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……………… 弓具店

「ゆうちゃん、学校どう? そろそろ試験なんだって?」

 晩御飯の時に箸を止めて、母に聞かれた。

「母さん、『ちゃん』は止めてってば」

「あー、ごめんごめん、優生……弓道部忙しそうだけど、やっていけそう?」

「やるよ、絶対やる。来年試合に出られるくらいになるように頑張る」

「ゆうちゃんの人生、ゆうちゃんの好きに生きたら良いけど。先のことも考えておきなよ」

「わかった。母さん、『ちゃん』は止めて」

「あー、ごめんごめん、あれ、ほら、あの、あれ、受け取りに行かないと」

 母さんは、ボクの名前を呼ぶのを止めたことで、他の全部の固有名詞が行方不明な様子。

「弓道着でしょ。明日から部活ないから、明日学校帰りに取りに行ってくる」


 武器屋……じゃなくて、弓具店が市内の外れにある。学校から駅までの路線バスの路線からは外れるので、歩いていくけど、帰りは別の路線バスで駅には行ける。まぁ、歩いても三十分くらい。


 お天気が良くて、そこそこ汗ばみながら着いた弓具店の引き戸を開ける。

「こんにちは」

「はーい」

 基本、店先には誰もいなくて、声をかけると奥から出てくる。

「あの、弓道着とかを受け取りに来ました。三崎です」

「今持ってきまーす。お待ちくださーい」

「店内、見せていただいてますね」

「はーい」


 いろんな弓や矢が並んでいる。壮観だ。まだまだだけど、買うならどんなのが良いかな。

 上手くなったら、自分の専用の弓と矢を使うのが憧れなんだ。あ、この弓の握りの部分に巻く『握り皮』、青い麻模様でさくら先輩に似合いそう。なんか、ピンクより、ブルーのイメージなんだよなぁ。


「ごめんください」

「はーい」

 誰か入ってきたなと思ったら、ショーゲン先輩だった。

「あ、すいません、小物をちょっと見せてください」

「はい、どうぞ。決まったらお声がけ下さい」

 店員さんに声をかけてから、ボクを見つけて近くに来た。


「優生くん、来てたんだ」

「弓道着を取りに」

「三崎さん、お待たせしました」

 店員さんに呼ばれて、レジ前のカウンターへ。頼んだ物を確認する。これは取り敢えずの一般的な弓道着で、上は白、下は紺の袴だ。試合に出るようになると、部で揃えたカラーの上衣にする学校もあるようだ。冬用一枚と夏用二枚の上衣と袴、帯、足袋数足、矢を持つ右手に着ける(ゆがけ)と、その下につける弽下。

「着てみる?」

 店員さんが服の上から着せてくれる。帯が難しいけど、図解がついているから自分で練習する。

「丈も大丈夫そうね」

 袴のサイズもちょうど良かった。

「お腹に貫禄がある人とかは、お腹の下に締めるんだけど、あなたは細いからウエストで締めてね。帯に引っ掛けるから、袴は落ちてこないから」

 お礼を言って、受け取る。注文の時にお金は払ってあるので、今日はもらうだけ。だけど、お小遣いで買えそうだったので、青い握り皮を包んで貰った。


「ショーゲン先輩は何を買うんですか?」

 自分の用が終わったので、声を掛けた。

「弦と弦巻とギリ粉と握り皮かな」

 ギリ粉は弽に付ける松脂なんだけど、量の加減が難しいらしい。

「あ、もう決まったから、買ってくる。一緒に帰ろう。待ってて」

 慌てて会計を済ませたショーゲン先輩と一緒に店から出た。


 先輩は自転車を引いて、ボクは歩いて、バス停まで移動する。

「なんか、やっと一緒に帰れて嬉しいな。後輩と並んで歩くのが夢だったから」

「えー、なんでですか?」

「仲良さそうじゃん、そういうの」

「先輩、ボク歩きで遅いですから、自転車でビューッと行っても良いんですよ」

「やだよ。折角夢が叶ったのに」


 ショーゲン先輩は楽しそうに自転車を押していたけど、時々ペダルがぶつかっていた。痛そう。

「明日から中間試験ですね、やだなぁ」

「優生くん、明日教科なに?」

「現国、数一、保健ですね……。あ、うちの母が最近、将来のことちゃんと考えなさいよとか言うんですけど、ショーゲン先輩参考までに将来のことってどんなこと考えてますか?」

 話題が尽きないように聞いた。

「大学は行くんだけど、仏教系の大学と普通の大学と両方受けるかな。親が割と歳だから、多分、仏教系の大学に行って資格取ってお寺継ぐ感じかな。一般の大学は記念受験だけど、上手くいったらそれはそれで」

「ボク、なんになるかまだハッキリしてなくて。大学は行って、それからまた考える感じかな」

「そうは言っても、二年三年の選択科目とかも受験に関わってくるから、悩むよね」

「早く決めるに越したことはないんでしょうね……、先輩、弓道は続ける感じですか?」

「弓道はやるよ。好きだから」


「……さくら先輩、早く復帰できると良いですね」

「体調不良って言ってたっけ? 確か、去年も入院とかしてたんじゃないかな」

「そうみたいですよね。また入院するって話でした」

「優生くん、さくら……斎藤桃子さんのこと、好きなの?」

「え? 好きですよ、お姉ちゃんみたいな感じで。ボク一人っ子だから。好きか嫌いかで言ったら」

「恋愛的な意味で好きなのかと思った」

「ボクまだ全然恋愛興味なくて。先輩、彼女とかいるんですか?」

「いないよぉ。見るからにいなそうでしょうが。……好きな人はいるけどね」

「好きな人か……。ボクもそのうち、好きな人とかできるかなぁ」


 バス停に着くと、直ぐにバスが道の奥に見えた。

「じゃあ、お疲れ様でした。先輩、テスト頑張ってください」

「優生くんもね。お疲れ」

 先輩は、ボクのバスを見送ってから自転車に乗った。だいぶ離れてから振り返ったら、ポツンと寂しそうに見えた。

 

 ボクの足元で、弓道着を入れた紙袋がバスに揺られて、ガサガサ音を立てていた。

 

 

 

 



 


 


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