↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/38

30 聖水

 大沼から巨大タラバガニが出現した。


 黒々とした極悪な棘や爪が泥水を滴らせている。

 苦々しい思いをしたデスシーカーよりも遥かに大きな巨体を、僕たちに見せつける。

 

 どう見てもボス戦の様相を呈していた。

 デスシーカー多数に、呪われた巨大タラバガニに狙われている。

 にもかかわらず、頼りのゴールド冒険者は、まるで鼠を追う猫のようにそこら中を駆け回っていた。

 

「イシュ! どうして逃げるんだい⁉ 私はこれまでずっと、君に優しくしてきたじゃないか! 大丈夫だよ、私はシノ君より優しく触るから、さあ!僕の腕の中へおいで!」

「やっ……やだっ…………こないでっ」


 気持ちの悪い事を喚きながら追いかける黄竜族ウォルターと、それから逃げるウォルターの彼女、のハズの蒼竜族のイシュ。

 

 どうしてこうなった。

 

 数匹のデスシーカーはウォルターたちを追いかける。

 怪我の功名かは判断の別れるところだが、少なからず敵の包囲は乱れはじめた。

 僕たちを取り囲む敵の半数は、ウォルターに気を引かれて沼地を走る。

 

「アリーヤ! コサギ! 今のうちに敵の数を減らす、手前の奴から倒していくぞ!」

「応(おう)っ!」

「サギにお任せー!」


 アリーヤがオカリナを取り出し、〝白猫のワルツ〟を演奏する。

 前に使ってもらった時よりも、効果が高くなっているようだ。

 僕の身体が、とても軽くなっていった。

 コサギも同様に、動きやすくなった身体を存分に動かし、拳を振り回しながら突っ込んでいく。

 驚くべきことに、コサギに続いてアリーヤも短剣を握りしめ戦いにいった。

 後衛に拘っていた彼が自ら前線へ赴き、短剣を振る。

 

「うおらぁああぁぁっ!!」

「よいしょぉー!」


 コサギは硬化した拳をデスシーカーの腹部に打ち込み、風穴をあける。

 絶命したデスシーカーの腹部から、前と同じように〝探求者(シーカー)〟が外殻を蹴り破りながら何体も這い出てくる。

 よく観察すると、ゴブリンのゾンビもわんさと混ざっていた。

 コサギとアリーヤは手分けをして、シーカーの首を落としていく。

 

「2回目のクエストで、随分と変わるもんだな」


 二人は互いに背中を預けながら、卒なく敵を片づけていた。

 シーカーの相手は二人に任せてよさそうだ。

 

《緊急スキル発動『ゾーンⅣ』突入します。以降、全魔力は遁術に自動変換(オートメーション)》


 え、なんで?

 

 ゾーンに突入し、思考が明晰になっていく。

 浮かびかけていた、この状況の打開策がはっきりとわかった。

 あの巨大タラバガニの攻略法は、コサギが唯一の鍵になるだろう。

  

 露払いのため、僕は他のデスシーカーへ杖を向ける。

 

『風遁 黒風(こくふう)』


 雷嵐(らいらん)を撃つつもりだったのに、自動変換で『黒風』が杖先から奔(はし)る。

 レーザー照射のように一点に凝縮された愚風(ぐふう)が螺旋を描き、デスシーカー・シザーの頭部を貫いた。

 前回、フォートレス戦で撃った時よりも細く、貫通力が数倍にも増していた。

 

 そのまま、周囲にいるデスシーカーの頭部に『黒風(こくふう)』を撃ちまくる。

 全てのデスシーカーが力尽き、その巨体を横たえ泥水を飛び散らす。

 この後、腹部からシーカーが出てくるはずだ。

 

「二人とも気を付けろ! 〝探求者(シーカー)〟が出てくるぞ!」


 僕の声を聞き、コサギとアリーヤが死骸の前で得物を構えるが、シーカーは出てこなかった。

 

「タカキ! たぶん外殻に損傷が無いから、中のシーカーは閉じ込められたままなんじゃないか?」

「マジか!」


 アリーヤの読み通り、デスシーカーは沈黙を続けている。

 それなら残りは巨大タラバガニと、ウォルターを追っていった連中だけだ。

 ウォルターたちの姿を探すと、遠く離れた場所でデスシーカーと交戦していた。

 そしてちょうど今、最後の一匹を倒し終えたところだった。

 

 呪われし巨大タラバガニは、現れた場所から一歩も動かない。

 攻撃もしてこなければ、逃げようともしない。

 デスシーカーの殲滅を終えたウォルターたちが、今度はタラバガニへ攻撃する。

 邪悪な雰囲気を纏ったままその場で鎮座するタラバガニに、ウォルターたちが飛び掛かった。

 

『ゼロ・ハープーン』


『スカルプト・マター!!』


 二人の突撃と斬撃はタラバガニの頭部を割り、胴体の殻を破ってぐちゃぐちゃの中身を排出させた。

 タラバガニの腹部からあふれ出たものは、〝探求者(シーカー)〟と大量の泥だ。

 それからすぐに、タラバガニは苦しそうにもがき、少しずつ身体を再生させていった。


「魔導師様、やはり……聖水がないと……倒せない」


 イシュは撤退を提案したいようだ。

 僕は自分の閃きを信じて、拳を構えているコサギに言う。

 

「コサギ、覚えてるか? 教会で聖水を飲まされた事、その時にお前が、急に成長したことを」

「え? うん。覚えてるけど、それがどうしたの?」

「お前の身体から、聖水を出せないか? なんて言うかこう……手の平から、湧き出たりさ」

「はぁ? 手の平から聖水を? 出せる訳ないじゃん!」

「いいから、やってみろ!」

 

 コサギは渋々と、僕の言う通りに手から聖水を生み出そうと力む。

 

「ふぐっぐぐぅぐぐぐ! ふぅん! ふっ! ぐぬぬぬ!」


 懸命に聖水を生み出そうとするが、コサギの手の平からは何も出てはこない。

 

 そうこうしている間に、イシュとウォルター、アリーヤが寄ってくる。

 

「アレは……〝消失点(ヴァニッシング・ポイント)〟は強い聖水がなければ、解けない……呪い。逃げた方がいい」

「イシュ! さあ、私の胸に飛び込んでくれ! 恋人同士なんだ、抱き締め合おう! この泥臭い戦いに決着を付けようじゃないか!」

「タカキ、竜のお姉さんの言う通りだ、ここは一度逃げよう。王国に戻って聖水を手に入れてから出直そう!」


 確かにアリーヤの言う方法が、一番確実だ。

 だが、僕たちは336匹のゴブリンたちを湿地帯の前に待機させている。

 問題を先送りにすると、彼らの問題も先送りになってしまう。

 

 聖水。

 

 今僕たちに必要な物は、『聖水』だ。

 

 そこで僕は、新たな閃きを手にする。

 

「コサギ! 水筒【改】は持ってきているな?」

「へ? 持ってきてるけど?」


 コサギはきょとんとした顔で頷く。

 

「いいか? パパの言う事を聞いてくれ。〝今から水筒に入っている水を飲み続けろ〟」

 

 恐らく、この一連のカニ騒動は偶然ではない。

〝再生と死を繰り返す呪い〟を掛けられたカニの親玉の出現が、証拠と言ってもいい。

 本来は海に生息しているデスシーカー・シザーが湿地帯で大量発生しているのは、呪いを掛けられた巨大タラバガニの一部、例えば外殻の欠片などが〝再生〟して、増殖したものと考えるべきだろう。

 〝探求者(シーカー)〟はそのオマケで、一緒に増えたんだと思う。

 僕たちのような新米の冒険者が、湿地帯で大勢死んでいたら、とっくにギルドで問題視されているはずだからだ。

 つまり、僕たちが倒したデスシーカー達は、巨大タラバガニの粗悪な複製(コピー)、そう結論付けた。

 

 《ゾーン終了(タイムアウト)》

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 僕はコサギを抱き抱えて、澄んだ空気が流れる大空を飛翔している。

 僕に抱き締められているコサギは、指示通りにずっと水を飲み続けていた。

 

「どうだ、コサギ。出そうか?」

「…………パパ。もう一度訊くけれど、正気で言ってるのかな?」

「当然さ、パパが正気を失ったことなんて、それこそ死んだとき以外には無かったよ」

「…………じゃあ、正気のパパは自分の娘にこう言うんだ? 『いいかコサギ、お前の聖水が必要だ。今から尿意を感じるまで水を飲みまくってくれ。お前の〝聖水〟をタラバガニに引っ掛ければ、呪いは解けるはずだ』なんて、正気で言ってるって事でいいんだよね、パパ?」

「そうだ。これは前世の記憶なんだけど、女性のおしっこを『聖水』と呼ぶ界隈もあるんだ。それで僕は閃いたって訳さ! ベルストックの『強力な聖水』を飲まされた『コサギの聖水』なら、巨大タラバガニの解呪も可能なんじゃないか、ってな!」

「ってな、じゃねぇ! パパの変態! 異常性癖! ホントは娘の放尿が見たいだけなんでしょ!」

「何を言っているんだ。そんな事よりも、ほら、そろそろ丁度いい場所だぞ」


 外殻を再生している巨大タラバガニの真上に辿り着いた。

 上空から様子を窺うと、真っ二つに割れた頭部から、妙な粘膜が伸びて再びくっ付こうとしている。

 ドラゴン娘のイシュは〝再生と死を繰り返す呪い〟と言っていた。

 その呪いを解くことが、湿地帯で起きている〝デスシーカーの大量発生〟を解決する糸口になってるはずだ。

 

 大沼の底から巨大タラバガニが姿を現している今が、討伐する絶好の機会だ。

 

「コサギ、聖水は出そうか?」

「聖水とか、エッチな呼び方しないで頂戴……」

「何言ってるんだ、聖水だよ聖水。お前、まだパンツを履いたままじゃないか。恥ずかしがるな、パパが脱がしてやる」

「ぎゃああ!! 触るなぁあっ!! 出すから、おしっこするから触らないで! ちょっと待っててよ!!」

「まったく、仕方のないやつだな」


 僕の腕の中でコサギがゆっくりとパンツを脱ぎ、足を開いた。

 

「パパ、しっかり目を閉じてて。もし見たらぶっコロすからね」

「わかった。努力しよう」

「あぁ……もう、本当に本当に、お嫁にいけない。こんな見晴らしのいいところで、パパに抱っこされて漏らすなんて……」

「パパの嫁になればいいじゃないか」

「死ね!」


 僕は目を半開きにして、コサギの雄姿を見届ける。

 

 ぱぁっと、水飛沫のような音が聞こえる。

 

 僕の想定通りだった。

 空中から散布した〝コサギの聖水〟はしっかりと巨大タラバガニに降り注がれ、呪いの浄化が始まっている。

 全身から蒸気を発するタラバガニはゆっくり沼から這い出て、アリーヤたちがいる方へと歩みを進めていく。

 

「もっとだ! もっと聖水をかけろ!」

「えぇ⁉ もう出ないよぉ……」

「マジか」


 コサギが聖水を出し切ってしまったのなら、飛翔している意味はない。

 急いで加速し、アリーヤのもとへ戻る。


「ちょ! パパあんまり飛ばさないで! まだパンツ履いてないんだからぁっ!」

 

 少し近づいて、異変に気付く。

 アリーヤのいる場所から、今まで経験したことのない異様な魔力の流れを感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。