31 残響
アリーヤたちは、デスシーカーの死骸から少し離れたところまで移動していた。
蒸気をあげながら近づいてくる巨大タラバガニと相対しながら、後ずさりしている。
コサギを陸地に降ろし、アリーヤを見遣ると彼は杖を構えていた。
僕があげた半透明な水晶石の杖から、僅かに光が漏れている。
「タカキ、なんだか、俺の頭の中が変なんだ」
「いったい、どうした? なんで杖が光ってる?」
「あれ……なんか、変なんだ、〝頭の中から声が聞こえる〟」
《ネコ科獣人のアリーヤ・ハフナーは〝再誕の杖〟の影響で固有スキルを加筆されました》
「なんだって⁉」
「頭の中でずっと、誰かが喋ってるんだ。俺に、魔法を使えって言ってる」
「アリーヤ落ち着け、巨大タラバガニは『コサギの聖水』で浄化された。もうじき倒れるさ」
彼は僕の言葉が聞こえていないのか、杖を掲げたまま数歩、前へ進む。
「俺のスキル……?」
アリーヤの杖は、その輝く光を増していく。
彼はその光に包まれ、魔法を放った。
「〝消失点の残響〟」
アリーヤが呪文を唱えると、巨大タラバガニは、その場から忽然と姿を消した。
◇◇◇◇◇◇
ブレイズフィールの入り口。
湿地帯に発生したアンデットは、呪われた巨大ズワイガニが大本の発生源だった。
それは〝ゴブリン娘の聖水〟とアリーヤの魔法で根本から取り除かれ、湿地帯は再びゴブリンたちの安息の地となる。
戦後処理として、336匹のゴブリンを総動員し、戦利品をかき集めた。
その中から、価値があり売れるものをウォルターに教えてもらう。
・デスシーカー・シザーの外殻、及び爪
・巨大タラバガニの破片
・シーカーが稀に身に着けている貴金属、及び宝石
以上。
カニの肉はゴブリンの餌として全て与える代わりに、外殻をシノク王国までゴブリンに運搬させた。そしてコサギはゴブリンたちに、今後はサナス山を根城にしない様しっかり注意して回った。
ただ一つ気掛かりなのは、アリーヤの魔法を撃たれた巨大タラバガニの死骸が、何処にもない事だ。
散らばった破片以外は、そっくりそのまま消えていた。
△△△
僕たち『ホワイトスミス』と『アーカーシャ』の二人は、城門で借りた荷馬車に戦利品を乗せて、ギルドに直行する。
ギルドで荷馬車をそのまま回収してもらい、クエスト依頼の報酬に上乗せしてもらう手筈になった。
メインホールに入っていき、ルオッタ嬢の列に並ぶ。
すっかり夕暮れ時だが、メインホールには冒険者が溢れていた。
周囲の冒険者たちが、僕を二度見してはひそひそと何か話している。
「視線が気になるかい? シノ君」
「なんか、はい。見られてますね」
「その答えは、シノ君が持ってる依頼書だろうね。『ゴールド』の私と〝彼女のイシュ〟がブロンズ依頼を手伝ってたら、誰でも妙に思うさ」
「さいですか」
受付の順番が回ってきて、仕事モードのルオッタが迎えてくれる。
「お帰りなさいませ。ご主人様、お嬢様」
「ただいま。ルオ」
「タカキさん、待っていましたよ! ところで、今日はどうされたのですか? このクエストは『アーカーシャ』の方と合同で受けてはいませんが」
「現地で出会って、手伝ってもらう事になってね。問題ないかな?」
「構いませんよ。それでは5名全員の〝冒険証〟をお預かりしますね」
各々、ルオッタの前に冒険証を置く。
ウォルターたちの冒険証を始めて見たが、バッジはやはり純金製のようだった。
冒険証の色も、僕たちの紺色と違い、煤けた白色をしている。
依頼書の束の上に、五つの冒険証を置いて、ルオッタは魔法を唱えた。
一つだけ青銅だったバッジが変化する。
「おめでとうございます! アリーヤ・ハフナーさんは本日付けで『コバルト』に昇格です」
ルオッタが言うと、僕たちの時と同じようにメインホールから喝さいを受けた。
「……ところで、一体なにがあったのですか? この冒険証に書かれている事は何なのです?」
声量を落としたルオッタに詰め寄られる。
何のことか判らず、冒険証をひったくるように取り上げ、中を確かめる。
〝ゴブリン退治 7件 達成〟
〝シーカー 討伐数 86体〟
〝デスシーカー・シザー討伐数 7体 討伐補助 1体〟
〝魔女リヴィエールの眷属・消失点のイゾオノリ 討伐補助 1体〟
イゾオノリ……巨大タラバの名前か?
「リヴィエールってなんな――――」
言葉の途中で、ルオッタが僕の口を塞ぐ。
「不用意にその名を口にしないで」
珍しく語勢を強めて言うルオッタの表情は、威圧的なほどに険しい。
「ごめん」
「気を付けてください、誰が聞いてるか判りません。それでは今回の報酬をお渡ししますね」
◇◇◇◇◇◇
僕たち5人はそのまま、打ち上げへと移行する。
市場を抜け、市街地の路地を少し入ったところにある、ウォルターのオススメ店へ連れて行ってもらった。
その日本の居酒屋のような風体の店に入り、6人掛けの個室へ案内された。
っていうか、まんま居酒屋。
洞窟のような内装に、色とりどりのガラスの浮き玉がインテリアとして飾られている。
海の街って感じで、雰囲気があっていいね。
〝ウォルターお勧めのコース料理〟を注文し、各々に飲み物が行き渡る。
ウォルターとイシュはエールを注文した。
『ホワイトスミス(ぶりき職人)』は全員子供だから、オレンジジュースだ。
僕もお酒飲んでみたいなぁ……ハイボールとタコワサで、しっぽりしたいね。
前世でも飲んだことないけどね。
「さあ、今日は私の奢りだ! 好きなだけ飲んで、食べたまえ!」
「「「わーーーい!!」」」
今日の報酬は、クエスト分が一人当たり小銀7枚だ。
で、〝討伐報酬〟が破格の金貨50枚。
一人頭金貨10枚は一日の稼ぎとしては、べら棒に高い。
エールを一杯引っ掛け、ご機嫌にウォルターが言う。
「やはりシノ君に付いて行ってよかった! あんな大物の討伐補助が貰えるとは、箔が付くというものだよ」
「討伐したのは俺だぜ、ウォルターさん!」
「アリーヤ君、まぁ君も、すこーし成長したという事だな」
どこまでも上から目線のウォルターは饒舌だった。
「だけど、なんと言っても一番の功労者はコサギだろう。コサギの聖す――」
「それ以上言ったらコロスけど」
「みんな、今日はよくがんばったね」
どうやらコサギちゃんは、上空から聖水をまき散らしたことを言われるのが、ちょっと恥ずかしいみたいだね。
乾いた喉が程よく潤ったところで、コース料理が運ばれてきた。
3名の店員の娘は、狐みたいなふさふさの尻尾と、尖った耳がある。
それぞれ色違いの割烹着を着て、白い三角巾を被っている。和風で可愛いぜ。
切れ長の細いセクシーな目で僕にウィンクをしながら、僕たちの前に料理の皿を並べる。
「お待たせしゃっしゃー。蟹の握り寿司、カニサラダ、蟹の刺身、蟹の天ぷら、ずわい焼きと蟹鍋でございまぁす」
「後で蟹茶碗蒸しをお持ちしまぁす」
「デザートは蟹シャーベットでしゃっ」
「さあ、皆食べてくれ! 私のオススメ、蟹のフルコースさ!」
お前のメンタルは、デスシーカー・シザーの外殻よりも硬いな。
コサギもアリーヤもぱくぱく蟹寿司を食べているし、イシュもカニサラダをあっと言う間に空にした。
◇◇◇◇◇◇
僕たちは大仕事を達成し、カニ料理をお腹いっぱい食べ、沢山話をしてから解散した。
仲間とたたえ合い、次の冒険に期待を膨らませる。
成り行きだったが、冒険者は僕の性分に合っているかもしれない。
自室に戻り、荷物を片づけて湯舟に浸かる。
一人で風呂に浸かっていると、ついつい考え事に耽る癖がある。
今日も、不思議なことが色々起きた。
アリーヤの固有スキルが発現したり、コサギの特殊固有スキルがなんとなく判ったり。
そして〝消失したイゾオノリ〟、判らないことが多すぎる。
思考は堂々巡りで、何一つ解決しないが、頭の整理は必要だ。
のぼせる前に、僕は風呂から上がった。
部屋に戻ってパンツ一丁になり、疲れた身体を横たえようとベッドに倒れこむ。
その瞬間、誰かが掛布団の下から現れて僕に抱き着いてきた。
「タカキさん! 今日は人前で怒ってごめんなさい」
「んぬのぉあぁっ⁉」
そこから現れたのはルオッタだった。
いつものメイド服ではなく、生地の薄いパジャマを着ている。
ルオッタは僕の首に腕を回し、両足でがしっと身体を固定すると、勢いに任せて僕を押し倒した。
「なになに、なんでルオがいんの⁉」
「私はギルドの受付嬢ですから、ギルドの中はどこでも出入り自由ですよ。っていうか鍵掛かってなかったですよ」
「掛けてなかったな、そう言えば。で……何をしに来たの」
ルオッタの大きい体に体重を掛けられ、僕は身動きが出来ない。
「今日、タカキさんを人前で注意して、恥をかかせてしまいました。お詫びとして、ご奉仕しに来ました」
「どーいうことー⁉」




