭を狙い、引き金を絞る。
蝋燭の火が一直線に銃口に向かってくる。
数秒で火線は途切れ、蝋燭の火は元通りになった。
僕の魔銃を見ると、銃の先端のマズル部分と薬室から漏れる火が排莢口から溢れていた。
銃いじりを止め、机の上に置く。
「タカキの進化魔法を使うと、〝割り箸と輪ゴムが銃になる〟訳だ」
「これは、びっくりですね……」
「他人事みたいに言うけれど、それがタカキの力なの。進化魔法は〝1から100を生み出す〟可能性を持っている」
僕は頷く。
「そして〝野宮リリイ〟は〝0から1〟を生み出す転生者。〝転写領域〟を持っている。つまり、リリイがタカキの能力を手にした場合、〝0から100を生み出す能力〟が成立する。これがどう言う事か、わかる?」
僕は首を振る。
「たった二人の能力で、国家間の軍事力は均衡が保てなくなる。例えば、リリイとタカキが結託したとしよう。その力でシノク王国の敵である、北の民に頑丈な船を与え、強力な武器を与え、堅固な防具を与えたとしよう。その銃と同じものを、北の民全員が手にしてシノク王国を攻めたとしよう。結果はどうなると思う?」
「一日も掛からずシノク王国は滅びますね」
「その通り。だから、絶対にリリイには会わないで。私の能力は、私と貴方以外守れないから」
「判りました。けど、仮に会ったとしても、その人の為に僕が働くことは絶対ないです」
「言い切れる?」
「僕がマリアを裏切るわけがないでしょ」
僕はマリアの頬に、優しくキスをした。
「それが本当なら、嬉しいな」
◇◇◇◇◇◇
日が変わって、イゾオノリ討伐の翌日。
僕は街に繰り出すことにした。
大物の討伐でそれなりに金が入って、少し気晴らしに出たくなった。
コサギとアリーヤはギルドのメインホールで僕を待っていた。
二人は冒険に行きたがったが、僕は誘いを断った。
「じゃあアリーヤと二人で行くもんね!」
「いいけど、無茶するなよ」
コサギは少し不貞腐れながら、クエストボードに向かう。
アリーヤは僕の顔色を窺ってくる。
「今日は気分じゃないか?」
「ああ。たまには一人で、街でも歩きたいなって」
「そうか。コサギが無茶しないように見張っといてやるから、今日はゆっくり楽しんでこい。娼館なら市場を抜けて真っ直ぐ北だよ」
「別にムラムラしてる訳じゃねぇよ!」
「はははは、判るよ。タカキも男だもんな!」
アリーヤは何かを勘違いしたまま、コサギと依頼書を探し始めた。




