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第六章 旅立ち

いつも読んでいただきありがとうございます。


今回も『Shadow of the Four Thrones』をお楽しみください。


ご感想やブックマークをいただけると、とても励みになります。

夜が明け始めていた。


東の空は淡いオレンジ色に染まり、森には朝露の香りが漂っている。


しかし、その美しい景色とは裏腹に、カエルの心は重かった。


彼は村の入口に立ち、静かに故郷を見つめていた。


煙の立ち上る家々。


昨夜の戦いの跡が至る所に残っている。


ロイドの姿は、まだ見つからなかった。


「お父さん……。」


小さく呟くその声は、朝の風に消えていく。


エレナは息子の肩に優しく手を置いた。


「カエル。」


「行きましょう。」


カエルは何も言わず、小さく頷いた。


彼には分かっていた。


ここに残れば、また敵がやって来る。


村人たちまで危険に巻き込んでしまう。


アルディスは静かに森の奥を見つめていた。


「時間がない。」


「王国は必ず追手を送ってくる。」


フェンリルも低く唸り、周囲を警戒している。


突然、一人の老人が近づいてきた。


それは村長だった。


白髪混じりの老人はゆっくりとカエルの前に立つ。


「……すまなかった。」


カエルは首を傾げる。


「どうして謝るの?」


村長は悲しそうに微笑んだ。


「お前は何も悪くない。」


「だが、この村はもうお前を守ることができない。」


そう言うと、首から古びた木のお守りを外し、カエルの手に握らせた。


「これはレイヴン・ホロウに代々伝わる守りのお守りだ。」


「強い力はない。」


「だが、お前が故郷を忘れないための証になる。」


カエルは大切そうに胸へ抱いた。


「ありがとう……。」


村長は優しく頭を撫でる。


「いつか立派になって帰ってこい。」


「その日まで、この村は必ず残してみせる。」


その言葉を聞いたエレナの目には涙が浮かんだ。


アルディスは静かに歩き始める。


「行こう。」


「最初の目的地は北の山脈だ。」


「そこには私の古い知人がいる。」


「彼なら、しばらく君たちを匿ってくれるはずだ。」


カエルは最後にもう一度だけ村を振り返った。


生まれ育った家。


父と一緒に薪を割った広場。


友達と遊んだ小川。


すべてが少しずつ遠ざかっていく。


「さようなら……。」


小さく呟き、前を向く。


その瞬間だった。


森の奥から、一羽の白い鳥が飛び立った。


フェンリルはその鳥を見つめ、小さく唸る。


アルディスの表情も険しくなる。


「……見つかったか。」


白い鳥はただの鳥ではなかった。


王国の偵察魔法で作られた使い魔だったのだ。


アルディスは杖を強く握る。


「急ぐぞ!」


「敵は、もうこちらの居場所を知った!」


カエルたちは一斉に走り出す。


その背後では、遠くの空に黒い影が次々と現れ始めていた。


新たな追跡者たちが、彼らへ迫っていたのだった。


アルディスを先頭に、一行は森の奥へと走り続けた。


朝日が木々の隙間から差し込む。


しかし、その温かな光とは裏腹に、彼らを追う気配は確実に近づいていた。


「急げ!」


アルディスが叫ぶ。


「追手はもうすぐそこだ!」


エレナはカエルの手を強く握った。


「大丈夫?」


カエルは息を切らしながらも頷く。


「うん……まだ走れる。」


その小さな身体はすでに限界に近かった。


それでも足を止めることはしなかった。


父が命を懸けて作ってくれた時間を無駄にはできない。


その時――


フェンリルが突然立ち止まり、低く唸った。


「グルルル……。」


アルディスも足を止める。


「どうした?」


フェンリルは森の奥をじっと見つめている。


次の瞬間。


ヒュンッ!


一本の矢が木々の間から飛んできた。


「伏せろ!」


アルディスが杖を振るう。


透明な魔法障壁が現れ、矢を弾き飛ばした。


しかし、それは始まりに過ぎなかった。


四方八方から次々と矢が放たれる。


「囲まれたか……!」


木の上から十人以上の黒衣の兵士が姿を現した。


彼らは昨夜の暗殺者とは違う。


王国直属の追跡部隊だった。


隊長らしき男が冷たい声で言う。


「アルディス。」


「その子を引き渡せ。」


「無駄な抵抗はやめろ。」


アルディスは静かに笑う。


「断る。」


「この子は、お前たちの手には渡さん。」


男はため息をついた。


「ならば、全員捕らえろ。」


その命令と同時に、兵士たちが一斉に飛び降りる。


フェンリルは大きく咆哮した。


ガオォォォン!!


凄まじい衝撃波が兵士たちを吹き飛ばす。


しかし、一人の男だけは動かなかった。


銀色の仮面をつけた青年。


昨夜現れた男とは別人だが、その魔力は明らかに他の兵士を上回っている。


彼は静かに剣を抜いた。


「私が相手をしよう。」


アルディスの表情が険しくなる。


「……王国騎士か。」


青年は小さく頷いた。


「第三騎士団、副団長。」


「レオン・ヴァイス。」


「命令に従い、その子を連れ帰る。」


その言葉を聞いたエレナは、無意識にカエルを庇うように前へ出た。


レオンは彼女を見つめ、静かに言う。


「安心しろ。」


「抵抗しなければ命は奪わない。」


エレナは首を横に振る。


「あなたたちの言葉なんて信じない。」


レオンは静かに目を閉じた。


「……残念だ。」


次の瞬間。


彼の姿が消える。


「速い!」


アルディスが杖を振り上げる。


しかし、それより早くレオンの剣が振り下ろされた。


ギィィン!!


フェンリルの鋭い爪がその一撃を受け止める。


金属音にも似た衝撃が森中へ響き渡った。


レオンは初めて小さく笑う。


「なるほど。」


「古代の守護獣か。」


「少しは楽しめそうだ。」


フェンリルも一歩も退かない。


黄金の瞳が静かに輝く。


森全体を揺らすほどの緊張が走る中――


アルディスは小さな声でカエルに囁いた。


「今のうちに逃げるんだ。」


「私たちが時間を稼ぐ。」


カエルは驚いて首を振る。


「でも……!」


「先生たちは……!」


アルディスは優しく微笑んだ。


「大丈夫。」


「君は前へ進め。」


「それが、君に託された運命だ。」


その言葉を聞いたカエルは唇を強く噛み締めた。


そして、涙をこらえながらゆっくりと頷いた。


彼はエレナの手を握り直し、森のさらに奥へ向かって走り出した。


その背後では――


アルディスとフェンリルが、迫り来る王国騎士団を迎え撃とうとしていた。


カエルは何度も後ろを振り返った。


フェンリルの咆哮。


剣と剣がぶつかる音。


魔法が爆発する轟音。


すべてが森中に響き渡っていた。


「アルディス先生……。」


エレナは息子の肩を抱き寄せる。


「振り返っては駄目。」


「今は前だけを見て。」


カエルは小さく頷いた。


それでも胸の奥には強い不安が残っていた。


大切な人たちを置いて逃げることしかできない。


その無力さが、幼い心を締め付ける。


その頃――


森の中では激しい戦いが続いていた。


フェンリルが大地を蹴る。


巨大な身体とは思えないほど素早い動きでレオンへ飛びかかった。


鋭い爪が空気を切り裂く。


レオンは剣を構え、その一撃を正面から受け止めた。


ガァァン!!


衝撃で足元の地面が砕け散る。


それでもレオンは一歩も退かなかった。


「さすが守護獣だ。」


「だが……。」


彼の身体から白銀のオーラが溢れ出す。


空気が震え、周囲の木々が揺れる。


アルディスの表情が変わる。


「騎士の闘気か……!」


レオンは静かに剣を構え直した。


「これ以上、時間をかけるわけにはいかない。」


次の瞬間――


彼は一瞬でフェンリルの懐へ入り込む。


「閃光斬。」


白い光が森を駆け抜けた。


フェンリルは咄嗟に身をひねったが、肩口を浅く切り裂かれる。


赤い血が地面へ落ちた。


「グルルル……!」


怒りの咆哮が森を震わせる。


アルディスは杖を高く掲げた。


「古き精霊よ。」


「我が呼び声に応えよ!」


巨大な魔法陣が空中に展開される。


無数の光の槍が現れ、一斉に王国騎士たちへ降り注いだ。


兵士たちは慌てて防御魔法を展開する。


爆発が連続し、森は白い煙に包まれた。


「今だ……!」


アルディスはフェンリルへ叫ぶ。


フェンリルは頷くように低く唸ると、大地を強く踏み鳴らした。


その瞬間、森中の木々が眩しい緑色の光を放つ。


太い根が地中から飛び出し、王国騎士たちの足元へ絡みついた。


「なにっ!?」


兵士たちは身動きが取れない。


レオンだけが剣で根を切り裂き、自由になる。


彼は煙の向こうを見つめた。


そこにはもう、カエルたちの姿はなかった。


レオンは静かに剣を鞘へ納める。


「……逃がしたか。」


アルディスは肩で息をしながら微笑んだ。


「君たちの負けだ。」


しかしレオンは首を横に振る。


「違う。」


「今日は見失っただけだ。」


彼は空を見上げる。


一羽の黒い鷹が大空を旋回していた。


王国が育てた追跡用の魔獣。


「彼らがどこへ逃げようと……。」


「必ず見つけ出す。」


その言葉を残し、レオンは部下たちへ命令を下す。


「一度撤退する。」


「本部へ報告だ。」


黒衣の兵士たちは静かに森を去っていった。


静寂が戻る。


アルディスは深く息を吐き、フェンリルの傷を見つめた。


「すまない……。」


「無理をさせた。」


フェンリルは静かに首を振る。


その黄金の瞳は、カエルたちが逃げた方角を見つめていた。


一方その頃。


何も知らないカエルは、エレナとともに森の奥深くを歩き続けていた。


彼はまだ知らない。


この逃避行が、やがて王国全土を揺るがす壮大な運命へと繋がっていくことを。


そして、彼の前には数え切れないほどの試練と、新たな仲間たちとの出会いが待っていることを。


(第六章・完)

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


この物語はまだ始まったばかりです。

次回もぜひお楽しみに!


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