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第一部   第一章    Chi

 再び、お家にカムバック。

 ショー=サナエは決してペットではないけど、飼うと、色々注意をしないといけないことがあるんでしょうね。

 でも、いずれは猫が欲しい…。

 平日の午前中。住宅地の中でも比較的広めの通りであるこの道も、今は、一人か二人が歩いている程度であった。今日は休日明けだから、ほとんどの店が目立った安売りもせず、それを目当てに出掛ける人も、当然、少なかった。多くの人は家に居た。寝ている訳ではない。この日は快晴であった。すでに多くの家の庭で沢山の衣類が風と陽の光に弄ばれていた。まだ庭先が静かな所もそのほとんどで主婦なりお手伝いさんなりが、洗濯物と格闘をしていた。そして、この家でもようやくその格闘が終わり、相手の体を太陽の光で癒してあげようと籠にそれらを入れていった。


 「これで最後。さーて、持ってくわよ。」エレナは自分のお気に入りの帽子を籠に乗っけた。洗濯物を入れた籠は全部で三つ。彼女はいつもそれを一遍に運んでいた。かごの大きさはショー=サナエくらいの四十センチメートルほど。どれも竹でできていた。しゃがんでから、一個は右手で持ってもう一個は左手で持った。それぞれは左右に少しもぶれることなく非常に安定していた。エレナは立ち上がった。「あとは…」そう言って、二個の籠があった所より少し奥のほうに目線を移した。三個目の籠である。今日は、昨日干せなかった分が幾らかあるので、全ての籠が一杯になっていた。ただ、そうでなくても、普通の人がそれをまとめて持ち運ぶということは相当困難な業である。主婦を十年とちょっとやっているからできる、というものではないのだった。


 「…。」何事かエレナは呟いた。すると、三個目の籠がカタカタとひとりでに動き始めた。「…。」更に、彼女はかなり小さな声で幾つかの言葉を発した。床に置かれた籠は彼女の言葉が増える毎にその動きを大きくしていき、エレナが口を閉じてから籠を持った両手を少し前に差し出すと、籠は一瞬動きを止めた。そして、そのまま宙に浮き始めたのだった。まるで透明な箱に入れられた籠がこれまた透明な紐を使って神様が吊り上げているような、そんな光景であった。少なくとも、幼少期のエレナはそういう風に思っていたのであった。


 古の時代、(ドラゴン)(ユマン)のみが魔法という力を操ることができた。時代が進むにすれて、魔法を取り巻く環境に変化が見られ、この時代では、動物(アノーマル)を除く全ての種族が使えるようになっていた。だが、変化は、使用者の増加ということに限ったことではなかった。それは、(ドラゴン)がもうこの世界には居ないのではないか、という学者の話も含めてのことであるのだが、何と言っても、(ユマン)社会に於いてのことであった。魔法の力による恩恵こそ昔に比べて多くの所で受けられるようになっているとは言え、術者の数というのは明らかに少なくなっていた。その理由というのは諸説あると言われていた。


 エレナの家系は代々ここ、キィーバに住んでいた。彼女は、ちょうど今のソイソーくらいの時に、自分の持っている力について意識をするようになった。ただ、彼女の両親は、あなたはその力を生まれた時から持っていたのだよ、と言うのであった。彼女の両親は魔法の力を持っていなかった。私は使えるけどお父さんやお母さん、それにお友達は使えない、そんな疑問を最初は持っていた彼女であったが、驕りや自分への偏見を、今日に至るまで、抱くことはなかった。小さい頃から容姿も優れていた彼女が、魔法の力を持ちながらここまで人並みの平穏な暮らしをすることができたのは、彼女自身と生きてきた環境が優れていた為だ、と後世の学者は言うのであろう。


 エレナは近所の人たちに対しては「どうしても、の時だけよ」と言っていた。彼女は、簡単な傘の役目を果たすことのできる魔法を使うことができるので、雨の中で買い物をしている知り合いに合うとその傘に入れてあげる、といったことをしていた。他には、お夕飯で使うマッチを切らしちゃったから、ということで種火を魔法で出す、なんてこともしていた。家の中では自分である程度の規則を決めて使っていて、洗濯物運びはその一つなのであった。


 ショー=サナエは居間からエレナを見ていた。浮かせた籠が手に持った籠の間に来るような状態で、エレナは北側の庭に向かっていた。「サナエちゃん」がこっちを見ているのが分かると、彼女はニコッと笑顔を返した。ショー=サナエは嘴を小さく開けてすぐ閉じた。そして、彼女の後を付いていった。もちろん、距離は開く一方だった。


 「この分だと、お昼になったら乾くわね。」陽射しが眩しい北の空を見上げてエレナは言った。籠から服を一つずつ取り出して物干し棒に手で丁寧に掛けていった。掛けられた洗濯物は今、また吹き始めたキィーバの風を受けて爽やかな様子でなびいていた。彼女はそれを見て不思議と嬉しく感じた。何故、と思うこともない非常に晴れ晴れしい気持ちになっていて、思わず「よし!」という言葉も出たのだった。


 エレナは手際よく一つ目の籠を空にした。自然と作業の調子が上がっていた。ウンウン、と頷いてそのまま二つ目の籠に手を伸ばした。その時、「サナエちゃん」がようやく籠の近くにやって来た。大きなお腹に隠れて目立たない短い足で以って、小さくペチッ…ペチッ…という音を出しながらの御登場であった。エレナは、再び「サナエちゃん」に、ニコッとした。だが、今度は、ショー=サナエはそれに気付かなかった。彼女は引き続き洗濯物を干し出した。


 「サナエちゃん、いい子にしててよ。」家の中でエレナ一人がショー=サナエを「ちゃん」付けで呼んでいた。エレナだけが女性だからというのもあるが、彼女はショー=サナエのことがそれだけ可愛かった。可愛くていい子だから、今は、そこでじっとしていて欲しかった。その前には籠が置かれていた。頑張って洗った洗濯物の入った籠が置かれていた。エレナはまた少し作業の速度を上げていった。そのせいで二つ目の籠はあっという間に片付きそうだった。一番下の服を手にしたところで「サナエちゃん」の方に目をやった。


 「これが終わったらお散歩にでも行きましょうか?」と言って、一旦目を離して、再び「サナエちゃん」の方に顔を向けた。その瞬間、声が鳴り響いた。


 「サナエちゃん、ダメーー!!」


 いったい何があったのです、ローレス夫人、と後で聞いてきた近所の奥様方は大勢いた。この時間に彼女しか居ないことを彼女たちは知っていたし、エレナが他所にまで聞こえるような声を出したことは今までになかったのであった。


 ショー=サナエは籠の中を覗こうとしていた。それで、普通に立ったままでは全くどうしようもなかったので、翼と体を使って籠を傾けているのであった。だが、今の声に反応して、ショー=サナエは籠から勢いよく離れてしまった。


 「…!」籠は庭のほうに傾いて、倒れなかったと思ったら室内のほうに傾いて、また庭の方に傾いて、…なんていう状態を、エレナは口を開けたまま見てるだけだった。しかし、

サァーー……、と風が一瞬だけ強く吹きつけた。籠は一気に傾いていった。


 「ドレチ!」エレナはそう言い放った。すると、籠は家の床から二十度ほどのところで動きを止めその状態で宙に浮いていった。中の物は無事であった。エレナは口を真一文字に結んでいた。「サナエちゃん」は洗濯物が何事もなかったのが嬉しいのか、その場で翼を振って飛び跳ねた。


 「サナエ、サナエ。」

 「こら、跳ねないの! 汚れちゃう…、あー!!」


 再び、エレナの叫び声は辺りに木霊した。この時、向かいから「大丈夫ですか?」と声を掛けられていたのだが、彼女は全く記憶になかった。エレナが注意をし終わった時点で、籠には自然の力だけしか残っていなかった。「魔法スペル」はそれを口にした後に余計なことを言うと、その効果が切れてしまうのであった。


 「ダメーーー!!!」


 次回からは、しばらく学院での話です。

 今後とも、どうぞよろしくお願い致します。

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