第二章 王国が恐れた赤子
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『The Shadow of the Fourth Throne』は、運命に抗う一人の少年の成長を描く長編ハイファンタジーです。
王国、魔法、戦争、古代の秘密、そして世界を揺るがす陰謀が少しずつ明らかになっていきます。
物語はゆっくりと世界観を積み重ねながら進みますので、ぜひ最後までお楽しみください。
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よろしくお願いいたします。
夜明け前のアステリア王国。
東の空はわずかに白み始めていたが、王都全体はまだ静寂に包まれていた。
王城は丘の上に堂々とそびえ立ち、白い大理石で造られた巨大な城壁は、朝霧の中で幻想的な姿を見せている。
王都の人々はまだ眠りについていた。
市場には誰の姿もなく、石畳の道を吹き抜ける風だけが静かに音を立てていた。
しかし、その静けさとは裏腹に――
王城の最上階では、一つの会議が王国の未来を左右しようとしていた。
玉座の間。
数十本の柱が並ぶ広大な空間には、無数の魔導灯が淡い黄金色の光を放っている。
その光は赤い絨毯を照らし、王国の歴史を描いた巨大な壁画を静かに浮かび上がらせていた。
玉座には、一人の男が腰を下ろしている。
アステリア王国国王――アルドリック・ヴァル・アステリア。
四十代半ば。
堂々とした体格。
鋭い金色の瞳。
長年国を治めてきた王としての威厳を持ちながらも、その表情には深い疲労が刻まれていた。
彼はゆっくりと目を閉じる。
そして静かに問いかけた。
「……全員、同じ未来を見たのか。」
玉座の前には七人の預言者が跪いていた。
彼らは王国最高峰の予言魔法の使い手。
未来視を扱える者は世界でも極めて少ない。
その中でも、この七人は「星の預言者」と呼ばれる存在だった。
最年長の老人が静かに頭を下げる。
「はい、陛下。」
「七人全員、同じ結論に辿り着きました。」
玉座の間に重苦しい沈黙が流れる。
誰一人として口を開かない。
空気そのものが張り詰めていた。
老人は震える声で続ける。
「嵐の夜に生まれた一人の赤子。」
「その子は……第四の玉座へ至る運命を持っています。」
国王の瞳が僅かに揺れた。
「第四の玉座……。」
その名が口にされた瞬間、他の預言者たちも苦しそうな表情を浮かべる。
その言葉は王族だけに伝わる禁忌だった。
歴史書には決して記されない。
民衆も知らない。
だが王家だけは知っている。
遥か昔――
世界には四つの王国だけではなく、もう一つの玉座が存在したことを。
そして、その玉座が世界から消えた理由を。
老人はゆっくりと続けた。
「私たちは未来を百二十七回観測しました。」
「ですが……。」
「結果は一度も変わりませんでした。」
国王は拳を強く握る。
「言え。」
老人は目を閉じた。
「その子が成長すれば……。」
「王国は崩壊します。」
「世界は再び戦乱へと飲み込まれるでしょう。」
その瞬間。
部屋の空気が凍りついた。
誰も息をすることすら忘れていた。
国王は立ち上がり、窓の外を見つめる。
朝日が少しずつ王都を照らし始めていた。
平和な街。
笑顔で暮らす民。
幼い子どもたち。
この景色を守るために、自分は王になった。
それなのに――
たった一人の赤子が、その未来を壊すという。
「……他に方法はないのか。」
王の声は低く、苦しみに満ちていた。
しかし返ってきた答えは、あまりにも残酷だった。
「ありません。」
「運命はすでに動き始めています。」
老人はゆっくりと頭を下げた。
「陛下。」
「どうか、ご決断を。」
玉座の間は再び静寂に包まれる。
誰も王を見ることができなかった。
アルドリックは静かに目を閉じる。
王としての責任。
父としての心。
一人の人間としての良心。
そのすべてが彼の中で激しくぶつかり合っていた。
そして数分後――
彼は静かに口を開く。
「……その子を探せ。」
その一言に、騎士たちは深く頭を下げた。
しかし王は続ける。
「だが……。」
「もし未来を変える方法が一つでも見つかるなら。」
「その時は……決して剣を抜くな。」
その言葉には、王としてではなく、一人の父親としての願いが込められていた。
だが誰も、その願いが叶うことはないと感じていた。
王城の窓から差し込む朝日が、静かな玉座の間を照らしていた。
その頃――
王国から遠く離れた小さな村では、一人の黒髪の少年が、何も知らずに無邪気な笑顔を浮かべていた。
王都から数百キロ離れた辺境の村――レイヴン・ホロウ。
朝日がゆっくりと山々の向こうから顔を出し、村全体を黄金色に染め始めていた。
雨上がりの空気は澄み切り、草木の葉には小さな水滴が朝日に照らされて宝石のように輝いている。
鳥たちが楽しそうにさえずり始め、村人たちは新しい一日の支度を始めていた。
子どもたちは家の外へ飛び出し、笑い声を響かせながら走り回る。
その平和な光景の中、一軒の小さな木造の家だけが少し騒がしかった。
「カエル!」
エレナの声が家の中から響く。
「朝ご飯が冷めちゃうわよ!」
しかし返事はない。
「また外ね……。」
エレナは苦笑しながら家の裏庭へ向かった。
そこには、一人の少年が大きな木の前に座り込んでいた。
黒髪が朝風に揺れ、深い蒼色の瞳は目の前の一本の木をじっと見つめている。
五歳とは思えないほど真剣な表情だった。
「また魔力の練習をしているの?」
エレナが優しく尋ねる。
カエルは少し恥ずかしそうに笑った。
「うん。」
「昨日、お父さんが魔力は集中することが大事だって言ってたから。」
エレナは息子の隣へ腰を下ろす。
「焦らなくてもいいのよ。」
「あなたはまだ五歳なんだから。」
カエルは静かに首を振る。
「でも……。」
「もっと強くなりたい。」
「どうして?」
その問いに、少年は少しだけ空を見上げた。
「昨日、お父さんが森で魔物に襲われた人を助けたでしょう?」
エレナは静かに頷く。
「あんなふうに誰かを助けられる人になりたい。」
その言葉を聞いたエレナの胸が熱くなる。
この子は力を求めている。
けれど、それは誰かを傷つけるためではない。
誰かを守るためだった。
彼女はそっとカエルの頭を撫でる。
「きっとなれるわ。」
「あなたなら。」
カエルは嬉しそうに笑った。
「本当?」
「もちろん。」
その優しい時間は、永遠に続くように思えた。
しかし――
遠く離れた森の中。
黒いローブを纏った三人の男が静かに木々の間を進んでいた。
彼らの胸には、黒い蛇を象った紋章が刻まれている。
その姿からは、一切の感情が感じられない。
「目標まで残り一キロ。」
先頭を歩く男が低い声で呟く。
「情報は正確なのか?」
後ろの男が尋ねる。
「王都の預言者が直接見つけた。」
「間違いはない。」
三人は足を止めた。
木々の隙間から、小さな村が見える。
レイヴン・ホロウだった。
先頭の男は静かに短剣を抜く。
「命令は一つ。」
「嵐の子を始末する。」
その声には迷いがなかった。
一方その頃――
カエルは父ロイドと一緒に薪割りをしていた。
「よし。」
「次は自分でやってみろ。」
ロイドは斧を渡す。
カエルは両手でしっかりと柄を握った。
「うん!」
小さな体で大きく振り上げる。
「えいっ!」
カンッ!
斧は薪に当たったものの、途中で止まってしまう。
ロイドは笑った。
「悪くない。」
「でも腕だけじゃない。」
「腰も使うんだ。」
そう言って実際に見本を見せる。
一振り。
それだけで薪は真っ二つになった。
「すごい!」
カエルの瞳が輝く。
ロイドは優しく笑う。
「剣も同じだ。」
「力だけじゃ勝てない。」
「考えろ。」
「相手を見ろ。」
「そして、自分を信じろ。」
その言葉は、まだ幼いカエルには完全には理解できなかった。
それでも彼は真剣に頷いた。
「うん!」
遠くの森では――
黒いローブの男たちが静かに村へ近づいていたことを、
誰一人として知る者はいなかった。
朝の穏やかな空気は、
嵐が訪れる前の静けさに過ぎなかった。
ロイドは薪を積み終えると、空を見上げた。
青く澄み渡る空。
しかし、その表情はどこか晴れなかった。
「……妙だな。」
彼は小さく呟く。
エレナが家の前から声をかけた。
「どうしたの?」
「いや……。」
ロイドは首を横に振る。
「森が静かすぎる。」
普段なら鳥のさえずりや魔物の鳴き声が聞こえてくる時間だった。
だが今日は違う。
風だけが木々を揺らしている。
まるで森そのものが息を潜めているようだった。
カエルも不思議そうに辺りを見回す。
「お父さん?」
「何かいるの?」
ロイドは優しく笑顔を作った。
「心配するな。」
「家の中に入って、お母さんを手伝ってきなさい。」
「うん!」
カエルは元気よく返事をし、家へ向かって走っていった。
その小さな背中を見送るロイドの目は、すでに父親のものではなかった。
一人の戦士としての鋭い眼差しだった。
彼は静かに腰の剣へ手を伸ばす。
その瞬間――
カサッ。
森の奥で草が揺れた。
ロイドは一瞬で剣を抜く。
「誰だ!」
返事はない。
数秒後。
黒いローブを纏った三人の男が木々の間から姿を現した。
その動きには一切の無駄がない。
長年訓練を積んだ暗殺者だということが、一目で分かった。
ロイドは男たちを睨みつける。
「この村に何の用だ。」
先頭の男は感情のない声で答えた。
「我々は一人の子供を迎えに来た。」
「名は……カエル・ドレイヴン。」
その名前を聞いた瞬間、ロイドの瞳が揺れた。
だが彼はすぐに剣を構え直す。
「帰れ。」
「ここにお前たちの探し人はいない。」
男は静かに首を振る。
「嘘は不要だ。」
「預言はすでに我々をここへ導いた。」
ロイドは心の中で舌打ちする。
(予言者まで動いたのか……。)
想像していたよりも早かった。
カエルの存在は、すでに王国の上層部へ知られてしまっている。
男は一歩前へ出る。
「最後に警告する。」
「その子を渡せ。」
「そうすれば村人には手を出さない。」
ロイドは静かに笑った。
「断る。」
「私は父親だ。」
「息子を売るような真似はしない。」
その言葉を聞いた暗殺者たちは、それ以上何も言わなかった。
ただ静かに剣を抜く。
金属が擦れる音だけが森に響いた。
緊張が空気を支配する。
家の窓からその様子を見ていたエレナは、思わず口元を押さえた。
嫌な予感が胸を締め付ける。
「お願い……。」
「どうか無事で……。」
一方、何も知らないカエルは台所で木のコップを並べていた。
「お母さん。」
「今日のお昼は何?」
無邪気な笑顔。
その笑顔を見たエレナの目には涙が浮かぶ。
(この子だけは……。)
(絶対に守る。)
その瞬間――
ギィィンッ!!
家の外から激しい剣戟の音が響いた。
戦いが始まったのだ。
カエルは驚いて窓の方を見る。
「お父さん!」
外へ飛び出そうとする。
しかしエレナは強く抱きしめた。
「駄目!」
「外へ出ちゃいけない!」
カエルは何が起きているのか理解できなかった。
外では金属がぶつかる音。
木々が倒れる音。
そして人々の悲鳴が響き始める。
静かだったレイヴン・ホロウは、一瞬にして戦場へと姿を変えていた。
そして遠く離れた丘の上。
一人の黒いマントの人物が、その光景を静かに見下ろいていた。
風がフードを揺らし、その口元だけがわずかに見える。
「始まったか……。」
低い声が風に消える。
「運命から逃げることはできない。」
その人物は踵を返し、静かに姿を消した。
誰もまだ知らない。
この日が――
カエル・ドレイヴンの平穏な日々が終わる、最初の日になることを。
(第二章・完)
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
この物語はまだ始まったばかりです。
カエルの旅、仲間との出会い、王国の秘密、そして「第四の玉座」に隠された真実は、この先さらに大きく動き始めます。
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次回もぜひお楽しみに。




