……………… 病と決意
「加賀美くんか……ごめんね。応援に来たのに、痛くなっちゃって……」
「いや、そんなこと。それより誰か呼んだ?」
「これから……あ、痛み止め飲むか……」
「ボク、水買って来ます」
自販機に走って、水を買ってくる間に、先輩二人は迎えの手配を済ませていた。
「加賀美くん……優生くんに……付き添ってもらうから……早く会場に戻って……表彰始まっちゃう」
ボクが自販機のところにいる間に、大きな拍手が聞こえたから、優勝校が決まったらしい。残りの表彰式と閉会式を見ないで帰る観客達がゾロゾロ外に出てきた。
「わかった。……優生くん、頼むね」
急いで戻る小太郎先輩の後ろ姿に、さくら先輩が
「また連絡するね……」
と声をかけた。人波の中にいた小太郎先輩は、握り拳を軽く突き上げて返事の代わりにした。
「ごめんね……付き合わせて」
「いえ、大丈夫です。……さくら先輩こそ、大丈夫ですか?」
「だいぶ痛みは和らいで来た……」
確かにさっきより、顔色は良くなっていた。ボクは二つのことを、さくら先輩に聞きたくなっていた。
病気のこと、後、小太郎先輩とはどういう関係なのか……?
……まだ具合悪そうな先輩に聞けないよね。
「昨日はずっと痛かったけど、今朝何ともなかったから……大丈夫かと思ったんだけどなぁ」
迎えを待つさくら先輩が話し始めた。
「……去年から調子悪くて、薬でコントロールしてたんだけど……上手くいかなくって」
先輩は座ったまま体を丸めて話した。
「去年入院して腹腔鏡手術して、一回良くなったのに……この春からまた悪化しちゃって……開腹手術しないとダメらしい」
ふううっと息を吐いて、
「ついてないなぁ。私のボンクラ子宮……開腹手術しても再発はあるらしくって……」
ボクの顔を見て、あらら……って顔をした。
「ごめんね、暗い話して……命に関わる病気ではないの。ただ、痛かったり……しんどかったりして生きにくい感じかな」
「先輩、美人薄命ですね」
「いやだから、命にかかわらないってば」
「あ、いや……美人な分、大変なこともあるんですねって意味でした」
「美人関係ないでしょ。否定はしないけど。まぁ、美人な優生くんも大変なことありそうだよね」
「男も美人って言いましたっけ?」
「君はイケメンっていうより美人でしょ。……男は子供産まなくて良いから羨ましいな。ボンクラ子宮、どうせ子供産まないのに……親も病院の先生も取るわけにはいかないっていうんだよね」
「だって、まだこれからですからね、人生」
「そうなんだけどさ……むしろこれに人生邪魔されてる」
さくら先輩のスマホが振動した。
「お迎え来たみたい。地下の駐車場だって」
地下駐車場までお供した。お母さんが迎えに来ていた。
「じゃ、ありがとうね」
「はい、お疲れ様でした。お大事に」
こういう時もだ。ボクは良さげな言葉が出てこない。何か元気付けるような、もっと寄り添うような言葉を頭の中で探して黙り込んでしまう。
ただ、ボクが想像も出来ない困難には、ボクが出来ることをそっとやるしかないし、それで良いのだと今は思える。これも一つの答えなんだろう。ゆっくり大人になろう。
「優生くん」
まだ残っている人に挨拶をしようと、応援席に戻る途中で小太郎先輩に会った。先輩はもう着替えて荷物を持っていた。
「団体三位、おめでとうございます。お疲れ様でした」
「うんありがとう。斎藤桃子くんはお迎え来た?」
ほんの少し、もう少し、ありがとうに気持ちを込めて欲しかったと思ってしまった。
「お母さんが迎えに来られました。待ってる間に少し、落ち着いたみたいでした」
「そうか。よかった。急に痛みが来たり貧血になったりするらしくて、教室でも何回か倒れてたから」
一緒の車で帰る他の生徒に呼ばれた小太郎先輩は、
「ありがとう。心強かったよ、優生くん」
今度は気持ちを込めたありがとうをくれた。こんなことを思うボクはわがままだ。少しだけ、自分のわがままを認めてやりたい。
顧問と補助指導員と出場選手達が出ていく。
「お疲れ様でした!」
「お疲れ」「応援ありがとう」「またね」
出ていく皆を見送って、来年はあそこに一緒に参加するぞと決意した。応援席ではなくて、小太郎先輩と射場に立つんだ。
目標は関東大会出場、ただそれだけを思って、それを目標に精一杯進む。上手く行きますように。
翌月曜日も授業と部活があった。ただ、九日後からの前期中間試験のために明後日からは部活が一週間休みだ。試験期間は3日間。その翌日から高校総体県予選が始まる。試験最終日は部活の特別許可が出ている。本当なら、試験最終日には友達とカラオケとかファミレスとかで打ち上げをしてるはずが、弓道部員は高校総体のために部活を頑張るのだ。
「昨日はありがとう。斎藤桃子くんも感謝していたよ」
帰りのバスの中で小太郎先輩が言った。
「今日はもう割と普通に過ごしていたな。部活は手術明けまで休むそうだけど」
小太郎先輩のさくら先輩情報の詳しさは同クラの部活も一緒の友人だから?
「さくら先輩、元気で楽しい人なのに体調不良なのなんか不思議です」
「はは、僕も。説明されても男にはない器官とかよく分からなくて、返答に困る」
何となく、その話を続けたくなくて、ボクは別なことを聞いた。
「小太郎先輩、小太郎先輩を前から知っている人が、小太郎先輩の弓が半年くらい前から安定したっていうんですけど、そんなことありますか?」
「……え?」
「自覚とかありますか? 何か変わったこととか」
「あー……うん。そうだね、多分わかる」
「秘訣? 的な?」
「優生くんに今は言えないな。言える時が来たら教えるよ」
それはもっと上手くなったら、ってことだろうか? ボクだって、このところは射場に立って練習したりしてる。……けど、まだまだで、今日は隣の的に当たったりしたけど。
「いつなら……?」
という質問に、小太郎先輩はただ優しく微笑んだだけだった。




